ロストンの影
アリイが新たな遊びを覚え、セリーヌと暇を潰す手段を手に入れてから四日後。
アリイとセリーヌはそろそろ門を通れるようになったのではないだろうかという事で、一度門番に確認を取ろうとしていた。
大通りで事件性のある死体が出てきた事から四日。そろそろ街も普段通りに戻る時である。
そんなわけで、門番へと話しかけたアリイとセリーヌだったが、その返答は予想していなかったものであった。
「え、まだ封鎖令が出ているのですか?」
「そうだ。悪いが、まだ街の外に出してやることは出来ないんだよ。俺達もそろそろいいんじゃないかとは思ってるんだけどな。まだ犯人が捕まってなくて、領主様が躍起になっているらしい。あの方はどうやら、今回の事件の犯人を捕まえることで少しでも自分の名誉を挽回したいんだろうな」
街の外に出られなくなってから四日が過ぎたと言うのに、未だに街は封鎖状態となっている。
門番の男はどこか呆れながらも、現領主デブヤロの肩を持つような発言をした。
「父親があまりに優秀すぎたんだ。少しぐらい領民にいいところを見せたい気持ちはわからなくもないがな」
「フハハ。肩を持つのだな」
「そりゃ持つさ。俺の親父はこの街の騎士の中でも1番強い騎士でな........盗賊の罠にハマって怪我をしちまって引退した訳だが、そんな親父と俺は比較され続けた。気持ちは分かるし、子供は大変さ。親も親で“お前ならやれる”とか無責任なことを言うんだぜ?やってられねぇよ」
「フハハ。それは大変だろうな。なるほど、肩を持ちたくなる気持ちも分からなくはない。同じ境遇を味わった者ほど、そういう同情の心は湧きやすいからな」
「そういうこった。今はダメ息子だのやっぱりできないヤツだの言われているけど、俺はきっと素晴らしい領主になってくれると期待しているぜ。昔、見たんだ。幼き頃の領主様が負けず嫌いで父の背中を越えようと言っていた姿をな」
領民の多くは、デブヤロの事を見下している。
しかし、その中には彼に期待する者もいるのだ。
セリーヌは、あのダメ息子がそんなにも優秀な領主になれるのかとは疑問に思ったが、一々ここで口にして揉める理由もないので黙っておく。
「犯人探しに躍起になるのは勝手ですが、もう少し暇になりますね........」
「フハハ。宿を取っておいたままで良かったな。また宿屋探しなどしたくない。門番よ。長くともあと何日ほどでこの門は開かれる?」
「俺に言われても分からんが、商人協会のことも考えるとあと数日........長くとも三日以内には出られるようになると思うぜ?街の外に出られないってのは商人にとってかなりの痛手になるからな」
商人協会。
商人達が集まって出来た組織であり、場合によっては権力者すらも動かす財力を成す存在だ。
基本的にどの街にも似たような組織は存在し、街の物流を支配している。
そんな大きな組織から圧がかかれば、領主と言えど従わざるを得ない。商人は街の命綱とも言えるのだ。
「なるほど、では三日後に訪れるとするか。その時は、ちゃんと通れるようになっているといいがな」
「どうでしょうかね?このまま犯人が捕まるまで門を閉じ続けるなんて事も有り得そうですけど」
「フハハ。その時はそのときで考えれば良い。最終手段さえ取らなければ、平和にこの街を抜けられるだろうよ」
アリイはそう言うが、そのセリフがフラグであると言うことは気づかないのであった。
もちろん、セリーヌも。
「その間は碁の続きでもしましょうか。私が気持ちよくアリイ様に勝てることなんてそうそうありませんからね」
「フハハハハ!!いつかは我が勝つぞ?その時は悔しくて泣かないように気をつけねばならんな!!」
こうして、アリイとセリーヌは、再び宿に戻るのであった。
【商人協会】
商人が集まって出来た組織。呼び方は街によって異なるが、基本的に街には必ず存在している。
商人達による情報交換や金の保管などがメインであり、市民ならず領主すらもあまり的には回したくない存在。場合によっては領主と対立し、街で殺し合いが始まるなんて事もある。
それは、魔王に仕える人類の集団。
彼らの勢力は世界各地に存在し、時として一領主の懐にまで潜り込んでいる場合もある。
「ふふふっ、これで証拠の偽造は揃ったわね。あの豚に言えば、動いてくれるでしょう。その後は、ゆっくり痛めつけてもよし。生贄に捧げてもよし。あのシエール皇国の聖女セリーヌと異界から召喚された勇者を殺したとなれば、私の地位はうなぎ登りだわ!!」
領主の館にある一室にて、女の声が木霊する。
デルフ・アラバル。
彼女は反逆者の地方構成員の1人であり、ロストンの街で情報収集を行う末端の存在であった。
しかし、その実務能力を買われ、今はロストンの街に存在する反逆者達のまとめ役をになっている。
ロストンの街で彼女に逆らえる反逆者は居らず、ロストンの街は彼女の玉座となっていた。
「衛兵として紛れ込ませていた部下のひとりが、聖女の顔を見て報告に来てくれたのは助かったわ。お陰で、簡単にこの街に閉じ込めることが出来た。あの馬鹿な豚をそそのかせば余裕ね。頭の足りないボクちゃんは扱いやすくて助かるわ」
「報告。今朝、聖女と勇者が門番と会話をしておりました。恐らく、門が開いているのか確認したのだと思われます」
「ご苦労さま。ふぅん。となると、やはりこの街は通り道に過ぎないのね。まぁ、当たり前か。余程のことがない限りは、どの街も通り道だものね。こちらの監視には気づかれてないわよね?」
「ご安心を。彼らはそもそも自分たちが監視役だとは気づいていませんので。ただの通行人であり、真面目な住民にすぎませんから」
彼らの監視システムは独特だ。直接監視をするのではなく、後になって街の人々に聞く。
情報の伝達が遅れてしまうが、とにかくバレないようにするという事が最も重要であると考えている。
そもそも街の人々は自分たちが監視役だとは知らず、意識して相手を見ないのでアリイやセリーヌも気が付かない。
ある意味、デルフの方が1枚上手であった。
そもそも、この街に反逆者がいるとは知らないので警戒をしているわけもないのだが。
「それならいいわ。本部からの話では、凄まじい戦闘能力を有しているって話だったからね。あまり刺激はしたくないのよ。やるなら、抵抗できない状況を作り出さなきゃ」
「........その為に偽造を?」
デルフは、椅子に座って一輪の花が入った花瓶を撫でる。
そして昔を思い出すかのように、小さく呟いた。
「権力者による冤罪ほど、屈辱的で抗えないものもないのよ。聖女はシエール皇国においては大きな権力を持つけど、この国では果たしてどれほどの力を持つのかしらね?」
「........あ、そういえば、彼らと話していた者がおります。事件当時、状況を説明していた者が。下手に騒がれると面倒になるかもしれません」
「秘密裏に殺しなさい。そうね........急死にみせかけるか、スラム街まで攫って殺すのよ。自分たちの正体に気がついたものを口封した。そう思わせるような証拠をわざと残しなさい」
「ハッ。了解いたしました。それと、別件なのですが、デブヤロ様が商人協会からの圧が大きくなっていると報告があります」
「はぁ、そのぐらい自分で何とかしなさいよ。なんで大きな子供の面倒を私が見ないと行けないわけ?ママの代わりなんてゴメンなのに」
デルフはそう言うと、“使えない豚が”と呟きながら席を立つのであった。
彼女は知らない。なぜ本部が手を出すなと言ったのか。
彼女は知らない。深淵を覗く鮫の牙が、如何に鋭いのか。
彼女は知らない。頭のイカれた聖女は時として本当に頭のネジがぶっ飛んでいるということを。
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