ロストンの街


 バットン王国に足を踏み入れてから4日後。アリイとセリーヌはロストンの街へと辿り着いた。


 盗賊に襲われるようなことも無く、街道で立ち往生している馬車と出会うこともない。


 何ら変わりない普通の旅路に、アリイは少しばかりガッカリしつつも何事も問題なく街へ来れた事を喜ぶ。


 そう毎回面倒事に巻き込まれても、楽しくはない。


 稀に面倒事に巻き込まれるからこそ、その困難を楽しむことが出来るというものだ。


「通ってよし。ようこそロストンの街へ」


 ロストンの検問を通り、問題なく街へと足を踏み入れる。


 どうやら、彼はセリーヌの顔を知らないようであった。


「フハハ。流石に国が変わればセリーヌの知名度も落ちてくるな。シエール皇国内ならば間違いなくその顔を見て驚かれていたというのに」

「国が変われば私の顔を知る者も少なくなりますからね。これでようやく多少楽に過ごせますよ。ですが、この国で私の事を知る人はいるでしょうから、油断はできません。自堕落な聖女と言う看板を張られてしまわないように程々に頑張らないといけませんね」

「フハハ。相変わらず自分の立ち位置を守るのが上手いようだな。それで、この街にはどれ程滞在するのだ?」

「食料の補給だけで済ませるので、すぐに旅立ちますよ。良くない噂も聞きましたし、面倒事はごめんです。下手に私が介入すると、場合によっては国の問題になりますし」


 セリーヌはシエール皇国の聖女。


 聖女は政治的地位があるので、問題を起こした場合国家間の問題となる可能性がある。


 シエール皇国から離れた国でならば多少問題を引き起こしても大事にはならないだろうが、ここは隣国だ。


 場合によっては戦争隣得ることも考えれば、下手に長居して問題を起こすようなことはしない方がいい。


「というか、そもそもセリーヌが来るという通達とかないのか?向こうだって面倒事はごめんだろう?」

「正式な訪問ならばともかく、今はお忍びという形ですから。それに、今の私は聖女のセリーヌではなく冒険者としてのセリーヌです。それでも尚聖女の責務は着いて回りますがね」

「ふむ。我としては面倒事の回避をするために国へ何らかの連絡をした方がいいとは思うが........まぁ我が気にすることでもないか」


 バットン王国はシエール皇国とそれなりに良好な関係を築いていることはアリイも知っている。


 宗教関係的にもセリーヌがやってきたのならば来賓として出迎えた方が面倒がないとは思うのだが、それはアリイの考えでしかない。


(もしかしたら、セリーヌに聖女という責務を背負わすことの方が面倒があるかもと判断されたのかもしれんな。事実、レーベスの街では大きな問題を起こしていたし枷がない方がセリーヌのためになるのかもしれん)


「とりあえず宿は取りましょう。路銀はもう十分な程ありますし、この国を通り抜けるのは簡単ですよ」

「フハハ。モンスタースタンピードやら盗賊の財宝やらで嫌という程金を得たからな。どうせなら、ここの高級宿にでも泊まってみるか?」

「嫌ですよ。お金がもったいない。それなりに良質でありながら、安い宿を探しますよ。お金は節約してなんぼです」

「使わねば経済は回らぬと思うがな」

「それは統治者としての観点。市民は、少しでも節約して今後の生活の足しにするのですよ」


 セリーヌはそう言うと、アリイを連れて安くそして質のいい宿を探すのであった。


 まさか、宿探しに二時間近くもかかるとは思ってなかったが。




【ロストン】

 バットン王国の最南端に位置する街。子爵貴族が治める街であり、前任であったアルバ・ロストンの時代はとても過ごしやすい街として人気が高かった。

 現在は領主が変わり、徐々に街に変革が訪れている。




 二時間の宿探しの後、ようやく今日の寝床を確保したアリイとセリーヌは買い出しのために街を歩いていた。


 シエール皇国のように白を基調とした建物ばかりが並んでいるようなことはなく、どこか西洋風の街並み。


 ずっと白い景色ばかり見ていたアリイからすれば、この景色は新鮮に映る。


 アリイは楽しそうであった。


「ほう。この家は中々手が込んでいるな。見よ。小さな装飾がいくつも施されている。もしかしたら、かなりの職人が作り上げたのかもしれんな」

「........アリイ様。街並みを見るのは結構ですが、見すぎです。少しでも気になる建物を見つける度に立ち止まって話しかけないでください。置いていきますよ?」

「フハハ。酷いでは無いか。我はこの建築のすばらしさをセリーヌにも共有しようとしておるというのに」

「ご勘弁を。私はこういうものに興味が無いので。その装飾ひとつで生活が豊かになりますか?なるのであれば、私は全身全霊を持って覚え、見て、感激しますよ」

「フハハ。そうか興味がなかったか。それは悪いことをしてしまったな。我は昔、建築の手伝いをしたことがあってこう言う細かな装飾を見ると感激してしまうのだ。あれ、滅茶苦茶難しいからな........」


 そう言って昔のことを思い出したのか苦い顔をするアリイ。


 この魔王は本当に色々な経験をしているのだなとセリーヌは思いつつ、その話は気になったので乗っかることにした。


 建築の話に興味はないが、異世界の魔王の話には興味がある。


 どのような生活をしていたのか。どのような経験をしたのか。


 おそらくとても長いと思われるアリイの経験談を聞くことが、セリーヌは結構好きなのだ。


「建築の手伝いですか?馬車の時のように?」

「まぁそんなところだ。とは言ってもこのような街の家を建てると言うよりは、戦争の拠点となる前哨基地を作る時の話だがな。その中に1人老いた老人がおってな。そいつの建築速度だけ異様に早いのだ。しかも、ちょっとしたお遊びで目を見張る装飾を施す。あれは、我にも真似ができぬ領域であったぞ」

「具体的にどの程度早かったのですか?」

「そうだな。若者が丸1日かけてやる作業を、わずか半日足らずで終わらせていた。何が恐ろしいって、そいつは酒を飲みながら仕事をしていたのだ。我も注意しようか迷ったのだが、仕事が出来すぎて何も言えんかったわ。まさか、戦いではなく仕事ぶりで敗北するとはな!!」


“フハハハハ!!”と大笑いするアリイ。


 セリーヌはアリイにどんな形であれ敗北を認めさせたその老人の凄まじさに感心する。


 アリイは魔王であり、基本的になんでも出来る。そんな彼が、ハッキリと敗北したと言い切る程の人物が異世界に入るのか。


 例えアリイの土俵でなかったとしても、敗北を認めさせるのは至難の業である。


「アリイ様が敗北を認めるほどに素晴らしい方だったのですね」

「まぁな。我は暇な時間を見つけてはその老人に色々と教わったものだ。酒を飲みすぎてロクに呂律も回っておらんかったから、何を言っているのかさっぱりだったがな!!それでも手の動きを見て必死に覚えたものよ」

「仮にも一国の王の前で酒を飲みながら物を教えるとは........その方も凄まじい胆力を持っていますね」

「それ程に変わり者だった。今も多分どこぞの山奥でひっそり暮らしていると思うぞ。寿命で死ぬような命では無いのでな」

「魔族も寿命で死ぬのでは?」

「フハハ。もちろん死ぬ。だが、時としてその寿命という概念を乗り越えてしまう者が現れるのだよ。アレは、そういう類の者だった」


 魔族も人間と同じように寿命で死ぬ。しかし、話を聞く限り寿命と言う概念を乗り越えてしまう個体もいるらしい。


(きっとアリイ様もそんな乗り越えてしまった方なのでしょうね。話から推測するに、少なくとも数千年以上は生きているそうですし)


 セリーヌはそう思うと、その老人の話を聞き続けるのであった。

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