聖女の一撃
警鐘が鳴り響き、ヒールクの街は突如として混沌に包まれる。
この街に限った話では無いが、基本的に警鐘が鳴らされることはそう何度もない。
この鐘が鳴り響く時は時刻を知らせる時ぐらいで、これほどまでに危機を伝える音を鳴らすことは滅多になかった。
ある者は慌てふためき、あるものは街から出ていこうとする。
避難訓練などもしているはずがない。結果、混沌を生み出す。
そんな中でも、冷静なもの達は居る。
死の淵に何度も立ってきた冒険者達の多くは、武器を持ち素早く防衛線へと向かった。
その中には、もちろんアリイとセリーヌの姿もある。
「我は先に行く。セリーヌは冒険者を纏めつつ、街を守ってくれ」
「分かりました。お気をつけてアリイ様」
「フハハ。我を殺しうる存在がいるのなれば、それこそが本物の魔王よ。その時は我の全てを使って抵抗するがな」
「もしそんな事が起こった時には、この国は滅びを迎えるでしょうね。アリイ様が本気で暴れたら、周辺への被害がすさまざいことになりそうです。ただでさえ軽く遊んだ時でも酷かったというのに」
「訓練場を壊した時か。確かにあの時は酷かったな。まぁ、そんな話はさておき行ってくる。こちらは頼んだぞ」
「はい。お任せ下さい。例え神がこの場に現れようとも、私が狩り殺して差し上げましょう。こちらに向かってくる魔物達は全て流してくれて構いませんよ」
仮にも聖女が“神をも殺す”と告げる。
アリイは“流石にそのセリフは不味いんじゃないか?”と思いつつも、魔の森で何とか生き残っているであろう冒険者達を救いに向かうため1歩を踏み出した。
フッと、アリイの姿が掻き消え、残された風がセリーヌの髪を靡かせる。
セリーヌは自分の後ろに集まり始めた冒険者達に振り返ると、聖女の如き微笑みを見せた。
「この街を守らんとする英雄の皆様。私が大半の魔物は処理いたしましょう。ですが、何体かは抜けてくるかと思います。それの処理をお願いしてもよろしいですか?」
「もちろんだ!!俺達はこの街を守るためにいるんだからな!!」
「おうよ!!聖女様も無理すんなよ!!」
「私だってやれば出来るわ!!この弓の錆にしてくれる!!」
「ハッハッハ!!それを言うなら剣の錆だろ!!」
目の前に脅威が迫る中、自分達の不安を紛らわせるかのように笑う冒険者達。
彼らは何時だって死ぬ覚悟ができている。死地を超えた英雄たちの輝きは、この場を明るく照らすのだ。
セリーヌはそんな頼もしい人々を見て、自分がいなくとも問題なかったかもなと思う。
全くもって、面倒な仕事を引き受けてしまったものだ。
「頼もしい限りですね。では、そんな皆様に、囁かながら祈りを捧げましょう」
セリーヌはそう言うと、ひとつの魔法を行使する。
それは、聖女の施し。戦士たちの凱旋を祈る、小さな願い。
「
刹那、この戦地に立つ者達に光の加護が宿る。
聖なる魔力によって、その者達の身体能力を僅かに向上させる魔法。
その身体能力向上は、個人にとっては僅かなものだがそれが何十何百人にかけられるとなれば彼らは屈強な戦士となる。
聖女の祝福を受け取った冒険者達は、自らの力の向上を実感した。
「おぉ........これが聖女様の加護。ありがとうございます」
「ここで死なれてしまっては目覚めが悪いですからね........まぁ、念の為ですが」
セリーヌは最後の言葉は誰にも聞かれないように小さく呟く。
セリーヌは、自分よりも後ろに魔物を通す気は無い。が、念の為に加護をもたらす。
折角自分の株を上げる時が来たのだ。最近はあまり運動していなかったというのもあって、本気で暴れたいとすら思っている。
「来たぞ!!魔物の大軍だ!!」
城壁の上から監視をしていた衛兵の1人が、大きな声を出して下で待機する冒険者達に魔物の襲来を告げる。
セリーヌが視線を戻すと、遥か遠く先に魔物たちの群れが見えていた。
「来ましたか。では、私も行きます。皆様は、この街に近付く魔物の処理をお願いしますね」
「気をつけてください聖女様」
「無理すんなよ!!ヤバかったら逃げていいからな!!」
「ふふっ皆様お優しいんですね。ですが、その必要はないですよ」
セリーヌはそう言うと、ネックレスを引きちぎって巨大な十字架を顕現させる。
そして、散歩に出かけるかのような気軽さで、最初の1歩を踏み出した。
冒険者達は不安に思った事だろう。
何せ、何千近くもある魔物の群れにたった一人で突っ込むと言うのは愚策が過ぎる。
しかし、それでも止めなかったのは、セリーヌが絶対的な自信を持った目をしていたからだ。
あんな目をされてしまっては、彼らも止める気にはならない。
「ふんふんふーん♪今回は人目があろうと暴れても良いのが気楽ですね。周囲を多少壊したとしても、魔物の進行を止めるためという大義名分がありますし」
気楽な鼻歌を歌い、久びさの運動に目を輝かせる。
なぜあまりにも聖女としてふさわしくないセリーヌが、聖女として選ばれているのか。
なぜ、これほどまでに神を信じないセリーヌが、聖女と呼ばれているのか。
その真実はこれが全てだ。
「ここら辺でいいですかね?それなりに街とも離れていますし、これならばちょっと本気で振っても問題ないでしょう」
ある程度街から離れたセリーヌは、その場で止まると魔物達がやってくるのを待つ。
どうせやるなら派手にそして気持ちよく。
今死神の鎌を振るったとしても、セリーヌは全然楽しくない。
「ふんふふんふふーん♪」
雨が降り注ぎ、セリーヌの体が濡れていく中セリーヌは鼻歌を続ける。
ドドドと、魔物達の足音がまるでセリーヌの鼻歌似合わせるかのように音が大きくなっていく。
「そろそろですかね」
担いだ十字架をその手に持ち、右足を半歩下げて構えを取る。
魔物達はまだ目の前に迫る死を理解していない。
「グギェェェェェェ!!」
彼らは目の前に立ち塞がる少女を轢き殺さんと叫びをあげる。
後ろから迫り来る死神よりも、彼らは聖なる死神を選んだのだ。
「ふふふっ、そんなに急がずとも─────」
最初の魔物がセリーヌの範囲に足を踏み入れたその瞬間。
死神の鎌は振るわれる。
ズドォォォォォォオン!!
大きなうねりを上げながら、魔物たちはたった一振の鎌に命を奪われた。
ある者は鎌の刃に切り刻まれ。ある者は振るわれた鎌の風圧によって吹き飛ばされ。ある者は吹き飛んだ魔物に押しつぶされる。
「─────皆等しく黄泉の世界へ送って差し上げますよ」
雨の中に血が混ざる中、ゆらりと揺れる聖なる輝き。
人々にとって希望の光は魔物たちにとって絶望の影となる。
前門の聖女後門の主。
魔物たちに用意された未来は、皆等しく“死”あるのみだ。
最初に吹き飛ばされた魔物達を見て、後続の魔物達の足が止まる。
死を前にして立ちすくむことは自然。しかし、セリーヌはそれを許さない。
「あはっ‼︎来ないのですか?では、私から行かせてもらいましょう。ご安心を。痛みは一瞬ですよ」
こうして、セリーヌVS魔の森の魔物達の戦いが始まった。
それは戦いと呼ぶにはあまりにも一方的なものではあったが。
「なぁ、俺達いるか?これ」
「聖女様ってすげーんだな。たった一人で何千近い魔物を皆殺しにしてるぞ。その昔、1人で竜を討伐したとは聞いたが、あれを見る限り本当っぽいな」
「これが歴代最強と称される聖女。目指そうとすら思えねぇよ。横に広がってる魔物達を一体も後ろに流してない。ありゃ一人でやる気だ。聖女様に言う言葉じゃないが、イカれてやがる........」
そして、街を守る彼らは歴史の1ページを見ることとなるのであった。
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