運が悪かった
魔の森からやってきた魔物達の波は、僅か1時間足らずで全てが血の海へと変えられた。
セリーヌの一方的な殺戮により、数千体の魔物は滅びを迎え魔の森にはまた新たな魔物達が住み着くことだろう。
人々は聖女の威光を改めて認識し、英雄と褒め称える。
しかしながら、その裏にはいくつかの犠牲もあった。
「アリイ様........彼は........」
「あぁそうだセリーヌ。つい早朝にこの街を出たあの商人の亡骸だ」
魔物たちの始末を終えた後、アリイは魔の森に残されていた冒険者達の亡骸を集め街に運び込んでいた。
死したもの達を悲しむ者もいる。その最後の眠りを見る権利が、彼らにはある。
多くの戦士たちの死を見届け、その悲しみを理解しているアリイはできる限り様々な場所を回って亡骸を回収した。
そしてその中には、セリーヌに髪飾りを売ってくれた心優しき商人の姿もある。
「どういうことですか?彼は、早朝に魔の森から反対の方向に向かったはずですよ。私は一度も後ろに魔物を流していません」
「何も我らの敵が魔物だけだと言う話では無い。この傷を見ろ。明らかに刃物で突き刺したような跡があるだろう?」
「........まさか、護衛の方が?」
「鐘の音はよく響く。それこそ、街の外にまでな。そして、魔の森の異変を知っていた冒険者達は何が起きているのかを察し、商人を殺して餌にしようとでもしたのだろう。ついでに言えば、その商品すらも持ってな。街道の脇に馬車がころがっていた。その中を見たが、明らかに商品が少なかったぞ」
「........胸糞悪い話ですね」
アリイの推測に、セリーヌは顔を顰める。
つまり、あの商人はハズレくじを引いたのだ。
街から離れることを優先してしまったがあまりに、冒険者と言う名の盗賊に襲われてしまったのである。
セリーヌは、今朝商人が言っていた言葉を思い出した。
あまり行儀の良さそうな冒険者には見えなかった。しかし、この街を一刻でも早く離れるべきだから我慢しようと。
「久々に人を殺したくなりますね」
「フハハ。案ずるな。既にこの世には居ない」
「........殺したのですか?」
「フハハ。我は昔、斥候の任務に赴いたことがあってな。その時に色々と勉強したものよ。自分の血の臭いや足跡を消せない三下如きを追いかけるのに、それ程労力は必要ない」
アリイの言葉を聞き、割と本気でその者達を殺そうか悩んでいたセリーヌは怒りを沈める。
本来ならば裁きは冒険者ギルドや国に任せるべきだ。しかし、セリーヌやアリイとて感情を持つ生き物。
下手に逃げられる前に殺してしまっても仕方がない。
そして何より、アリイは思っていた以上にこの件についてはキレていただろう。
彼は、あまりにも情に脆い男なのだ。
「今回は目を瞑ります。本来ならば指名手配するべきなんですがね」
「自分も殺そうか悩んでいたくせしてよく言う。聖女ならば、過ちを認めさせて更生を促すべきだろうに」
「生憎、私は人がそう簡単に変わらない事を知っていますから。慈悲は時としてさらなる被害を生むのですよ」
「フハハ。それには同意だがな」
「ちなみに、興味本位で聞きますがどのような殺し方を?」
「なぁに、3人の野郎だったのでな。喰った。筋肉質な肉は噛みごたえがあって好きらしい」
「あぁ、サメさんに食べさせたのですね。生きたまま」
「その通りだ」
きっと、その冒険者たちは魔王の遊戯を見て恐怖したことだろう。しかし、自業自得である以上、セリーヌは天へ導かれることすらも祈りはしない。
死して当然。自らの仕事を放棄し、あまつさえ人を殺したものにかける慈悲など存在しないのだ。
「またどこかで会えたら、1つぐらい商品を買っても良かったんですがね」
「我もだ。ここで死ぬ運命ではなかったな。しかしながら、運がなかった。悪運。それだけなのだ」
「悲しい世界です。たとえ魔王を討伐したとしても、こうした争いが無くなることは無いと思うと、人類を救う価値など無いのかと思いますよ」
「フハハハハ!!それが聖女の言葉とは笑えるな。まぁ、こう言う1部の連中が人類と言う種族の評価を下げる。個人での行動だからと思ってはならんいい例だな。人間にも、心優しき人はいる」
「私みたいな?」
冗談ではなく、素でそう言うセリーヌに思わず開いた口が塞がらないアリイ。
何を言っているんだこの少女は。
今すぐにでも医者にその頭を見てもらった方がいいのではないだろうか。
「この会話をしていて、真面目にその言葉が出てくることに驚きを隠せんぞ。頭は大丈夫か?医者にかかった方が良いぞ。もう手遅れだろうが」
「私ほど心優しい人間もそうはいないと思いますけどね。なんやかんや言いながらも、こうして騒動を収めた訳ですし」
「結果論で語るな。過程で語れ。何度この街を早く出たいとボヤいていたのだ」
「さぁ?私の記憶にはありませんね?そんなこと言いましたっけ?」
今度は冗談じみた口調で言うセリーヌ。
アリイは大きく溜息をつくと“この聖女は本当に救いようがない”と思いつつ、そんな聖女を見て楽しむ自分も救いはないんだろうなと思う。
結局、アリイも役職というしがらみがなければ自分の楽しさを優先する人間だ。
誠に不本意ながら、自分以外はどうでもいいセリーヌと同類なのである。
「ところで、ルーベルトさんは大丈夫でしたか?」
「フハハ。怪我こそあれど、命に別状は無い。我は最後の方しか見ておらんかったが、少女曰く別人のように強かったそうだ。それに、少年の様子では自らの大切な者に気がつけたようだな。こちらは運がいい。我らがこの場にいて、何も失わずに大きな成長を遂げたのだからな」
「その時の運次第で生死が左右される。神はなんて不条理なのでしょうね。真面目にひたむきに生きてきた人が必ずしも報われず、傲慢で我儘な人間が全てを手にすることもある。やっぱり世の中はクソですよ。一度全てを壊してしまった方がいいかもしれません」
誰かの模範となれるほどに真面目にひたむきに生きていたとしても、一掴みの運がなければ意味は無い。
逆に、その運さえ手繰り寄せてしまえばどんな人間にもチャンスが巡ってきてしまう。
今回は両方真面目な努力をしていたが、運1つで真逆の結末を辿ってしまっているのだ。
神はなんと無慈悲で不条理なことなのだろう。
もし本当に神が存在するのであれば、セリーヌはきっと死神の鎌を突きつける。
「フハハ。それをするには、全ての敵となる必要があるぞ?魔王軍のみならず、人類全ての敵となるのだ。やってみるか?」
「いいえ、そんな面倒なことはやりませんよ。私は私が生きて行ければそれで良いのです。聖女も魔王討伐もそのための手段にすぎませんから」
「キッパリと言い過ぎではないか?」
「今更取り繕って何があるんですか。表向きは綺麗な聖女でいればいいんですよ」
ハッキリと言い切ったセリーヌ。
セリーヌにとって聖女は手段だ。自分の平穏な人生を送るためのひとつの手段である。
生まれが悪すぎたからこうなってしまっただけであって、もし普通の家庭に生まれていればセリーヌは聖女にすらならなかっただろう。
「さて、私はこの波に飲まれた人々に祈りを捧げてきます。一応、聖女の仕事ですから。アリイ様は適当に時間を潰していてください」
「フハハ。わかった」
そう言って亡き人たち一人一人に祈りを捧げ始めるセリーヌ。
アリイはそんなセリーヌの姿を見て、ポツリと呟いた。
「黙ってさえいれば、綺麗な聖女なのだがな........言葉とは罪深いものだ」
こうして、魔の森の騒動は幕を閉じる。
翌日、やはりセリーヌとアリイは逃げられずしっかりと街の英雄として祝われた。
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