守れ。その者の為に。
時間は少し遡り、アリイ達が商人と話して頃。
ルーベルトとカナンは、魔の森の浅い場所でグレイウルフを狩っていた。
魔の森に異変が起きていることは知っている。今日はできる限り早めに仕事を終わらせて、安全のために帰る方がいいかもしれない。
そう思っていた。
「オラァ!!」
「グギィィ!!」
剣を振りかざし、灰色の毛皮を持つ魔物を一刀両断するルーベルト。
グレイウルフは鮮血を撒き散らしながら、息絶える。
「よし。流石に苦戦はしないな。勇者様みたいにパァンって魔物をぶっ飛ばすのは無理だけど」
「あれを参考にしたらダメよルーベルト。勇者様と聖女様は異次元の強さなのよ」
「わかってるさ。目指すべき場所ではあるけど、今はまだまだ実力不足なことぐらい理解しているよ........ん、雨が降ってきたな」
ポツポツと降り始める雨粒。
冒険者にとって、雨は恵みともなれば敵ともなる。
水がない時は喉を潤す救いとなるが、基本的には視界が悪くなり体温を奪われ体力を必要以上に使う。
更には地面がぬかるみ、意図しない動きをしてしまうのだ。
多くの冒険者達は雨の日を嫌う。そして、ルーベルト達も雨は嫌いであった。
「雨か。指定討伐数まであと2体。急いだ方がいいかもな」
「そうだね。濡れた服を乾かすのも大変だし、下手に放って置くと臭うわ。覚えてる?ルーベルト、昔雨の中を走り回ってその服を適当に放置していたからカビが生えてたのを。おばさんにものすごく怒られてたわよね」
「........あんな経験二度とごめんだ。母さんに叱られた中でも一二を争う怖さだったよ」
「さすがのおじさんもルーベルトを庇わなくて、大泣していたのが懐かしいわ。今日はちゃんと洗って乾かさないとね」
「分かってるよ」
昔話に花を咲かせつつ、ルーベルトはグレイウルフの剥ぎ取りを開始する。
カナンは周囲の警戒をしつつも、話を続けた。
剥ぎ取りの時間は暇だ。警戒こそ怠ることは無いが、無駄話が増えるのも仕方がない。
「ねぇ、ルーベルトは英雄になりたいって言うけど、英雄になった後はどうしたいの?」
「ん?そりゃもちろん........そりゃ........人を助けるんじゃないのか?」
何気ない質問。しかし、その質問にルーベルトは言葉が詰まる。
英雄と呼ばれた後、どうしたいのか考えたこともなかった。父親のように多くの者を守り英雄となったあと、自分はどうしたいのだろうか?
その名を使って富を築く?
それもひとつの手段だろう。しかし、ルーベルトは別にお金が稼ぎたい訳では無い。
ルーベルトは知っている。
身に余る富は身を滅ぼすと。
名声を手に入れてチヤホヤされる?
そんな不純な目的で英雄になりたいわけじゃない。そんな覚悟で父の背中を追うほどルーベルトも馬鹿ではない。
力を手にする?
否。英雄となった時点で既に力はある。
では自分は英雄となったあと何がしたい?
つい最近、セリーヌやアリイに言われ英雄とは何かを考えていたルーベルトは、如何に自分が浅い考えをしていたのかを実感した。
一体自分は何がしたいのだろうか?英雄と言う肩書きは、一体自分に何をもたらすのか。
そんな事ばかりが頭の中でぐるぐると回る。
「........ルーベルト?」
「なぁ、英雄って何なんだろうな。何気なく父さんの背中を追いかけていたけど、ちゃんと考えたことが無かったよ。俺は、一体何が欲しくて英雄になりたいって言ってたんだろう?」
広大な森は、そんな悩みを考えるのにいい場所なのかもしれない。
自分のちっぽけさを痛感できるから。
........今日でなければ。
思春期特有の感情に浸りながら、魔物を解体していたその時であった。
ドドドと言う、音が遠くから聞こえ始め、やがてその地鳴りは大きく大きくなり地面を空気を揺らしていく。
「な、なんだ?!」
「ルーベルト!!今すぐに逃げるわよ!!何かが来るわ!!」
今日の森は悩める少年に寄り添わない。
全てを喰らい、呑み尽くす魔物の波が死を持って答えを告げに来る。
これは不味いと素早く判断したカナンは、ルーベルトの服を引っ張ると無理やり立たせて走り始める。
ルーベルトはその音の正体が気になったが、好奇心に殺されてしまっては意味が無いと悟りカナンの後ろを追った。
そして、ふと振り返るとそこには絶望的な光景が広がっていた。
「魔物の大群........!!モンスタースタンピードか!!」
「最悪っ!!運が悪すぎるわ!!」
森を飲み込むは魔物の群れ。彼らはまるで何かから逃げるかのように森の中を走っていく。
流石のルーベルトもこの光景を見れば何が起こっているのか分かる。
モンスタースタンピード。魔物の氾濫だ。
「安全のために早く仕事を終わらせようと、街を出たのが間違いだったな?!今日ばかりはカナンを恨むよ!!」
「後で愚痴は聞いてあげるから、喋らず走りなさい!!死ぬわよ!!」
いち早く森を出なければ。
森から出れば、まだ助かる見込みがある。
しかし、こういう時に限って不運というものは訪れる。
「あっ........」
「カナン!!」
普段から森の中を歩いている訳では無いルーベルト達。その経験の浅さがここに来て露呈した。
土から顔を出した木の根に足が引っかかり、カナンは転んでしまう。
後ろを走っていたルーベルトは、カナンを立たせようとするが不運の女神が微笑む。
「うげっ、足が!!」
「ルーベルト!!」
雨が強くなり、地面がぬかるんでいる中で急に止まることは出来ない。
ルーベルトもまた、足を滑らせて転んでしまう。
普段ならば絶対にしないミス。しかし、焦っている時ほどこういうミスは出てくる。
「ッチ!!ツイてないな!!立てるか?!カナン!!」
「待って今立つわ........いっ........!!」
ルーベルトは泥まみれになりながらも急いで立ち上がると、カナンに駆け寄り手を差し出す。
カナンはその手を掴んで立ち上がろうとしたが、足首に痛みを覚えて顔を歪めた。
転んだ際、足を捻ってしまったのだ。つくづく、運がない。
「大丈夫か?!」
「........ルーベルト、私はもう走れないわ。ルーベルトだけでも逃げて」
「バカ言うんじゃねぇよ!!」
ルーベルトはそう言うと、強引にカナンを担ぎ上げて走り始めようとする。
しかし、森の中は歩きにくく人を抱えて走るには適していない。どう足掻いても、波に飲み込まれてしまうだろう。
「ルーベルト!!私を置いて行って!!」
「うるせぇ!!ここでお前を置いていったら、俺は一生後悔する!!」
逃げられない。そして、魔物の波をやり過ごすのも難しいだろう。木の上に登ると言う手段があったが今のカナンでは木に登る事も出来ないし、何より魔物波によって木をへし折られる。
となれば、やれる事は1つしかない。
ルーベルトはカナンを木の裏に隠し、少しでも波から逃れさせたらいいなと思いつつ剣を引き抜いて迫り来る音と向き合う。
守るべきはこの木だ。木をへし折られればカナンは下敷きになり死んでしまう。
「ルーベルト!!逃げて!!」
「逃げねぇ!!目の前にある者すら守れずに何が英雄だ!!俺は先ず、お前の英雄になってやる!!」
それは小さな一歩。
ルーベルトは初めて隣にいる大切な者に気がついたのだ。失って初めて気がつくのでは無い。失いかけて気づいた。
まだ、運が良ければ先がある。
不運の女神が微笑むのならば幸運の女神だって微笑むだろう。
「ここで引いたらおしまいだ」
守れ。その者の為に。
小さな英雄は今日を持って一歩を踏み出す。
「来いよ。魔物共。今日の俺はクソしつこいぞ」
剣を構えた小さき英雄は、魔物の波と対峙する。
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