聖女の説教


 なんの躊躇いもなしに相手の首をへし折ったセリーヌ。


 相手は自分達を殺そうとしてきた相手のため、セリーヌの行動は別に間違った事では無い。


 盗賊を殺した時と同じように、楽な道を選び犯罪に手を染めてしまった彼らに情けや慈悲をかける必要は無いだろう。


 セリーヌが聖女だという立場を考えなければ。


 相変わらず容赦がない。アリイは綺麗事だけを口にして自らの手を汚さない偽りの聖女を心の底から嫌うが、これほどにまで慈悲のない聖女も少し嫌であった。


 アリイまた、聖女という存在に多少なりとも理想を抱いているのである。


 自分の立場が魔王だったとしても、聖女はこうあるべきと言う理想がどこかにはあるのだ。


 そしてそれは、少なくとも座った目で拷問を始める聖女ではない。


「ひ、ひぃ........」

「次はあなたにしましょうか。もう1人は寝ていますからね。顎を弾いて気絶させなければよかったです」


 呆気なく殺された仲間を見て、恐怖のあまり股の下から涙を流す男。


 無理もない。


 これほどまでに可愛らしい少女の見た目をしながら、悪魔ですら顔を顰めるような所業をする者を見て怯えないわけが無いのだから。


 アリイは少しばかり、この男に同情してしまう。


 自業自得とは言えど、あまりにも運が無かったと。


「セリーヌ。やりすぎぬようにな」

「ご安心をちゃんと弁えておりますので」


 一体どこをどう弁えているのか聴きたくなるアリイだが、喉元まで出かかった言葉をぐっと堪えてセリーヌを見守る。


 今回はセリーヌに任せると決めたのだ。魔王は1度口にしたことは違わない。


 床に少々アンモニア臭のする水溜まりを作る男にニッコリと笑いかけたセリーヌは、背筋が凍るかのような冷たい声でその男に質問を繰り返した。


「そのゼルストの場所は?」

「す、スラムの真ん中にあるちょっとマトモな家の中だ!!これ以上は知らねぇ!!本当だ!!」


 ガクガクと膝をふるわせ、恐怖に支配されながらも何とか言葉を口にする男。


 彼は正解を選んだ。


 正しきものは救われる。


 ゼルストの恐怖よりもセリーヌの恐怖が強かった男は、一命を取り留めたのである。


「嘘は言ってないようですね。どうやら、スラム街の中でも綺麗な家に住んでいるようで」

「嘘が判別できるのか?」

「魔法は便利ですよアリイ様。私の立場上、嘘かどうかを見抜くのは重要な要素です。それが出来なければ、私は悪人の手のひらの上で踊る操り人形になりますからね。必修科目なのですよ」

「フハハ。それは確かにそうかもな。我は雰囲気で判断するが、セリーヌの場合はハッキリとわかった方がいいのか。それにしても便利な魔法だな。我も覚えるか?」

「アリイ様なら覚えられそうですけどね。魔法の才能がおありかどうかは分かりませんが、魔術に置き換えることは出来そうです」

「ふむ。後で教えてもらうとしよう 」


 この世界の常識とも言える力、魔法。


 何気にこの世界に来てから魔法を学ぼうとはしなかったなとアリイは思うと、セリーヌに魔法の基礎を教わろうと心に決める。


「代わりに、魔術を教えてください。私も気になるのです。アリイ様の魔術とやらが」

「フハハハハ!!よかろう。これが終わったあとは、仲良くお勉強会を開くとするか」

「えぇ。そのためにもまずは、この騒動の犯人を探し出し断罪しなければなりません。冤罪を私達に掛けた事を地獄の底で後悔させてあげるとしましょう」


 セリーヌはそう言うと、生き残った2人に回復魔法をかける。


 1人は気絶していて痛みを感じず、1人は恐怖によって痛みを忘れているが後々体が痛みを思い出して苦しむことになってしまう。


 素直に答えた褒美として、セリーヌは2人の体を治してやったのだ。


 残念ながら、既に死んだ者は蘇らず、股の下から流れた涙が消えることもないが。


「え........あ........」

「楽な道に逃げれば、いつの日かその代償を支払う時が来ます。正しく生きていたとしても救われるとは限りませんが、少なくとも楽に生きるよりは代償を支払う確率は減りますよ。限界まで足掻いてみなさい。そしてダメだったら逃げなさい。あなたは最後まで足掻く前に逃げています。まだ、やり直せますよ」


 セリーヌはそう言うと、空き家を出ていく。


 珍しく聖女らしい助言を最後に残したセリーヌを見て、アリイは首を傾げた。


「セリーヌは逃げてないのか?スラムの生まれだと聞いていたが........」

「人のことは言えないと言いたいのですか?生憎、私は一度も犯罪行為はしていませんよ。その時のデメリットを理解していたので。まぁ、流石に生まれてまもない時の事は分かりませんがね。捨てられていた腐りかけのパンを拾って食べるのは犯罪でしょうか?」

「........すまない。悪いことを聞いた」


 想像以上に、セリーヌは過酷な幼少期を過ごしていたらしい。


 アリイは自分の軽率な言葉に反省し謝罪をした。


「あ、でも私も人のことはいえないかもしれませんね。親は普通に盗みとかしていたので。それを食べていた私も同罪かもしれません」

「そうか。ともかく、今の助言は聖女らしかったぞ。そして、綺麗事だけを並べない辺りも我としては好評だ。“楽な道に逃げれば、いつの日か代償を払う。しかし、正しく生きていても報われる日は来ないかもしれない。それでも代償を支払う可能性は低くなる”とても現実的な教えだ。我も思わず頷くほどにな」

「えへへ。そうですか?アリイ様にそう言われると、少し嬉しいですね。私はこう言う説教で褒められたことがないので」

「だろうな。先代聖女が聞けば、なんて酷い言葉だと言うだろう。我の嫌いなタイプだ」


 頭に飾った鳥の髪飾りに触れると、セリーヌは少女らしい小さく可愛い笑みを浮かべるのであった。




真偽判別ジャッジメント

 嘘を見抜く魔法。相手の心音や体温の変化を感知して判別しているため、嘘が滅茶苦茶上手な相手には効かないこともある。

 また、本人が嘘を真実だと認識している場合にも嘘だとは見抜けない。頼りすぎには注意が必要な魔法である。




「逃亡した?ハッ!!腰抜けの聖女が」


 ロストンの街の反逆者リベリオントップ、デルフ・アバラルは聖女が逃げ出したという報告を聞き思わず鼻で笑ってしまう。


 相手が貴族という事で逃げ出すのは仕方がない。しかし、それは自分の罪を認めているという大義名分を相手に与えてしまう。


 大人しく捕まった方が、まだやりようはあったかもしれない。


 しかし、彼女は選択してしまった。


 逃げの一手を。


「逃げ込む場所なんて分かりきっているわ。どうせスラム街に逃げて、人の目を掻い潜りながら街を出るつもりでしょうね。しかし、そんなことを許すはずがないでしょう?スラムに偵察を送り、スラムに近い防壁の警備を強化させなさい。そうすれば、自ずと網に掛かってくれるわ」


 そう指示を出すデルフ。


 しかし、デルフはひとつ大きな勘違いをしていた。


 彼女はてっきり、相手が逃げ出すものだと思っていたのだ。


 この圧倒的に不利な状況下では、街を出ることが一番簡単な方法である。


「簡単すぎるわ。これが私の力よ!!」


 だから見落とす。


 聖女は逃げたのではない。戦うために情報を集め始めたのだということを。


 裏にいる何者かを把握し、確実にその首を落してやろうと考えているとは夢にも思うまい。


「これで本部は私を無視できなくなる!!そうなれば、権力は私のモノ!!上手く行けば、女王にだってなれるわ!!」


 聖女という名の死神が、審判の鎌を振り下ろすその時、デルフは知ることになるだろう。


 相手にしている者がどれほど頭のネジが壊れているのかを。

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