骸の竜


 小さな英雄の大きな一歩。最初に訪れた試練は、モンスタースタンピードと呼ばれる魔物の波であった。


 逃げることは許されない。ルーベルトの背中には、守るべき者がいる。


「フゥー。体力配分だけは考えないとな。どうやら向こうは俺達に構う暇もなさそうだし、正面に向かってくるヤツらだけをどうにかすればいい。それ以外は放置だ」

「ルーベルト!!」

「カナンは大人しくしてろ。俺が守ってやる」


 かつて、自分の住む村に魔物が襲いかかったその日。父は剣を抜いて村を守った。


 その時に比べれば、守るべき者は少ない。背中にある、たった一つの命を守るだけ。


 なんと気楽な事だろうか。そして、その一つすらも守れないようでは、英雄になる資格もない。


「グギェェェェ!!」

「グゴァァァァァ!!」

「来いよ!!全部ぶった切ってやる!!」


 魔物達の咆哮を聴きながら、ルーベルトは片手剣を握りしめて最初にやってきたゴブリン達と対峙する。


 目の前に立ち塞がる邪魔な人間を殴り殺そうと棍棒を振り上げたゴブリンを対して、ルーベルトは静かに剣を置く。


 最初に出て来る魔物は、森の浅い場所から出てくる魔物達。


 つまり、弱い魔物が多いのだ。


 彼らに対して体力を使うような真似はしたくない。


 普段ならば派手に剣を振り回すルーベルトであったが、この時ばかりは冷静で合理的であった。


 相手の力を利用して、自分は最小限の動きで相手を殺す。


 相手はこちらに自然と向かっくるのだ。その道筋に剣を置くだけで、彼らは自ら死地に飛び込んできてくれる。


 グサッと、剣がゴブリンの胸を貫く。


 毎日、カナンに口煩く言われていた剣の手入れがしっかりと生きた瞬間であった。


「先ずは一つ」


 ルーベルトは自分を鼓舞するかのようにそう呟きながら、剣に突き刺さったゴブリンを蹴り飛ばす。


 そして、次から次へと流れてくる魔物に向かってできる限り防御の姿勢を取りながら剣を振るった。


 もちろん、身体強化も使う。


 しかし、最初から飛ばしてはならないので、できる限り必要最低限だけの魔力を引き出して僅かな分だけ力を得た。


「グヲォォォォォ!!」

「ッチ!!次はオークか!!」


 最下級魔物の波が終われば、次は下級魔物の波。


 休む暇すら与えず流れてくるオークやその他下級魔物に対して、ルーベルトはどのように対処したらいいのか頭をフル回転させる。


 オークの強みはその大きな体と生命力だ。アリイやセリーヌのように化け物じみた力があるならば別だが、銅級冒険者にオークを一撃で殺す術はない。


 ならば、どうするのか?


 普段ならば全力を持ってして切り刻みに行くだろう。


 銅級冒険者である以上、オークを倒せるだけの力は持っている。


 しかし、ここから更に中級魔物や上級魔物が出てくることを考えると得策ではない。


(そもそもの勝利条件を思い出せ。俺達の勝ちは、2人とも無事にこの波を乗り切ることだ)


 今回は討伐が目的ではない。


 ルーベルトは自分が驚くほど冷静になっている事に成長を感じつつ、オークとはやり合わない方針を取ることにした。


 魔物たちは明らかになにかから逃げている。それこそ、普段ならば食料としてしか見ない人間にも目もくれず。


 彼らが攻撃してくるのはあくまでも、自分達がその進行方向に立ち塞がっているからだ。


 殺しに来ている訳では無い。


「グヲォォォォォ!!」

「俺を攻撃する暇があるなら、走れよこのクソッタレが!!」


 何かから逃げているのであれば、攻撃よりも逃げる選択をしてくれと心の底から思うルーベルト。


 そうすればお互いに幸せな結果を迎えるというのに、魔物は知能が低くても溜まったもんじゃない。


 振り上げられたオークの拳。


 ルーベルトは剣を自分の後ろにある木にその拳が当たらないような位置を取ると、周囲を警戒しながらもその拳をじっと見つめる。


 そして、振り下ろされた拳を剣の腹で綺麗に受け流した。


 筋肉ダルマとも言われるほどに力のあるオークの一撃を、ルーベルトは技術によって回避したのだ。


 半歩後ろに下がりつつ、拳を横に弾く。かつて父に教えてもらった防御術である。


「グヲォォォォォ?!」


 勢いよく拳を振り下ろしたオークは体制を崩して転倒。直ぐさま立ち上がろうとしたが、後ろからやってきた魔物達に踏まれて圧死してしまった。


「フゥ........もう15分近くも戦闘しているのに、全く体が疲れない。勇者様に感謝だな。魔力運用のやり方を教わってなかったら、今頃体力の限界を迎えていたかも。カナン!!生きてるか?!」

「何とか!!凄いじゃない!!ルーベルト!!どうしていつもそんなに冷静に戦ってくれないのよ!!」

「うるせぇ!!生きてるならそこで大人しくしてろ!!」


 人は死を前にして成長する。


 それが戦闘となれば尚更だ。


 一度も戦場に出たこともなく、ただひたすらに剣を振るった剣士と、戦場で死地を乗り越えてきた剣士。


 どちらが戦えば強いかと言われれば、圧倒的に後者の方が強い。


 限界の中に身を置くことで人は急激な成長をすることがある。


 ルーベルトは、今正に成長期を迎えていた。


 目の前から迫り来る絶望があまりにも強大過ぎて全能感は無いが、確実に強くなっている感覚はある。


 あとは、死ぬ気で成長を続けて堪えるだけだ。


 30分経過。


 下級魔物の波が治まり、徐々に中級魔物が混ざってくる。


 流石にここまで来ると、ルーベルトも苦戦を強いられる事となった。


「クソッ!!だから魔法を放つ前に逃げろよ!!お前ら何かから逃げてんだろ?!」

「グギャギャ!!」


 魔法を扱うシャーマンゴブリン。


 下級魔物までは近接攻撃主体の魔物が多かったが、ここからは遠距離攻撃を持った魔物も多く存在する。


 そして、ルーベルトは魔法に対して対処する術を持っていなかった。


 森を燃やしたらまずいと言う知能はあるのか、炎魔法は使ってこない。しかし、風や水、土魔法は当たり前のように使ってくるのでルーベルトはそれらに対処しなくてはならない。


「くっ........!!うぜぇ........!!」


 普段ならば間違っても相手にしない中級魔物。


 実力から考えれば間違っても勝つことは出来ない相手だが、耐えるだけならば、数秒の時間を稼ぐぐらいならルーベルトでもできる。


 下手に剣を振ることはせずに、迫り来る魔法に対して魔力で覆った剣を当てる。


 ルーベルトはここに来て、自分なりの守る剣を完成させつつあった。


 惜しむべきは、まだ産まれたての剣で骨格がしっかりと出来ていない事。


 もう一、二年もあればルーベルトの剣は守護する剣となっていたはずだ。


「ぐっ........」


 いくつかの魔法をその身に喰らい、それでもなおカナンを守り続ける。


 時間は味方だ。何とか乗り切れる。そう信じることで、ルーベルトの心は保たれる。


 が、現実は非情で慈悲などない。


「ガァァァァァァァァ!!」

「........おいおい。そこは順番を守れよ。中級魔物が出てきたら次は上級だろう?なんで最上級魔物が出てくるんだよ」


 全てを威圧する骸の竜。それはかつての竜の成れの果て。


 生にしがみついた竜が呪いとなって生まれた姿。


 皮も、肉も腐り落ち。骨だけになった最上級魔物の一体。


「ぼ、ボーンドラゴン........」

「ハハッ、こいつが森の主か。悪いなカナン。流石にこれは無理かも」

「ルーベルトだけでも逃げて。お願い........」

「そいつは無理だな。英雄はこんな所では逃げ出さない。俺はカナンの英雄になるんだよ」


 ここが正念場。


 勝てなくてもいい。


 生き残りさえすればそれで助かる。が、こんな強大な相手に生き残れるかと言われらば、無理だろう。


(死ぬかもしれないな。でも、最後まで足掻いて─────)


 刹那。


 ルーベルトの体が木に叩きつけられる。


「ガハッ!!」

「ルーベルト!!」


 何が起きたのか分からなかった。何をされたのか分からなかった。


 肺の空気が一気に無くなり、一瞬呼吸が止まる。


 ルーベルトは運がいい。彼は、その見えない一撃に対して本能的に反応して剣を盾にしていたのだから。


 だが、一欠片の運では意味が無い。


「ルーベルト!!しっかりして!!」

「ゴホッゴホッ!!クソッ剣が折れた。カナン時間を稼ぐから逃げろ」

「ルーベルトを置いて逃げられないわよ!!」


 絶望。ただそれだけが目の前にはある。


 が、そんな時上空からひとつの笑い声が聞こえていた。


「フハハハハ!!貴様か!!諸悪の根源は!!」


 それは希望の光。それは、勇者の灯火。


「この世界でドラゴンを相手にするのは初めてだな!!我が遊んでやろう」


 ニィと笑った魔王が骸の竜の前に降り立つ。






 後書き。

 何気に、ボーンドラゴンの一撃を本能的に防いだルーベルトは滅茶苦茶凄かったりする。

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