ブチギレ聖女


 冤罪をかけられたアリイとセリーヌ。


 アリイはその場で暴れるのは後々自分達にとって不利になると判断し、大人しく捕まろうとしていた。


 相手は衛兵。彼らは領主の指示に従って動いているだけの操り人形であり、罪は無い。


 ここで下手に殺してしまったり怪我をさせてしまった方が、今後の面倒事に繋がるだろう。


 人生経験の長いアイリは、力の使い時を理解していた。


 それに、自分達を拘束すると理由も知りたい。


 単純に領主がアホで、噂通りセリーヌを我が物にしたいとからなば呆れ果ててモノも言えないがそれ以外の可能性だって十分に考えられる。


 裏で操るものがいるはずだ。目的を探る意味でも、大人しくしておくのが賢明な判断と言えるだろう。


「........」

「せ、セリーヌ?」


 アリイの言葉に何も答えないセリーヌ。


 最初こそ困惑した姿を見せていたセリーヌだったが、どうも様子がおかしい。


 冷静になったと言うふうにも捉えられるが、一月ほど一緒にいたアリイはその無言の時間が恐ろしく思えた。


 殺気も怒気も感じない。故に、恐ろしさが増す。


 嵐の前の静けさのような、そんな不安な気持ちが募る。


(どうしたのだ?なぜ何も言わず、顔を下に向けておる。表情が分からんから、感情が読めん)


 嫌な予感がする。


 そして、その予感は見事に的中した。


「手を出せ。無駄な抵抗をしたら、お前らの首が飛ぶと思えよ」

「我は無実だ。よってそんなことはせぬ」

「嬢ちゃん、あんたも早くたって手を後ろに回せ」

「────が........」

「あん?なんだって?」


 ボソッと呟いた小さな言葉。


 アリイはその瞬間、その場にいた衛兵達を逃がすために後ろへと突き飛ばす。


 ドゴォォォォォン!!


 次の瞬間、その部屋の扉は吹き飛ばされセリーヌに近づいてしまった兵士のひとりは壁に頭を打ち付けて気絶した。


「ふざけんじゃねぇぞクソが。あの豚野郎。生きていたことを後悔させてやる」

「........フハハ。これはやばいかも」


 普段の作った口調とも、少女らしい素の口調とも違う汚い口使い。


 キレている。確実にキレている。


 真面目で心優しき商人が死したその時のキレ方とは訳が違う。セリーヌは静かにマジギレしていた。


 感情が一気に破裂したのか、怒気と殺気が入り交じった圧がその場を支配する。


 アリイが庇った衛兵達は全員、その圧に押し潰されまともに立つことすら敵わない。


 明らかに、セリーヌは別人となっていた。


(何がトリガーとなったかは分からぬが、セリーヌがここまで怒っているのを見るのは初めてだな........と言うか、口調が変わりすぎでは?別人ではないか)


 あまりにもキャラ変してしまったセリーヌに、アリイは優しく語りかける。


 理性をなくして怒っている訳では無い。上手く話せば、この怒りを多少は沈められるはずだ、


 セリーヌの強さからして、本気でキレていたら今頃この場にいる兵士達は全員死んでいる。


「セリーヌよ。落ち着くがいい。今ここで暴れれば、我らにとって不利な状況へと働くぞ」

「アリイ様。私が唯一許せないのは冤罪です。幼き頃、スラムの住人だからということで、私はパンを盗んだ犯人にされました。3日間牢獄に閉じ込められ、更にはやってもないことを自白するように迫られ、殴られたのです。私は、それ以来冤罪だけは絶対に許さないと心に決めています」


 セリーヌはスラムの生まれであり、スラム街の住人だからという理由だけで罪を被せられることもある。


 今はセリーヌの働きによって冤罪事件は減ったものの、監視の目が届きにくい地方の街では権力者による冤罪が絶えなかった。


 セリーヌはそんな権力者達の被害者であり、彼女はそれを許さない。


 自分の事ではなくとも、もし誰かが冤罪を着せられれば神の制裁を下すことになるだろう。


 この功績ばかりは、聖女として素晴らしい功績だったりする。


 先代聖女もこのことに関してだけは、セリーヌを褒めていた。


 他が酷すぎる上に、冤罪事件の解決方法も容赦がなかったので素直に褒められなかったが。


(なるほど。冤罪撲滅をやっていたから、セリーヌは聖女として認められていたわけか。もちろん、それ以外のことも多くやっていただろうが)


 何となくセリーヌの正義を見たアリイ。


 聖女らしい一面もあるのだと少しだけセリーヌを見直しながらも、今この状況でキレるのとは関係の無い話。


 冤罪事件は必ず裏がある。それをつきとめなければ、今後も自分たちに似たような厄災が降りかかるかもしれない。


「セリーヌの正義は分かったが、だとしても大人しくするべきだ。今ここで暴れたら、裏でこの状況を望んだ者達の姿が拝めなくなるぞ?」

「ご安心をアリイ様。この手に関しては、私自身があるので」


 話を聞く気が全くないセリーヌ。


 ここまでセリーヌを制御出来ないとなると、アリイが取れる選択肢は2つ。


 1つは無理やりにでもセリーヌを止める方法。


 セリーヌをなんとしてでも落ち着かせ、アリイのやり方でこの問題を解決する方法だ。


 そしてもう1つは、セリーヌを信じて待つこと。


 セリーヌのやり方でセリーヌのやりたいようにやらせる。


 どちらも一長一短だ。


 アリイのやり方は、上手く事が運べば大きな騒ぎになることも無く問題は解決するだろう。


 しかし、その分ミスをした時のリスクは大きい。


 裏に潜む者をあぶりだすことが出来ても、場合によっては街に大きな被害をもたらす。


 セリーヌのやり方をアリイは知らないが、少なくとも最初から大事になるだろう。


 何故ならば最初から逃げる気満々だからだ。


 犯人が逃げれば、大事になるのは間違いない。


 しかし、その分自由が効く。やり方によっては上手くことが運ぶだろう。


 最初からリスクを取るのか、それとも最小限のリスクだけを取ってミスなくやるのか。


 アリイは選択を迫られていた。


(........でも、ぶっちゃけ既にやらかしてはおるのだよなぁ。セリーヌがキレてしまった時点で、我のやり方はあまり意味が無いように思える)


 最初から大人しく掴まっていれば、自分のやり方を選択していたかもしれない。


 しかし、既にセリーヌは衛兵に手を出している。


 殺しては無いが、吹き飛ばし、そして圧をかけている時点で選択肢は1つしか無かった。


(フハハハハ!!我が選択をする前に既に手を封じているとは、やるではないか。では、お手並み拝見させてもらうとしよう。聖女の裁きがどのように下されるのか。我も興味があるしな)


「そこまで言うなら、セリーヌのやり方を支持しよう。我も手伝ってやる。冤罪を掛けられたまま逃げ出すのも癪だしな」

「ご理解感謝します。アリイ様」


 冷たくそして鋭い声。普段のような優しく暖かな声はどこへやら。


 本当に別人へと変貌したセリーヌの頭をアリイは優しく撫でる。


 アリイは知っている。セリーヌはなんやかんや言いつつも、まだ子供であるということを。


 こうして頭を優しく撫でるだけでも、セリーヌは落ち着きを取り戻す........と思いたい。


「で、先ずはどうするのだ?」

「身を隠します。それと情報収集を。2日ほどはベッドで寝れませんが、我慢してください」

「フハハ。言うて旅では雑魚寝だろうに。今更だぞ」

「それもそうですね。では行きましょう。あの豚野郎に神の制裁を叩きつけてやりますよ」


 完全に目の瞳孔が開いてしまっているセリーヌ。


 その目は完全にキマッていた。


(フハハ。ちょっと顔が怖いぞ)


 アリイはそんなセリーヌの顔を見て“本気で怒らせるのはやめよう”と心に違うのであった。






 後書き。

 セリーヌちゃんはまだ子供だから、感情を完全に殺すのは難しいのです。そこが可愛い(やってることは可愛くない)

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