戦争と言う名の政治
足止めを食らった翌日。
冒険者としての仕事もできないアリイとセリーヌは、その日朝起きると宿でのんびりとしていた。
あと2日もすれば次の街に行ける。それまでの休息と思えば悪くないだろうと言うことで、自堕落な生活を送ることにした。
路銀は十二分に確保してある。となれば、特に問題も起こさず静かに時が来るのを待つだけだ。
「えーと、ここには置けるのか?」
「はい。こちらは包囲されていますが、逆に方いもできるでしょう?こういう場合は後に置いた方が強い石となりますから」
「ふむ。結構複雑なルールなのだな。覚えるだけで精一杯かもしれん」
「ふふっ、普通は最初の部分を覚えるだけでもそれなりに難しいのですがね?」
あまりにも暇すぎる中、セリーヌは折角だからということでこの国では当たり前のように遊ばれている一つの盤上遊戯をアリイに教えることにした。
その名も碁である。
黒と白の石が、お互いに領地を取り合う盤上遊戯。どこの世界にも、似たような遊びはあるのだ。
碁を遊ぶための道具一式を揃え、セリーヌは早速アリイにルールを教える。
セリーヌはこの手の遊戯も多少は嗜んでいた。特に教皇がこのゲームが好きで、セリーヌとの交流の手段として使っていたのだ。
年頃の女の子とどのような会話をすればいいのか、さらに言えば神を信仰しない子との接し方がよく分からなかった教皇が枢機卿のひとりに相談して頑張った結果である。
尚、セリーヌは幼いながらにその事を察し、仕方がなく遊んであげていた経緯がある。
まさか、自分が異世界の魔王にその遊戯のルールを教えるとは思ってなかったが。
(教皇様の教えの中で唯一役に立っているかもしれませんね。教皇様は元気に来ているのでしょうか?)
聖都を離れて一ヶ月。セリーヌは世話になった人達や友人たちの顔を思い浮かべる。
今頃先代聖女が張り切って国の防衛を手伝っている頃だろう。
セリーヌよりは圧倒的に弱いが、アレでも聖女に選ばれる程には強い御仁だ。
きっと、街の守りは完璧に近いはずである。
「で、これが取れるというわけか」
「はい。そして、取った石は後に相手の領地を埋める事となります。整地と呼ばれる作業があるのですが、それが少し面倒ですかね」
「フハハ。我は何も分からぬからとりあえず適当にやってみよう。何事も、一度経験する事が大事だ」
「それもそうですね。では、続けましょう」
セリーヌとアリイは黙々と石を並べ続ける。
もちろん、経験者であるセリーヌの方が圧倒的に強い。
定石と呼ばれる最も効率的な戦い方を知っているセリーヌと、何も知らない初心者であるアリイでは覆せないだけの差が存在していた。
「........予想はしていたが、ボロ負けだな」
「初めて石を触った人に負けていたら、教えられませんよ。さて、整地をしましょう。一度通しでやれば、なんとなく流れは掴めますから。この石はこのように綺麗に並べてしまいます。場所が変わっただけで、領地の数が変わる訳ではありません........分かりますよね?」
「流石にそれはわかるぞ」
そうして、自分の陣地を整えていく。
結果、アリイは百目差以上の大敗を喫した。
「ふむ。勝負の流れは理解したが、これは経験者ほど有利な遊びだな。そして考えることと覚えることが多そうだ」
「ふふっ、私が教えて差し上げますよ。この三日で基礎は全部叩き込んで差し上げましょう。ところで、アリイ様の世界にはこのような遊戯はあるのですか?」
「フハハ。あるぞ。とは言っても、ここまで複雑で自由があるものでは無い。我の世界では騎士駒と呼ばれる遊戯があった。このような石を並べるのではなく、決まった移動方法を持つ駒が最初から並べられ、相手の王の首をとる遊戯だな。兵士や騎馬兵等、16の駒を最初に持っておる」
「........全然想像ができませんね」
アリイの世界での遊びを聞いて、全くイメージがわかないセリーヌ。
アリイは“まぁ、口で伝えられるほど簡単な遊びでもないしな”と思うと、石と碁盤を使って簡単な説明を始めた。
「盤はこれほどまでに大きくなく、8×8のものを使う。そして、コマは全部で六種、このように並べるのだ」
「へぇ。線の重なる場所に置くのでは無く、その間に置くのですね」
「そうだ。そして、これらのコマには特定の動きしかできない。例えば、この一番前にあるコマは全て歩兵と言って、1歩前にしか動けぬのだ」
「移動する場所が決まっているのですか?」
「そうだ。全て決まっている。そして、この後列の真ん中にあるのが王となり、この王が取られると負けだ。駒の動きさえ理解出来れば、最低限遊べるのがいいところだな。ちなみに、人間の街でも遊ばれる遊戯であり、なんか知らんけど仲良くなった人間と遊んでいた魔族がおったぞ」
「........それ、大丈夫なんですか?」
敵対していたもの達が遊ぶ。
それは、戦争において邪魔な感情になり得る。
セリーヌは良くない想像をしてしまい、顔を顰めた。
「フハハハハ!!セリーヌが考えているようなことはしておらぬよ。やつは元々軍人だったが、一人の人間と仲良くなりすぎてな。我はやつを除隊させ、その人間と暮らせるようにいろいろと手を回したものだ。今も、どこぞの山奥でその人間と仲良くしているだろうよ!!」
「良いのですか?それは。示しがつかないようにも見えますが........」
「フハハ。我としてはどうでもいいことよ!!それと、当時は本気で人間との和解を目指していた時期でな。もしかしたら、良き先駆けとなってくれるでは無いだろうかと思っていた。まぁ、結果は無理だったがな。個人間ならばまだしも、種族間の話となると違ってくる」
アリイが真面目に人間との和解を志した時期があったということを聞いて驚くセリーヌ。
確かにアリイはお人好しではあるが、人類の滅亡ということに関しては一貫している。
そんなアリイだけを見てきたセリーヌからすれば、今の発言はあまりにも意外なものであった。
「意外か?」
「えぇ。てっきり最初から“人間コロス!!にんげんコロス!!”だと思ってましたよ」
「フハハ。我、そんなに野蛮な者に見られておったのか?少々悲しいぞ」
「出会い方が出会い方でしたからね」
「フハハ。我にも若い時期はあったのだ。今となってはその悉くが幻想だと知ったがな。余談だが、その魔族と人間は2人で家を建て、畑を営み、結婚したらしいぞ?あれほど祝いたかった結婚もそうはない」
「全ての人類と魔族がそのような関係性に慣れれば良かったのですがね」
「全くだ。種族の恨みと言うのは根深いものよ。だからこそ、どちらかが滅ぶまで戦わねばならん。そして、どちらも滅ぶまでは戦わないのだ」
「........?」
アリイの言葉に首を傾げるセリーヌ。
言っていることが矛盾している。滅ぶまで戦わなければならないのに、滅ぼすことは無いと言っているようにも見えた。
アリイはそんな純粋なセリーヌを見て“幼いな”と思う。
戦争とは一種の政治だ。そして、共通の敵を作り出すことで国民の総意をまとめることができる。
魔族も人間も、それをわかっているからやりすぎない。
どちらかを滅ぼした後に待っているのは、醜い権力争いという名の内戦なのだ。
「フハハ。どうせなら、我の友にもこの遊戯を教えてやるか」
「え、呼び出すのですか?」
「........すっかり友に懐いてしまったな」
サメを出すといったアリイの言葉に目を輝かせるセリーヌ。
アリイはそんなセリーヌを見て、この世界の穢れた部分をあまり見せたくは無いと思うのであった。
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