小さな成長
街で愛されていた1人の少年が死んだ。
普段ならば、調子に乗った冒険者の1人が無謀な戦いに挑み死に絶えただけだと流されるだろう。
しかし、その後の仲間からの話と今の魔の森の状況から察するに明らかな異常が起きている。
その日から、冒険者達は魔の森を警戒するようになった。
冒険者ギルドが態々依頼を出さずとも、彼らは勝手に情報を集め出し、冒険者同士で情報を交換する。
ある者はその少年と仲が良かったのか、遺品をできる限り探してやろうと捜索を始めた。
こうなれば、セリーヌとアリイへの仕事も打ち切られる。
依頼をしておきながら身勝手なとは思うが、仕方がないことではあった。
「そろそろ移動しましょうかね?皮肉なことに、1人の死によって街は警戒心を取り戻しましたし」
「フハハ。そこは解決してからの方が良いのではないか?」
雲が空を覆い隠している早朝。同じ部屋で起きたアリイとセリーヌは、お互いに身支度をしながらこの先のことを話し合う。
顔を洗い、髪を纏めるセリーヌにアリイは呆れた視線を向けた。
「街は確かに防衛の意識を持ったが、魔の森の異変が解決した訳では無い。我らが今旅立ち、もしこの街が滅べば異変を知りながらも見過ごした愚者として後世に名を残すことになるぞ」
「それは分かっているんですがね........はぁ。聖女辞めたい」
その地位を欲するものはごまんといるというのに、セリーヌはその地位を捨てたいと嘆く。
しかし、その地位があるからこそ今があることを分かっているセリーヌは、本当にその地位を捨てることは無いだろう。
「解決するのがいつになるのか分からない今、私達は魔王の討伐が先決........なんですけどねぇ」
「世界とただの街を天秤にかけるとは。それでも聖女か?聖女ならば、目に見える者を全て救うものだろう?」
「アリイ様は聖女という地位を神聖視しすぎですよ。それでも魔王ですか?私はただの人間なのです」
ただの人間が、友であるサメに腕を食われて“可愛い”と言い可愛らしい笑顔を浮かべるのか?
アリイは訝しんだ。
しかし、アリイが聖女という地位を神聖視しすぎているのは事実。魔王と言えど、聖女と言う響には少々期待してしまっている節がある。
なんとも罪深い名前だ。もしかしたら、神の次に罪深き名なのかもしれない。
「では、去るか?」
「........今日までは魔の森を調査しましょう。何事もなければ、後はこの街の人々に任せます。大丈夫です。その街の人々は強いですから」
「フハハ。都合のいい言葉だな。まぁ、我はどちらでも構わん。セリーヌに従うとしよう」
アリイはそう言いながら、ゆっくりとベッドから立ち上がると身体を解す。
そして、空を見てアリイは小さく呟いた。
「今日は雨が降りそうだな」
【シャーマンゴブリン】
魔法を使うゴブリン。銀級冒険者にも引けを取らない戦闘力を有し、群れで遭遇した場合は銀級冒険者のパーティーが壊滅することもある。
魔法を使い戦うため、そこまで近接戦に強くないのが救い。しかし、知能がそれなりにあるのかまず接近させてくれない。なお、持っている杖は普通に冒険者の武器として使えるほどに優秀であり、シャーマンゴブリンの杖を持つ魔法使いも少なくない。
ルーベルトとカナンは、その日も生活費を稼ぐ為に魔の森へと向かっていた。
彼らは銅級冒険者であり、貯蓄が少ない。例え魔の森に異変が迫っていたとしても日銭を稼ぐために戦わざるを得ない。
もちろん、街の中で行う仕事も多くあり、安全面を考えるならばそちらの方が圧倒的にいいのだが、やはり金の魔力とは恐ろしいものである。
初めて訪れた街は想像よりも豊かで過ごしやすい場所ではあったが、今はその街に影が差し込んでいる。
丁度この天気のように、薄暗い雲が天を覆っていた。
「残念だったな。良い奴だったのに」
「フェレートさん、いいひとだったね。まさか、死んじゃうなんて思ってもなかったわ」
先日、この街でもワルガキとして有名だったフェレートが死んだ。
この街に来たばかりのルーベルトやカナンにも優しくしてくれるいい兄貴分であり、2人もこのまま行けば良き友人になると思っていた。
だが、そうはならなかった。
彼は帰らぬ人となり、その隣で恋心を抱いていた仲間の1人が持ち帰ってきた布切れ1枚だけがフェレートの存在を残している。
まだまだ経験の足らないルーベルト達からすれば、その死はあまりにも衝撃的だった。
特にルーベルトは普段よりも雰囲気が暗い。
底抜けに明るい人間だとしても、人の死を目の当たりにすれば静かにもなる。
「魔の森で異変が起きてるんだよな?」
「えぇ。だから今日は森の1番浅い場所に出てくる魔物を倒す依頼を受けたのよ。私たちの実力では、奥地に出てくる魔物には敵わないのよ」
「グレイウルフだったっけ?ゴブリンに並ぶ弱い魔物の代表格だったな。って事は、もう少し歩かないとダメか」
魔物の生息地を把握しているルーベルト。
普段ならば“そいつはどこにいるだ?”と聞くはずなのだが、ルーベルトはしっかりと情報を覚えていた。
「........驚いた。ルーベルトが魔物の生息地を把握しているなんて。落ちているものでも食べた?それとも体に悪いものでも食べたのかしら?」
「失礼だな!!そんなに俺が馬鹿だと言いたいのか?!」
「だって、普段じゃ考えられないもの........本当に体に悪いものを食べたりしてないわよね?」
「食べてないって!!俺をなんだと思ってるんだ!!」
頑なにルーベルトの頭を疑うカナンに若干イラッとしつつも、ルーベルトはポリポリと頭をかいた。
そして、小さく呟いた。
「悪かった」
「........?いきなりどうしたの?」
「カナンに全部任せて負担を掛けていたのが........さ。俺、勇者様に言われて、少しづつだけどカナンの手伝いをするようになっただろ?」
「殆ど役に立ってないけどね」
そういうカナンの顔は、少し嬉しそうであった。
役に立たずとも、自分を手伝ってくれる幼なじみの行動が既に嬉しいのだ。
「うるさい。で、昨日一人で冒険者ギルドの資料を見ながら魔物の生息地とか種類とか頑張って覚えてたんだ........その時気づいたんだよ。俺は、こんなに大変なことをカナン1人に任せていたのかって。以前、聖女様に言われただろ?“貴方には英雄になる資格は無い”って。聖女様は見抜いていたのかもな。俺が何も出来ないただの馬鹿だったってことに」
セリーヌはそういう意味で言った訳では無いのだが、少なくとも答えに近づきつつある。
多くの助言を貰い、ルーベルトは確実に人として成長をしていた。
その大切なものはまだ気がついていないが、その1歩を踏み出したのだ。
もう少し時間をかければ、自力でその答えに辿り着けるだろう。
「これからは、カナン1人に任せずちゃんと手伝うよ。俺は、俺が思っている以上に馬鹿だった。こんなんじゃ英雄になれる訳ないよな。パーティーメンバーの苦労すら知らなかったやつが、他人の痛みを分かってやれるわけが無い」
「........ふふっ、アハハハハ!!」
「な、なんだよ。笑う事は無いだろ」
しんみりとした雰囲気でそういうルーベルトに、思わず吹き出してしまうカナン。
ルーベルトは眉を潜めながらカナンを見る。
カナンの目には涙が浮かんでいた。
笑いすぎて涙が出たのか、感動の涙なのか。それをルーベルトが知る由もない。
「だ、だって。ルーベルトが、あのルーベルトがそんな事言うだなんて!!アッハハハハ!!似合って無さすぎるわ!!」
「........」
「でも、とっても嬉しいわ。途中で投げ出したら、おばさんにある事ないこと吹き込んむからね?」
「ふん。俺は言ったことはちゃんと守る。いつか、勇者様や聖女様する超える英雄になってやるさ」
ルーベルトはそう言うと、少しは答えに近付けたのだろうかと曇り空を見上げるのであった。
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