不穏な街
少し変わった老人の話を聞きながら、セリーヌはアリイと共に買い物を始める。
とは言っても、基本的に買うものは決まっている。
食料や薪など、今後の旅に欠かせない消耗品の補充がメインだ。
アリイが荷物持ちをやってくれると言うことだけあって、多くのものが買い込める。
特に現地調達しなければならない薪を買い込めるのは有難がった。
薪はどうしてもかさばる。場所によっては火を起こすことが難しいこともあるのでこうして火を起こす材料が手に入るのは大きな利点だ。
「ふむ。シエール皇国で訪れた街は皆良き顔をしていたが、この街の人々はあまりいい顔をしておらぬな。随分と現状に対して不安を抱いているように見える」
「それだけアルバ様が偉大なお方であったということですね。そして、その息子がいかに期待されていないのかが分かります。優秀な親を持つと、子は苦労しますよ」
「フハハ。セリーヌがそれを言うか。しかし、言わんとすることは分かる。親が優秀だから、子も優秀。そういう訳では無いのは百も承知だが、どうしても親と比べてしまうのが我らという生き物だ。我もできる限り個人として相手を見るようには務めているが、どうしても親の影がチラつく時があるからな」
シエール皇国の街とは一変して、ロストンの街は随分と暗い。
それほどまでにアルバなる人物は偉大であり、そしてその子は全く期待されていないのがひしひしと感じる。
もちろん、表向きは彼に期待する声を上げるだろうが人の本心と言うのはどうしても表に出てきてしまうものだ。
アリイも似たような経験を知っているからこそ、少しばかり今の領主に同情してしまう。
もし噂通りの人物ならば、どうしようもないクズであるが。
「セリーヌから見て、今の領主の印象はどうなのだ?」
「昔の話になりますが、ハッキリ言ってダメ息子でしたね。親と比較する以前の問題でした。我儘で傲慢。欲しいものはなんでも手に入ると思っている節がありまして、正直見るに耐えませんでした」
「フハハ。ボロカスに言われているな」
「昔の話です。今は分かりませんよ。人は簡単に変わることはありませんが、ある日突然急に変わることはありますから。もしかしたら、父を超えようと真面目に努力しているかもしれませんからね」
人はそう簡単には変わらない。しかし、ある日を境に別人のように変わる時もある。
確率こそ低いが、そういうこともあるとセリーヌは知っている。
自分がスラム街でその日を生きるのに必死な中、急に聖女になった時のように。
「その可能性があると?」
「ゼロとは言いませんよ。何事にも不可能はないと思っていますから。ですが、限りなく低いかと。今のこの街の現状が、それを表しています。父を超えんとするならば、この不安を解消できるような催しや政策をするべきなのですがね?私は政治に詳しくないので、正しいかは分かりませんが」
「民なくして王あらず、王あらずして国家にあらず。民は土台であり、その土台が大きく揺らげば上も揺らぐ。確かにこの不安を解消させる何かをせねばならんとは思うな。ここの領主がいつ変わったのがは知らぬが、少なくとも今は何もしていない」
「聖女も信仰心というものがあってこその聖女ですからね。権力者は一人では権力を握れません。一人では勝者にも敗者にもなれません。彼はそれを理解しているのでしょうか?」
「それは、本人次第でしかない。どれだけしつこく教えたとしても既に手遅れな時も多いからな」
少なくとも、今の現状を見て領主がそれを理解しているとはあまり思えない。
そんなことを思いながら、干した果物を売っていた店に入ると適当なものを買っていく。
甘味は旅の癒しだ。疲れた体に染み渡る糖分は、明日の希望となる。
セリーヌは最初こそ買うのを渋っていたが、旅を続ける中でアリイに力説されその重要さを何となく理解し始めていた。
少しの楽しみがあった方が、その日を頑張れる。
戦争を経験しているアリイだからこそ、見える視点というのもあるのだ。
「はいよ。これがブツさね」
「ありがとうございます」
「お嬢ちゃんは可愛いから、1個オマケしておいてあげたよ。それを持ったらサッサとこの街を離れた方がいい」
「........と言うと?」
そこそこの量の果物を買ったアリイとセリーヌ。
今後の旅の楽しみが増えたと喜んでいると、店主がそんなことを言う。
セリーヌが純粋に首を傾げると、店主は声を小さくしてセリーヌとアリイだけに聞こえる声で耳打ちした。
「最近、若い女の子が失踪する事件が相次いでいるのさ。まだ街の住民が消えたって話は無いが、この街に来た冒険者の女の子が三人消えちまったらしい。噂じゃ、領主様の目に止まった子が攫われて、慰みものにされているって話だよ」
慰みもの。つまりは、その若い女の子の尊厳を奪っているということ。
まだ確定した事実では無いためセリーヌは軽率な判断を下すことは無いが、少なくとも心象は悪くなるに違いない。
所詮は噂話と笑い飛ばせるような人々であれば、そもそも噂話など流行らない。
彼らにとっては真偽などどうでもいいのだ。話の種になれば、たとえ神だろうが貶すだろう。
「........なるほど。それは確かに怪しいですね。以前もそのような事件があったりましまたか?」
「いんや、少なくとも私たちの耳には入ってきてなかったね。アルバ様は私達のために尽力してくれた素晴らしいお方さ。だが、その息子が地位を引き継いで間もなく、こういう噂が広がるようになった。街のみんなは分かっているのさ。あのドラ息子はダメだってね」
「フハハ。思っていた以上に街の者は領主を嫌っているようだな。領主が変わってから、良き方向に働いたことはあったか?先代と比べず、の話だ」
「んー........そういえば街の近くにいる盗賊は減ったって話だったね。この街は辺境で、国からの目が届きにくいだろう?アルバ様もそれなりに力を入れて排除はしていたのだけど、それでも数があまり減らなかったのさ。だけど、今の領主様になってからかなり数が減って、商人たちは喜んでいると言っていたね。おかげで物流の流れは良くなったと思うよ」
ロストンの街は辺境にある。その分盗賊が蔓延るのは仕方の無いは話だが、どうやら現領主はしっかりと街の外の排除をしているらしい。
もしかしたら、真面目に仕事をしているが評価されないだけの可哀想な子なのかもしれない。
アリイとセリーヌは同じことを思った。
「ものが増えて物の価格が下がったのはありがたいかもねぇ。それでもアルバ様の方がいいという人は多い。良くない噂も多く聞くから、気をつけなね。お嬢ちゃんは特に可愛いから、もしかしたら狙われるかもしれないよ」
「ふふふっ、ご安心を。こう見えても私は強いのですよ?その時は........二度と男と名乗れないようにしてあげましょう」
「ハッハッハ!!ソイツは楽しみだね!!世の中のクズ共全員切り落としてもらいたいぐらいさ!!」
冗談じみたことを言うセリーヌと、それを聞いて笑う店主。
しかし、アリイはしっかりと見ていた。
セリーヌの目の奥がまるで笑っていないと。
もし、本当にセリーヌをそういう目的で襲う蛮勇がいればきっとその男は男として二度と名乗れなくなるだろうと。
なんと恐ろしいことを言うんだ。
店主とセリーヌが笑う中、男の痛みを知るアリイだけは引き攣った笑みを浮かべて乾いた笑い声を無理やり出すのであった。
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