調査報告
シャーマンゴブリンと接敵したアリイとセリーヌは、その後も森の調査を続け街へと帰還する。
魔の森は確かに情報とは違った景色となっており、異変と呼ぶに相応しい姿となっていた。
現れるはずのない場所に魔物が現れ、徐々に徐々にその異変は大きくなりつつある。
しかし、その異変はまだ誤差と言える範囲内で納まっていた。
「────以上が報告となります。なにかご不明な点はありましたか?」
「いえ、一日でこれほどまで調べられたとなれば十分です。ありがとうございます」
「して、ギルドマスターから見てこの異変は早急に対処する必要があると思うか?」
この日の調査結果をギルドマスターに伝え、アリイはどのような対策を取るのかを聞く。
ギルドマスターの回答は、的を得ないものであった。
「現状では何も言えないというのが結論ですね。この程度の異変ならば、かつて何度もありましたから。魔物が住む場所を変えるなんてことは日常茶飯事です」
「ふむ。では、何も対処しないと?」
「そういう訳には行きませんが、残念な事を私達が先手を取るような事は出来ないのです。精々、防衛を厚くする事とこの街の管理人に話を通すぐらいでしょうね」
「問題が起きてからしか対処できない。歯痒いですが、事実です。ギルドも無駄に人員を割いて投資したい訳ではありませんしね」
「問題が起きてからでは遅いと思うが........まぁ、立場上それが出来ないのだろうな。分かるぞ、その気持ち」
異変を感じとった時点で先んじて手を打つこともできなくは無いが、それには大量の金と人が必要となる。
冒険者ギルドはボランティアでは無い。利益の追求もしなければならないのだ。
何事も利益度外視でやってしまっては、本来の目的すら果たせないだろう。
それに、ギルドマスターは大きな権力を持つが必ずしも絶対的な権力を持つ訳では無い。
間違いなく、ほかの幹部職員辺りから反対されてしまうのだろう。
それで被害が起こった時は、なぜ先んじて手を打たなかったのかと言われる。
上に立つ者の悩みだ。
「ギルドマスターだからといって、好き勝手に冒険者を使える訳ではありませんからね。もし、大規模な掃討戦や防衛を立てて何事もなければ、私の立場やその他職員の立場などが怪しくなります。お恥ずかしい話ですが、私は自分の身分が大切なのです。養う者もおりますしね」
「フハハ。別にそれが悪いとは言っておらんよ。皆我が身が可愛いものだ。自らの命の為ならば、他人の命を差し出す。それが生き物と言うものよ。魔物だろうが人間だろうが、其れは変わらん」
「実際に行って、何も無ければそれでよし。でいいんじゃないんですか?」
「それが出来たら苦労はせぬが、それを失策として責め立てるものも多いのだよ。奴らは先の未来など見ず、目の前に落ちた金貨を拾うのだ。人間社会の苦しいところだな。無駄に金を使いやがってと、下の者からも思われる。そして、1度失った信頼はそう簡単に取り戻せないのだ」
信頼は、トランプタワーと同じだ。積み上げるのは難しく壊すのは容易い。
少しでも風が吹けばあっという間に信頼という名のトランプタワーは崩れ去り、気づけば自分は何者でもなくなってしまう。
アリイも魔王であった時はその信頼の積み上げ方に苦労したものだ。
強固な信頼関係というものは存在しない。それが、不特定多数の国民ならば尚更信頼関係というのは脆く崩れやすいのだ。
ひとつの失策で魔王失格のレッテルを貼られ、どんなに素晴らしい政策をしたとしても反対されるのが世の常。
アリイは少しばかりギルドマスターに同情してしまう。
規模は違うが、彼はそんな脆い信頼関係の上に立っているのだ。
「まぁ、我らがいる間は何とかしてやる。だが、我らが去った後の対策は考えておくべきだぞ。1番は、何事もなく終わってくれることだがな」
「あはは。ありがとうございます。勇者様」
慰めにもならない言葉だが、理解者が居てくれる事は心強い。ギルドマスターは弱々しい笑顔を浮かべながらも、アリイ達を見送った。
「さて、我らはどうする?」
「ご飯にしましょう。お腹が空きました」
「では、下の食堂に行くか。この街のもの達は、行儀が良いのでな」
アリイとセリーヌは冒険者ギルドの一階に降りる。
すると、そこでは冒険者達が何やら集まって騒いでいた。
盛り上がる騒ぎ方ではない。不穏な騒ぎ声だ。
「何かあったのでしょうか?」
「ふむ。声が混ざりすぎて何を言っているのか聞こえんな。そこの冒険者よ。少しいいか?」
アリイが近くにいたおっさんの冒険者に声をかけると、彼はアリイを見てギョッとしその次にセリーヌを見て表情を固くする。
セリーヌは腐ってもこの国の聖女。緊張しない方がおかしい。
「な、なんの御用だ。ですだわよ?」
「落ち着け。色々と混ざっている。色々と。別に取って食おうとえ訳では無いのだから、普段通りにしてくれて構わん」
「ですだわよ?なんて言葉、初めて聞きましたよ。人は焦るとこんな言葉も口にするのですね」
言葉がおかしくなっしまった冒険者を落ち着かせ、マトモに話せるようになるのを確認したあと、アリイは質問を飛ばす。
冒険者によって囲まれているあの場所で、何が起きているのか。それを質問するのだ。
「何があったのだ?随分と騒がしいが」
「........どうやら、比較的新人の冒険者が1人死んじまったらしい。この街では結構ワルガキとして有名なやつでな。冒険者になって一旗揚げてやる!!って言いながら、生意気言っていた奴だ。この街に長くいる冒険者なら誰でも知っているようなやつだったから、こうしてその仲間を慰めてやってるのさ」
1人の冒険者の死。
冒険者とは常に命を掛けて金を稼ぐ職業だ。
時として犠牲になることも少なくない。
アリイは、少なくともそのワルガキがルーベルトではないと判断する。
彼はこの街を訪れるのは初めてだと言っていた。この街で有名になるには、流石に早すぎる。
「冒険者ギルドに来てはイタズラをしたりするようなやつだったが、悪いやつじゃなかった。この仕事をやっているとこういう場面に何度も出くわすが、慣れるもんじゃないな」
「慣れない方がいい。いや、慣れるべきでは無いと言うべきか。人の死に慣れてしまった時、人として大事なものを失うぞ」
「分かっているさ........可愛そうにな。亡骸を回収することも出来ず、唯一持ってこれた遺品が布切れ1枚だなんて。今頃あいつが持っていた剣は魔物に奪われ、そして亡骸は........奴らを生かす血肉となる。あの子はな、そのワルガキのことが好きだったんだよ。思いも告げられないまま、死にゆく想い人を見捨てるのは辛かっただろうぜ」
「........可愛そう。という言葉しか浮かびませんね。魔物に人の慈悲を期待するのは、産まれたばかりの赤子に計算をしろと言うのと同じぐらい不可能ですから」
「自暴自棄になって自殺なんてされた日には、今度は俺達が後悔する。聖女様。俺達は偽善者か?自分の心のために他人を慰める行為は、人の善とは言えるのか?」
「そもそも、人の善もクソもこの世界にはありませんよ。問題は、その人にとって本当に善となっているかどうかです。偽善者だろうがなんだろうが、それがその人のためになっているのであればそれでいいのです」
なんとも適当な答えだ。
しかしながら、間違ってはいない。
結局、全ての善には裏がある。問題はその善が人のためになるのかという話それだけだ。
「その魂は私が祈っておきましょう。顔も知らぬワルガキさんが、せめて安らかに寝られるよう」
「........我も祈っておこう」
セリーヌとアリイはそう言うと、今日はギルドで夕食を食べるのは無理そうだなと思うのであった。
後書き。
念のため書いておくけど、ルーベルトではありません。
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