通行止め
あまり宜しくない噂ばかりが流れるロストンの街。
セリーヌとアリイは今後面倒事に巻き込まれるのはゴメンだということで、翌日すぐに街を出ようとしていた。
元々、それほど滞在する気もなかった街だ。アリイとしては、セリーヌが絶賛する川魚料理が食べられなくて少々残念ではある。
しかし、歴戦の魔王と言えどセリーヌには逆らえない。
怒らせた時のセリーヌは怖いのだ。それこそ、あの魔王が縮こまる程に。
最早、どちらが魔王かすら分からない。かつての世界でこの光景を見せられた日には、魔王の威厳は地に落ちるだろう。
「面倒ごとは避けるに限りますね。ましてやここはシエール皇国の外。私の顔を知る者も少なければ、こうして責務を負わなくて済みます」
「フハハ。到底、聖女とは思えぬ発言だな。これが世界を救う聖女と言われるのだから、世の中狂っている。魔王軍をおそれらさせたあの狂乱聖女ですら、同種に対しては心優しき御仁だと言うのに」
「それはそれ、これはこれですよアリイ様。それに、私も優しい方だと思いますがね」
この問題を解決せず、サッサと逃げようとするセリーヌに呆れるアリイ。
下手に首を突っ込んで、命の危険にさらされるよりかはマシたが、聖女としての立場を持つ者がそれでいいのかとは思わざるを得ない。
(シエール皇国は本当に、本当に、聖女にする者を間違えたな。強さと美しさが必ずしも聖女たらしめる要素では無いということを、セリーヌが証明している)
見た目は確かに可愛らしく、そして美しい。
アリイもそれは認めるが、中身があまりにも残念すぎる。
なぜ彼女はここまで頭の中が聖女と言い難い思考をしているのか。もしかしたら、良心という言葉を母のお腹の中に置いてきたのかもしれない。
聖女という地位が、ギリギリセリーヌを人間として生かしているようにも見えた。
「なにか失礼なことを考えていませんか?」
「フハハ。挙句の果てには被害妄想か?これは本格的に医者に頭を見てもらわねばならないようだな?」
「ふふっ、アリイ様程ではありませんよ」
「フハハ........我の方が聖者としての素質がありそうだが?」
「ふふふっ、私の方がアリイ様よりもふさわしくありそうですがね?」
そんなちょっとした煽りあいをしながら、街を出るために門へと進むと、そこには大きな人だかりができていた。
ザワザワと多くの人々が集まり、そして、その中心部では大きな声を上げている兵士が見える。
一体何事なのか。セリーヌとアリイは言葉遊びをやめて真面目に戻った。
「何かあったのでしょうか?」
「........ふむ。血の匂いがするな」
「........血の匂いということは、遺体でも見つかったのでしょうかね?」
「おそらくは。我らには関係の無いことだ。が、人が多くて通れんな」
アリイが嗅ぎ取ったちの匂い。
魔物のような血の匂いではなく、人間の臭いだ。
アリイは自分達の推測が合っているかどうか確かめるため、近くにいたおばちゃんに話しかける。
「ちょいといいか?」
「ん?なんだい?」
「この先の門を通りたいのだが、何やら人だかりができていてな。何があったのか教えてくれると有難いのだが........」
「人が降ってきたのさ。朝方、ここら辺の店が開くと同時に、空から人が降ってきてグチャっと潰れちまったらしい。お陰で今日の商売は上がったりだ。人の死体を見て、食欲が沸くやつなんて居ないだろう?」
確かに人の死体を見たあとに食欲が沸くような人は極小数だろう。
アリイは戦場で人の死体を腐るほど見てきたので何も思わないし、セリーヌはそれはそれこれはこれで切り替えているので普通にご飯を食べるが。
しかし、アリイもこのおばちゃんが一般論で物事を話していることぐらいはわかる。
ここは大人しく同意しておいた。
「フハハ。それはそうだな」
「兵士を呼んだらいいんだが、呼ぶ間に人が集まっちまってな。ほんと、今の領主様になってから、良くないことが立て続けに起こって困るよ。そりゃアルバ様が優秀すぎたから、多少手際が悪いのは仕方がない部分もあるけどこれは酷すぎると思わないかい?」
「ふむ。我はこの街の住人では無いので分からぬが、確かに街の人々の顔はどこか不安に染まっておるな」
「だろう?私達は不安なのさ。あのバカ息子が私たちの生活を滅茶苦茶にしないかね」
「そればかりは、祈るしかないだろうな。ところで、我らは街を出たいのだが、良い迂回先を教えて貰えないだろうか?」
人だかりができており、その道を通るのは難しい。
アリイは迂回ルートを聞いたが、おばちゃんは首を横に振った。
「アンタも運がないね。今日から三日間は街を出るのは禁止だよ」
「む?どういうことだ?」
「アルバ様の作った法律でね。街の中で人が死ぬような事件が起きた時は、犯人が簡単に逃げられないように即座に門を閉じるのさ。入ることは出来ても出ることは出来ない。もちろん、あまりにも長い時間街の中に閉じこめるのは他の住人の反感を買うからやらないが、三日間四日ぐらいは足止めさせるよ」
おばちゃんの言う通り、このロストンの街では殺人事件など大きな事件が起こった際は街を封鎖してしまう。
犯人が簡単に逃げ出せないようにするためと、こうすることで街中が犯人に対して意識を向けるようになるからだ。
誰だって、殺人犯と同じ街に住みたいわけじゃない。
一刻でも早く捕まえて、安寧を取り戻したいのである。
アルバが死した今も尚、この法律は有効であり例え相手が貴族であろうとも例外ではなかった。
「なるほど。という事は、我が今やるべきことは宿の取り直しと言うことだな?」
「そういうことだね。急いだ方がいいよ。今日街を出ようとしていたやつらが、こぞって集まってくるからね」
「フハハ。有益な情報を感謝する」
「そう思ってんなら、街にいる間にウチの商品を買っていきな。すぐそこで野菜を売っているからね。旅のお供となる果物ぐらいは渡せるよ」
アリイはもう一度礼を言うと、おばちゃんの元を離れる。
そしてあからさまに嫌そうな顔をしているセリーヌをニヤニヤと見ながら、楽しそうに言った。
「三日~四日ほどこの街に滞在することになりそうだな」
「なんでそんなに嬉しそうなんですか?私は今、この運命を歩ませている神を殺したくて堪らないですよ。私の鎌でその首を切り落とし、邪神に捧げてもいいとすら思っています」
「我が聞いてきたセリーヌの暴言の中でも、群を抜いて酷い言い草だな。しかし、こうなってしまってはどうしようもない。時には諦めも肝心だぞ?」
「アリイ様。こういう時のためにお金はあるのですが........」
セリーヌは門番に金を握らせて、こっそり街を出ていく案を考えつく。
ある程度の大金は必要になるが、出来なくは無いだろう。
まぁ、セリーヌは自分で言いながらも“この提案はないな”と思っていたが。
「フハハ。分かっているくせに。そんなことをすれば、我らが犯人となるぞ?真面目な門番を引いた日には、あっという間に捕まって牢獄行きだ。そのあとは、ある事ないこと話させようと、拷問されるだろうな」
「はぁ。分かってますよ。自分で言ってて無いなと思いましたし。それにしても、本当にタイミングが悪いですね。お祓いにでも行きましょうかね?」
「セリーヌ、むしろお前は祓う側だろうに。大人しく諦めて、宿を取り直すとしよう。そして、美味な川魚料理を食べに行こうぞ!!」
「........もしかして、妙に機嫌がいいのは川魚料理が食べたいからですか?」
「フハハハハ!!悪いか?」
胸を張ってそういうアリイに、セリーヌは呆れながら首を横に振るのであった。
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