デブヤロ・ロストン


 不慮の事故により足止めを食らってしまったセリーヌとアリイは、その日宿を取り直して街の観光をすることにした。


 冒険者とのしての活動をしようかとも悩んだのだが、冒険者の仕事は基本的に街の外に出なければならない。


 今の時期は街の外に出られないので、仕事も受けることが出来ないとなれば適当に暇を潰すしか無かった。


「暇ですね。やることがありません」

「そうか?我は結構楽しがな」

「アリイ様は何を見ても楽しいでしょうね。何せ、初めての街初めての国外ですから。目に映るもの全てが新鮮な景色でしょう。私は何度か訪れたことがあるので、特に楽しむこともないのですよ。唯一の救いは、アリイ様の異世界のお話が聞ける事ですかね。私、結構好きなのですよ?アリイ様の住んでいた世界の話を聞くのは」

「フハハ。それは嬉しい限りだが、我は随分と魔王国寄りの話をしているぞ?しかも、聞こえのいい話をな」

「そんなことわかっていますよ。ですが、私の知らない世界がそこにはあるという事実が楽しいのです」


 セリーヌはそう言うと、屋台で買った川魚の塩焼きにかぶりつく。


 あまり浪費を好まないセリーヌだが、やることが無く折角観光しているのだから多少は食べ物でも買って楽しむべきだろう。


 隣にいる者がつまらなさそうにしていると、本人も楽しくなくなるものだ。


 アリイは全く気にしてなさそうだが、セリーヌなりの気遣いである。


 暇なことには変わりないので、暇とは口にするが。


「ふむ。我の話がそんなに楽しいならいくつか聞かせてやろう。何か聞きたいこととかあるか?」

「........魔王国の街について聞きたいですね。孤児院や呆れた賭博の話は聞きましたが全体的な街の話は聞いていませんでしたし」

「フハハ。いいだろう。とは言っても、恐らくセリーヌが想像しているであろう街ではないぞ?人間の骨と皮で家を建て、血の川が流れている訳では無い。割とどこにでもある普通の家が立ち並ぶ街だった。石を四角に切り取って、それを組みあわせた家が主体だったな」

「私をなんだと思ってるんですか?今までの会話から、そこまで野蛮な種族だとは思ってませんよ」


 サラッとセリーヌが魔族にどんな偏見を持っているのかを予想するアリイ。


 しかし、残念ながらそんな予想は外れてしまう。


 セリーヌは魔族に大して特に偏見など持っていないのだ。


 何せ、その国を治める王がこんなにも自由奔放で、心の底から美味しそうに川魚の塩焼きを頬張るのだから。


 時折見え隠れする少年のような幼さ。大人も時には子供のように振る舞う時もあるが、アリイの場合は純粋な好青年にも見える。


(意外と可愛い一面があるから、あまり魔王らしく見えないんですかね?いや、それよりも普通にお人好しすぎるからですかね)


「お、これは中々に美味いな........で、街の話だったな。魔王国も人間と同じように貴族のような階級を持った者が土地を統治しておる。ごく稀に野心を抱いて反乱を起こす者もいるが、まぁいつの時代もそんなやつは現れるものだ」

「あまり人間と変わらないのですね」

「そうだ。結局のところ統治者がいなければ烏合の衆に成り下がるからな。我はあまり好きではなかったが、スラム街をあえて用意していたぞ」

「敢えてですか?」


 アリイの言葉に首を傾げるセリーヌ。


 スラム街。


 簡単に言えば、貧困層の集まる場所だ。シエール皇国はその教えから貧しきものを助ける心があるので、スラム街を排除することも無くできる限り助けを施す努力をしているが、多くの街の場合は街の汚点であるため排除したがる。


 少し離れた国の街では、強引にスラム街を排除してそのスラムにいた人々も皆殺しにしたなんて話を耳に入ってくるぐらいだ。


 そんな場所を敢えて作る理由がセリーヌには理解できない。


「そう。あえてだ。セリーヌよ。人は自分よりも下の人間が居ることに安堵を覚える。“自分よりも下の人間がいて、自分は彼らよりも上なんだ”と言う心が余裕を産むのだ」

「........まぁ、言わんとすることはわかります」

「そして、それは魔族にも言える。下を作ることで、一部を下と定義付けることによって国民の心に余裕を産む。我はあまり好きなやり方ではなかったが、為政者としてはやらざるを得ないのが厳しいな。中には自業自得でスラム街に行った者もいるが、その大半は仕方がなくスラム街に行く。そんな彼らを救い出さずして何が王か。そう思っていた時期もあった」


 そう言うアリイの顔は、どこか悲しげであった。


 どこまでも優しく、どこまでもお人好し。


 セリーヌは、真面目に自分よりもアリイの方が聖女としての責務に向いているのではないかと思う。


 アリイは男なので、性別的に聖女になるのは無理だが。


「助けたりはしなかったのですね。敢えて」

「そうだ。敢えて助けなかった。いや、助けはしていた。民衆への好感度稼ぎとして........な。我がまだ王になって幼い頃の話だ。それはもう物凄く嫌悪し、海に逃げようかと考えたものだ。単純な弱肉強食とはまた違った弱肉強食の世界。我としては、随分と悩まされたものよ」

「それでも、王としてたち続けたのですね。何故ですか?」

「そうせざるを得なかったからだ。時代が時代なら、我はその王冠を捨てて、生涯を海の傍で暮らしていただろう。だが、今は悪くないとも思っている。何せ、こんなにも面白い世界を見ることが出来たのなからな!!」


“フハハハハ!!”と笑うアリイ。


 セリーヌは、そんなアリイを見て少し釣られて小さく笑ってしまうのであった。




【アルバ・ロストン】

 ロストンの街の先代領主。爵位は子爵であり、そこまで高い地位は有していなかったもののかなりの有能さから王や民に信頼されていた普通にすごい人。

 もっと地位が上だったら賢王と呼ばれるほどに有能だったが、子育てだけは下手だった。




 ロストンの街にある領主が住む屋敷。


 そこには、現子爵デブヤロ・ロストンが住んでいる。


「これでいいのか?お前の言う通り、街を封鎖させたが........」

「えぇ。ありがとうございます領主様。お陰で私達も動きやすくなりました。彼女を閉じ込められるだなんて僥倖。これによる功績で私の地位が上がれば、貴方様を王に付けることすらできるでしょう。何日ほどまでなら封鎖できますか?」

「どんなに長くとも、1週間が限界だろう」


 デブヤロは昔から甘やかされて育った。


 父は偉大なる領主であったが、とにかく子育てに関しては下手であり息子を出会いしすぎるあまり人としての教育を忘れてしまったのである。


 デブヤロが何かを欲しがればそれを買い与る。どうしても無理な場合は、代案を持って他のものを買い与えて機嫌を紛らわせさせていた。


 そうして出来上がったのは、何に使うのかも分からない脂肪を蓄えたただの豚。


 オークの方がまだマシだ。奴らの見た目は確かに太いが、その多くが筋肉で来ているのだから。


 そんなデブヤロには一つ、大きな目標がある。


“父、アルバ・ロストンを超える事”。


 常に父を比較されてきた彼は、父を超えることで世間に自分を認めさせようとしたのだ。


 志は悪くない。しかし、教養も足りない彼はやり方を間違えた。


“王になる”と言う無謀な目標を立て、あまつさえ彼女達に手をかす。


 正確には、彼女たちに利用させる。


 彼女たちからすれば、これほど操りやすい影もそうはない。そして、頭の悪いこの豚はちょっとした事で簡単に説得できてしまう。


「早く済ませてくれよ。商人協会辺りからせっつかれるからな」

「えぇもちろん」


 女は笑うと、静かに頭を下げるのであった。

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