モンスタースタンピード


 商人に別れを告げたアリイとセリーヌは、冒険者ギルドを訪れる。


 セリーヌは誰から見ても上機嫌であり、今にもスキップしだしそうな程に足取りが軽かった。


 それもそのはず。


 アリイが買ってくれた髪飾りと鏡。


 可愛い金の小鳥を頭に乗せたセリーヌは、その自分の姿よりもアリイからのプレゼントという事実を純粋に喜んだ。


 今までも、誰から何かを貰うことは何度かあった。しかし、そのプレゼントにセリーヌの心が動いたことは無い。


 ある者は聖女という権力の汁を啜ろうとし、ある者は単純にセリーヌに惚れてものを渡す。


 そんな下心のある贈り物を貰って喜ぶほど、セリーヌは落ちぶれていないのだ。


 大抵の贈り物は高価で売ればそれなりの金になりそうなものであったが、なんの感情も浮かばない。


 その金で食料を買い、困っている孤児や市民に分け与えた方がセリーヌの心を動かしただろう。


 だが、それ以上に心を動かしたのは、ただの安い髪飾りであった。


 しかも、その送った主は異世界の魔王。


 魔王が聖女へ贈り物をするという時点で異常なのだが、それを貰って純粋に喜ぶ姿はもっと異常である。


(これは、大切にしないと)


 セリーヌと対等な立場の者はいない。この宗教国家において、最も権力を持つのが聖女なのだ。


 建前上は教皇の下にいるが、そや気になれば教皇にすら命令を下せる。


 そんな彼女と唯一達対等に立つのが、アリイと言う魔王なのである。


 そんな彼からの純粋な贈り物は、セリーヌにとってかけがえのないものになった事だろう。


「今日までは魔の森の調査をして頂けると?」

「はい。私達の目的は魔王の討伐。本来であれば異変を解決するまでこの場に残りたいのですが、あまりにも時間をかけすぎてしまうと森の異変を探し当てる前に世界が滅びてしまいます。誠に申し訳ありませんが、ご理解の程を」

「い、いえ!!寧ろ、勝手にお願いして勝手に依頼を取り下げてしまって申し訳ありません!!」


 頭を下げるセリーヌに対して、ギルドマスターは焦ったように取り乱す。


 相手はこの国の象徴だ。そんな相手に頭を下げさせたとなれば、異端審問にかけられても不思議では無い。


 この国では殆ど異端審問が開かれることは無いが、それでも年に1、2回はあるのだ。


 そんな不名誉な一回になりたいはずもない。


「ご理解、感謝します。それで、何か分かったことはありますか?」

「あ、はい。えっとですね。冒険者たちの報告によると、やはり森の奥に住む魔物達が浅い場所に移動してきているとの事です。そして、昨日気になる証言がありました」

「その証言とは?」

「“まるで、自分よりも強大なものから逃げるかのように必死だった”との事です。この魔の森はあまりにも広く、未だにその全容がわかっておりません。なので、我々の知らないそれこそ、この森の魔物達が全て逃げ出す程に大きな者が動いているのでは無いかと言うわけですね」

「フハハ。笑えん話だな。もしその話が事実となれば、この街は滅びの一途を辿るかもしれんぞ?」


 森の奥に住む魔物達が、何かから逃げるように浅い場所に向かってくる。


 それはつまり、魔の森の主が動いている事にほかならない。


 セリーヌはまた滞在時間が伸びるかもしれないと心の中で舌打ちしながらも、今日は機嫌がいいのでそれほど苛立ちは無かった。


「この魔の森で確認されている1番強大な魔物は?」

「中級魔物です。上級、最上級、終焉級魔物はいずれも確認されていません。何せ、この町の冒険者達では中級魔物を倒すのが限界ですからね。運が良ければ上級魔物も行けるでしょうが、そんな蛮勇な者は少ないですから」

「生きるために金を稼ぐというのに、死んでしまったら元も子も無いわな。しかし、我らは中級魔物が移動しているところを見た。となると────」

「────最低でも上級魔物以上。最悪の場合は終焉級魔物が動いている可能性がある訳ですか」


 アリイがあえて止めた言葉をセリーヌが引き継ぐ。


 最悪の場合、終焉級魔物がやってくる。しかも、逃げ出した魔物たちを引き連れて。


 あくまでも予測でしかないが、ギルドマスターは不思議とその予測が正しいと思ってしまった。


 ギルドマスターはチラリとセリーヌとアリイを見る。


 あまりに武術や魔法に精通しないギルドマスターでも、セリーヌとアリイが他の冒険者とはかけ離れたレベルで強いことは何となくわかる。


 ならば、彼らに掛けるしかない。


 ここで2人を行かせてしまえば、きっとこの街は終わってしまう。


「聖女様。勇者様........大変身勝手なお願いになりますが、この街に残っては頂けないでしょうか?」

「........はぁ。そんな可能性が示唆されている時に、私達が出ていく訳にも行きませんよね」

「フハハ。まぁ、仕方が無いだろうな。魔王を討伐し故郷の国に帰ってきて一番最初に目にするのが滅んだ街というのも気分が悪いだろう?」

「そうですね。やはり異変が解決するまでここにいましょうかね?」


 セリーヌはやはりこうなったかと思いつつも、これはこれで自分とアリイの名誉が保たれるだろうと考える。


 魔の森の主が誰かは知らないが、街に迫る危機を救った英雄となれば今後他国から自分たちの悪評が渡ったとしても庇ってくれるだろう。


 そんな打算込の引き受けであった。


(どうせ、“ここで好感度を稼いでおけば、今後他国で問題を起こしても自分の名に傷が付かない”とか思っているのだろうな........髪飾りを貰って機嫌の良かった可愛らしい姿を返して欲しいものだ)


 もちろん、アリイはセリーヌの考えを見抜いている。


 相変わらずすぎるセリーヌの考えに、呆れを通り越して最早何も思わなくなっていた。


 そんな時だ。


 アリイとセリーヌの体が同時に反応する。


 ピクッと何かを感じ取り、そして魔の森がある方向をじっと眺める。


 急に示し合わせたかのように動きを止めてその方向を見るアリイ達を見たギルドマスターは、頭の上に?マークを浮かべていた。


「フハハ。どうやら来たようだな。急に気配が濃くなった。なるほど、これは不味いな」

「行きましょうアリイ様。私達の仕事です」

「だな。ギルドマスターよ。今すぐに街に防衛戦を張れ。でなければ─────」


 アリイがそう言いかけた刹那。


 カンカンカン!!と金の音が鳴り響く。


 これは、街の外で何らかの異変があった時に鳴らされる一種の警報だ。


 アリイとセリーヌは、遠くからやってきた魔物達の群れとその主の気配を、目で見るよりも先に感じ取ったのである。


 そして、この音を聞いたギルドマスターも大体の察しがつく。


 この鐘の音が鳴り響いた理由。それは─────


「ま........まさか。モンスタースタンピード........」

「ほう。この世界では魔物の氾濫をそう呼ぶのだな。フハハ。覚えておくとしよう」

「悪くないタイミングですね。これなら明日の予定は変えなくても良さそうです」


 驚きを隠せないギルドマスターとは裏腹に、落ち着いているセリーヌとアリイ。


 二人はゆっくりとソファから立ち上がると、そのままギルドマスターに何も告げず部屋を出ていく。


「アリイ様、どちらをやりますか?」

「フハハ。セリーヌが全てやってくれ」

「........随分と贈り物が高く付きますね」

「あぁ、そういう意味ではない。我は、森の中に残された冒険者達を救いに行こう。まだ何名かは生きているはずだ」


 この街にやってくる魔物達の対処を全てセリーヌに任せようとしたアリイに一瞬ムッとしたセリーヌだが、その理由を聞いて考えを改める。


 この魔王は全員を救う気だ。もちろん、間に合わない事もあるだろうがそれでも全てを救う気でいる。


「では行くとしよう。久々に、我も真面目にやるか」

「いつも真面目にやってください」


 異界の魔王と聖女のコンビが、魔物の大群と対峙する。


 空からは雨が降り始めていた。

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