ロストンの街


 ヒークルの街を後にしてから約1週間程。


 アリイとセリーヌは、シエール皇国とバットン王国の国境に立つ検問所に並んでいた。


 国を跨ぐ際は、きちんとした検閲がある。


 当たり前だが、犯罪者や指名手配犯を国に入れるようなバカは存在しない。


 その気になれば検問を受けずに国に入ることも出来るが、セリーヌやアリイはその立場から例え時間が掛かり面倒であっても検問を受けざるを得なかった。


「退屈ですね。国を跨ぐ者はそれなりにいるので、待ち時間が長いのは仕方がありませんが」

「フハハ。一応言わせてもらえば、セリーヌの地位を使うと楽になるぞ?」

「する訳ないじゃないですか。そんなことをすれば、私は権力に物を言わせる悪しき聖女になりますよ。市民にとって、権力者の不祥事はどれほど些細なことでもいい話の種になりますからね」

「........そういう割には、昔から色々なことをやらかしているように思えるがな?」


 今回も例に漏れず、素直に列に並ぶセリーヌとアリイ。


 できる限り綺麗な聖女を演じなければならないセリーヌは、仕事の時以外はこうして権力をできる限り使わないようにしなければならなかった。


 ハッキリ言って、面倒なことこの上ない。


 権力は使ってこそ権力足り得ると言うのに、それが出来ないとなるともどかしい。


 人々は聖女に幻想を抱きすぎている。セリーヌは少しでもその幻想に近づかなければならない今の立場を面倒に思っていた。


 もちろん、この地位を捨てる気にはならないが。


 セリーヌもまた力を求めてしまう人間なのだ。


 悲しいことに、その人の欲からは逃れられない。


「アリイ様のご友人でも出せれば暇も少しは潰れるのですがね」

「フハハ。そんなことをすれば、間違いなく騒ぎになるぞ?我の友人は傍から見ると怖いらしいのでな。この世界では違うかもしれんが........試してみるか?」

「遠慮しておきますよ。アリイ様のご友人がとても優しくて可愛かったとしても、ここの人達からすれば見たこともない存在となりますからね。彼らからすれば、恐怖を感じてしまってもおかしくありませんから」

「それは残念だ」


 友人を呼び出せるかと思ったアリイは、少しばかりしゅんとしてしまう。


 こんなのが異世界で魔王として降臨していたのだから、おかしな話だ。


 セリーヌからすれば、友人と遊べなくて寂しく思っているだけの少し子供じみた大人にしか見えない。


 アリイはセリーヌの事を“それでも聖女か”と言うが、セリーヌからすればアリイも“それでも魔王か”と言いたくなる。


 確かに魔王らしさが垣間見える時もあるが、理不尽に人を殺し笑う魔王のイメージがあるセリーヌからすればあまりにも情の深い魔王であった。


 そんな魔王には到底見えない魔王に呆れていると、前で並んでいた2人組の冒険者の会話が耳に入ってくる。


「なぁ、聞いたか?最近ロストンの領主様が変わったらしい」

「へぇ?それは初耳だな。死んじまったのか?」

「そうだ。いい歳してたって話だし、死んでもおかしくは無い年齢なのは間違いないが........どうも噂じゃ息子が権力を手に入れるために暗殺したって話だぜ?」

「おぉ、そいつはおっかねぇ。貴族社会は怖いねぇ。その点、シエール皇国は平和だよな。昔は汚職が酷かったが、先代聖女様と今の聖女様が随分と頑張ってくれたみたいだし」

「全くだ。お陰で不当に釣り上げられていた税金が安くなったってよろこんでたな。俺達が旅をしてきた中でも、随分といい国だったよ」

「だな」


 何気なく耳に入った会話。まさか彼らはその後ろにその聖女がいるとは思ってもいない。


 セリーヌは白いローブを被っており、顔を見えないようにしている上に彼らはこの国の生まれではなかった。


 セリーヌの顔を知るわけもない。ただの旅人が聖女を見る機会はそう訪れることは無いのだ。


「フハハ。言われておるぞ?」

「それについてはどうでもいいですよ。それよりも、問題はその前の会話です。領主が変わった話なんて聞いてませんでした。収集不足ですね」

「どこにでもある、親と子の権力争いの話だったな。もう少し詳しく聞くか?どうやら、セリーヌの名を知らないようだ」

「私の名前を知る人は意外と少ないですよ。皆、聖女様と呼ぶので........そうですねもう少し詳しく聞いてみましょうか」


 自分の身分がバレることは無いだろうと判断したセリーヌとアリイは、前にいた冒険者たちに話しかける。


 どうせやることも無い暇な時間だ。知らない者と話すのもいい暇つぶしになるだろう。


「ちょっといいか?」

「ん?どうしたんだ?」

「聞くつもりは無かったのだが、会話が耳に入ってきてしまってな。この先にある街で領主が変わったという話を詳しく聞かせて欲しいのだ。我らもそこに向かうつもりでな」

「あぁ、いいぜ。とは言ってもよくある話だし、事実かどうかは分からないぜ?」

「フハハ。噂話とはそういうものだ。英雄譚も盛り上げるためにある事ないこと書くだろう?」

「ハッハッハ!!それは確かにそうだな!!」


 人当たりよく、できる限り普通を演じて話すアリイ。


 その口調こそ治ってないが、心做しかいつも以上に言葉を選んでいるのがわかる。


(本当にコミュニケーションが上手な方ですね。魔王として色々と苦労したと聞きましたし、その時にみにつけたのでしょうか?)


「ロストンの街と言えば、アルバ・ロストンが統治していた街だ。爵位は確か........子爵とかそこら辺だったか?辺境の街を治める田舎の領主としてはかなり優しい人物で、市民からも慕われていたらしい」

「ほう。そして、そのアルバなる者が死したと?」

「あぁ。もうかなりいい歳をしていたって話だから、いつ死んでもおかしくないと言われていたな。んで、ある日いきなり彼は倒れたらしい。突然死だったそうだ」

「なるほど。突然死と言うとこは、前日まで元気に過ごしていたのか?」

「俺が聞いた話の限りはそうだったな。だから、その息子が疑われているのさ。もう爵位を受け継いでもおかしくない時期........なんなら爵位を継いでも遅すぎる時期だったってのに未だに継承者という立場だった息子がついに痺れを切らして殺したんじゃないかって囁かれているのさ」


 その話を聞いたセリーヌは、静かに考えた。


 アルバ・ロストンはかなり有能で市民にも慕われるほどの存在だったが、一つだけ無能と言われていることがあった。


 それは子育て。


 貴族にしてはかなり遅い時期に子をさずかったこともあり、かなりの溺愛をしていたという。


 いつも息子を甘やかし、痛みを知らない子供になってしまったと。


 1度、彼の息子を見た事があるが、当時まだ12歳だったセリーヌから見ても“ダメな息子”だと思うほどであった。


 そんな彼がいざ爵位を継ごうとしたときに気がついたのだろう。


 彼は領主として相応しい風格を備えていないと。


 そこから教育が始まり、甘やかされて育ってきた彼にとって厳しい試練が訪れる。


(そして、その試練に耐えきれず楽で愚かな道を歩んだ。簡単に想像できてしまうあたり、その噂の真実味が帯びますね。いや、簡単に想像できてしまうから、噂になったでしょう)


「まぁ、そんなわけで、今のロストンの街は昔みたいないい街とは限らないって話だ。兄ちゃんも気をつけろよ。貴族絡みとトラブルは、冒険者にとって死を意味するからな。権力者ってのは本当にクソだぜ」

「フハハハハ!!キッパリと言い切るではないか!!間違っても貴族の前で言うでは無いぞ?」

「当たり前さ。俺だってそれなりに長い間冒険者をやってるんだからな」


 こうして、不穏な噂を耳に挟みつつもセリーヌとアリイは検問を超えてバットン王国へと足を踏み入れるのだった。

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