髪飾り
宿を出たアリイとセリーヌは、今日も路銀を稼ぐために冒険者ギルドに顔を出そうとしていた。
魔の森で起きている異変については、街全体が意識を持ち始めた。が、だからと言って解決する問題では無い。
今日までは自分達もその調査に付き合ってやろうと言うことで、二人は金にもならない調査を引き受けようとしていたのだ。
そんな雲が天を覆う早朝、アリイとセリーヌはある人物に再開していた。
「アリイさん、聖女様。お久しぶりです」
「おぉ、商人ではないか。久しいな。馬車はもう直ったのか?」
「お久しぶりです。お馬さんも元気そうでなによりです」
「ヒヒン!!」
旅のゆく道で出会った商人。長年使っていた馬車が壊れ、立ち往生していたあの商人が二人の前に現れたのだ。
彼は既に次の街へと旅立つのか、直ったばかりの馬車に多くの商品を詰め込んでいた。
「良かったです。この街を離れる前に、お二人にお会いできて」
「フハハ。もう離れるのか。商品は売れたか?」
「はい。お陰様で赤字を出さずに済みました。それに、こうして馬車を買い直す事も無くなりましたからね。本当にアリイさんと聖女様には感謝しかありません。ちゃんと教会に寄付もしましたよ。これもきっと、神の思し召しですから」
ペコリと頭を下げて、礼を言う商人。
彼は、この出会いを神の導きだと思っている。偶然出会い、偶然助けて貰った。
なんと安い奇跡なのだろうか。しかし、その奇跡を信じるのは彼次第である。
「それは良かった。我が頑張って直してやった甲斐があったというものよ。これからも、その心を忘れず商売に励むといい........ところで護衛はいるのか?」
「はい。既に冒険者ギルドに依頼し、護衛の冒険者をつけてもらいました。どうやら彼らと次の目的地が同じだったらしく、助かりましたよ。ただ───」
商人はそこで一旦口を噤むと、声を小さくしながら囁いた。
周囲にいる人達にこの言葉を聞かれたくないのだろう。
「ただ、その冒険者達と顔を合わせたのですが、少々荒っぽい人たちのようでして」
「変えることは出来ないのか?」
「できないことは無いのですが、私の勘が言っておるのです。この街を早く離れた方が良いと」
「ほう。勘、か」
商人の勘は馬鹿にならない。アリイの顔が真剣なものになる。
商人は、必要なものを必要な場所に運ぶのが仕事だ。新たな流行を作り出したり、何が流行るのかを考えその商品を仕入れる。
その中で培われる勘と言うのは、時として歴戦の戦士にも勝る。
アリイが見た限り、この商人はそれなりのやり手だと言えた。
「噂で聞いたのですが、魔の森が最近騒がしいとか。それに、先日冒険者の一人が魔の森に飲み込まれてしまったとも聞きます。冒険者たちはこの異変に対して積極的に動いておりますが、街のように人々はまだ楽観的で特に問題ないと思っているそうです」
「まぁ、街の人からすれば自分達とは縁のない事だと思いますよね」
「ですが、私はそうは思いません。恐らく、この異変は大きなものになると確信しています。それは突如として現れた魔王のように、急激な波となって襲いかかってくるのです」
「その波が来る前に逃げるというわけか。フハハ。実に正しい判断だな」
旅をする商人が、滞在する街を守る義務はない。守るべきものがないのであれば、大人しく安全圏に逃げる。
当たり前の事だ。誰も彼を攻めることは無いし、アリイやセリーヌもそれが当然だと思っている。
商人はあくまでも商人。それ以上でもそれ以下でもない。
「アリイさんや聖女様のような力があれば良かったのですが、あいにく私は争い事があまり得意ではなくてですね。こうして、護衛を雇って逃げることしか出来ないわけです。本来なら、ルーベルト君達のような過ごしやすい相手が良かったのですが、背に腹はかえられません。銅級冒険者ですが、こうして旅をする以上は贅沢は言えませんね」
「フハハ。商品も金も、生きてこその物だからな。気をつけるといい。僅かながら、旅路の祝福を祈っておくぞ」
「私からも祈っておきましょう。良き旅を」
「はい。ありがとうございます........あ、次いでですし、何か買っていきますか?流石にタダは無理ですが、ご恩もありますから格安で売りますよ」
「ほう。それはいいな。少し商品を見せてもらおう」
どうせこの先会うことは無い。ならば、記念にひとつぐらいなにか買ってもいい。
アリイはそう思いながら、馬車の中を覗く。
セリーヌも馬車の中を覗こうとしたが、身長が小さすぎて手前にある木の板が邪魔になっていた。
「........」
「ヒャッ!!」
それを見ていたアリイは、仕方がなくセリーヌを持ち上げる。
急に脇腹を掴まれたセリーヌは、可愛らしい叫び声を上げながら顔を赤くしてしまう。
そして、アリイを睨みつけた。
「見えぬのだろう?我が手伝ってやる」
「........ありがとうございます」
純粋にセリーヌを気遣っての行動に、さすがのセリーヌも文句は言えない。
セリーヌはなんとも言えない恥ずかしさに顔が更に赤くなるが、それ以上は何も言わなかった。
(調子が狂いますね........見えなかったのは事実ですが........いや、見えてました!!ちょこっとだけど見えてたんです!!)
心の中でそんなことを思いながらも、セリーヌは馬車の中に詰められた商品を見る。
そして、偶然見つけた小さな装飾品が目に止まった。
「ん........」
金色に輝く小さな髪飾り。恐らく、田舎の子供に向けた飾りだ。
雀のような鳥の形に作られたその髪飾りはとても可愛らしく、そして暗闇の馬車の中でも輝いて見える。
(そう言えば聖女になってから、いや、聖女になる前からこのような髪飾りはつけたことがありませんでしたね)
聖女になる前は、とにかく生きるのに必死だった。
自分の着飾る金があるのならば、その日の食べ物に使うのが当たり前。
聖女となったあとも、祭りごとで自分を着飾ることはあったがどれも自分の趣味とはかけ離れた煌びやかで眩しいものであったのを覚えている。
この髪飾りを売ったらどれだけのご飯が買えるのか。当時のセリーヌは、そんなことばかり考えていたし、実際に売り飛ばそうとしたこともあった程だ。
もちろん、先代聖女に見つかって烈火の如く怒られたが。
「あの髪飾りが気になるのか?」
「........いえ。たまたま目に入っただけです」
セリーヌの視線を見ていたアリイが、セリーヌに声をかける。
自分はもうそんな歳ではない。セリーヌは自分に言い聞かせるように首を横に振った。
「ふむ。そうか。商人よ。あれは幾らだ?」
「大銅貨3枚なのですが、大銅貨一枚でどうでしょう?もう少し値下げもできますが........」
「いや、それでいい。大銅貨3枚でも良いのだが、それで買うと怒られそうなのでな」
アリイはセリーヌを下ろすと、自分のポケットから大銅貨1枚を取り出して商人に渡し、小鳥の髪飾りを手に取る。
ちなみに、アリイとセリーヌはお小遣い制だ。
旅用の資金と自由に使えるお金を分けている。
つまり、このお金はアリイのポケットマネーという事だ。
「セリーヌよこっちを向くといい」
「私は要らないと言いましたが?」
「フハハ。ならば、我からの贈り物とでも思っておけ。我が買ったものなのだ。誰に渡すのか、どう使うのかは我の勝手だろう?」
少し反抗的な態度を取りつつも、抵抗することなくアリイに髪を触らせるセリーヌ。
アリイは少し苦戦しながらも、セリーヌの髪にその小鳥を乗せてやった。
「ふむ。中々似合っているな。可愛らしいでは無いか」
「アリイさん。これでは聖女様自身が確認することができません。そこで、こちらに鏡があるのですが─────」
「フハハハハ!!商売上手だな!!」
ワイワイと盛り上がるアリイと商人。
その傍らで、セリーヌは自分の頭につけられた髪飾りを静かに触ると“えへへ”と年相応の笑顔を見せるのであった。
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