魔の森の調査2


 大して金にもならないコボルトを解体し終えたアリイ達は、さらに森の奥深くへと入っていく。


 この魔の森は広大だ。数時間歩いた程度でガラッと景色を変えることは無い。


 少なくとも、今までは。


 冒険者ギルドが魔の森の異変を感じ取り、その調査を依頼するということは既に森に異変が訪れているということである。


 冒険者ギルドとて、起こってもない事象を予言することは出来ないのだ。


 僅かな異変が森には訪れている。


 そしてセリーヌとアリイは、それを目撃していた。


「フハハ。セリーヌよ。確認なのだが、確かこの魔物はこんな森の浅い場所に出て来る事は無かったよな?」

「はい。中級魔物シャーマンゴブリン。ゴブリン種の中でも魔法を使うゴブリンにして、その力は時として銀級冒険者をも殺すと言われています。ゴブリンだからと侮ると、とても痛い目に会う魔物ですね」


 魔法使いのように立派な杖を持ち、どこから調達してきたのかゴブリンが着るにしては豪華な衣装に身を包んだ魔道士のゴブリン。


 数は一匹だけではあるが、それでも銅級以下の冒険者ならば間違いなく全滅することになるだろう。


 多彩な魔法は攻撃の手段を増やし、ありとあらゆる場面において対応できるようになる。


 魔法と言うのは、それだけ利便性が高く戦略、戦術上大切な要素であった。


「グギ........」

「フハハ。流石に知能があるな。我らとの実力差を感じ取り、今すぐにでも逃げたいと言いたげな顔だ。そして、我らが逃がす訳が無いと言うことも理解している。この場に来てしまった自分を呪うことだな。運がなかった」


 本来ならば、この場所はまだ下級魔物以下の魔物が我が物顔で森を歩いている。


 が、そこに中級魔物が紛れ込んでいるとなれば、アリイ達もこの哀れなゴブリンを処分せざるを得ない。


 もし、ここでこのゴブリンを見逃せば、他の冒険者が被害を被ることになる。


 そして何より、アリイの隣にいる金に目がない聖女が目の前にある硬貨を拾わないはずもなかった。


「シャーマンゴブリンはその杖と耳、そして魔石が買取対象です。その他はどれだけ壊しても構いませんよ」

「了解した」


 パァン!!


 と、小気味いい破裂音が森の中を木霊する。


 いつもの如く、アリイはデコピンを軽く弾いて魔力の弾丸を飛ばし、シャーマンゴブリンの頭の上部分だけを綺麗に吹き飛ばした。


 シャーマンゴブリンはアリイが攻撃を仕掛ける寸前に、魔法陣を構築して自らの身を守ろうとしたものの魔王の攻撃がそれを許すはずもない。


 魔法陣が構築されるよりも先に、哀れなゴブリンは地面の養分へと姿を変えたのだ。


「ほう。予備動作に反応したな。中級魔物は下級魔物と違ってそこそこできるらしい。思い返せば、ダンジョンで会ったオーガも一応は反応していたか。防御される前に吹き飛ばしたが」

「あんなにも軽く指を弾いただけで、相手を殺せる方が可笑しいんですけどね。私も真似してみましたが、無理でしたよ」

「フハハ。セリーヌならばもう少し練習するだけで出来ると思うがな。デコピンの仕方が悪いのだ。それさえ身につければ、我と同じことが出来ると思うぞ?」

「いえ、覚える気は無いですよ。殴った方が早いので」


 セリーヌはそう言うと、死んだシャーマンゴブリンの死体を調べる。


 解体する前に、何か今回の異変に関する情報を持っていないかと思っての行動だったが、その行動は無駄に終わった。


「特に目立った違いなどは見られませんね。もしかしたら、群れから外れて1人でウロウロしていただけなのかもしれません」

「まだ一体しか見つけておらぬからな。偶然と言う言葉で片付けられる範囲だ。もう2~3体ぐらいは出てきてくれなければ、必然とは言えぬだろう」

「それでも偶然と言えますがね。必然と言いたいのであれば、後10体ぐらいは出てきてくれないと」


 セリーヌはまだまだ仕事は続きそうだと思い、静かに溜息をつく。


 やるからにはしっかりと調査をし、なんらかの成果を持ち帰りたい。


 それが冒険者としての評価にも繋がるし、何より聖女と言う名を保つ方法であるのだ。


 面倒な仕事を受けてしまったものだとは思うが、受けてしまったものは仕方がない。


 セリーヌは、こういう時諦めも肝心だと言うことを理解していた。


「アリイ様、なにか感じたりはしませんか?こう、なんかすっごい違和感を感じるとか」

「フワッとしすぎな質問だな。平常時のこの森の姿すら知らぬのに、我が違和感を感じるわけもないだろう?今回の仕事がなければ、ここにシャーマンゴブリンが出てきた事も“そう言う場所なんだ”で納得してしまう。質問する相手が悪すぎるぞ」

「まぁ、ですよね。私も魔の森に詳しい訳では無いので........こんなことならこの森に詳しい人を連れてくるべきでした」

「フハハ。セリーヌに怯えて逃げ出さなければ良いのだがな?」

「アリイ様が口を滑らせて口封じをする羽目にならなければ良いのですがね?」


 軽い冗談を叩き合いつつも、セリーヌは解体を終えるとその素材をアリイに渡す。


 アリイは亜空間に素材をしまうと、セリーヌが立ち上がるのを待ってから森の探索を再開した。


「何かもっと分かり易い手がかりでもあればいいんですがね」

「フハハ。そんなものあったらさらに仕事が増えるぞ?我とセリーヌは今、ヒールクの街の最高戦力なのだからな。あのギルドマスターは我らに断りづらい頼み事をして、事が解決するまで街に留めたいだろう。それに、何事もない方が平和だ」

「戦争をしていた魔王が平和を口にしますか。平和とは何を持って平和なのでしょうね?今は平和と言えるのですか?」


 またしても哲学的な話が始まる。アリイとセリーヌの会話の多くは、抽象的な概念についての話が多かった。


 平和とは、戦争とは、人とは、正義とは、英雄とは。


 いくら議論したとしても、その言葉に対する答えは出ないだろう。しかし、彼女達はそれでも議論をする。


 もしかしたら、お互いの価値観というものを知りたいのかもしれない。


 その言葉の定義に対する回答を得ることで、アリイとセリーヌはお互いを理解し合おうとしているのかもしれないのだ。


 この会話を聞くものがいたら、きっとこう言うだろう。


“話が長いし難しい”と。


「平和か........我も昔色々と考えたな。極論を言えば、隣人を助け合い争いのない世界が平和と言えるだろう。少なくとも、我らにはな」

「と言うと?」

「立つ立場が違えば平和の定義も変わるということだ。我らは生きるために植物を魔物を食らう。彼らからすれば、我らに狩られる事は平和と言えるか?」

「........言えないでしょうね」

「そう。彼らからすれば、我らに狩られる事は平和とは言わないのだ。自らが絶対的な捕食者となり、命を脅かす存在が居なくなれば話は別だがな」

「つまり、真の意味で平和は訪れないと?」

「むしろ、訪れると思うのか?生き物は須らく何かを犠牲に生きているのだ。その犠牲を全てなくしたその星には、何も残っていない。そして、そんな場所に平和を論ずるものも居ない。結局、我らは真の意味で平和を見ることは無いし、その訪れを感じることもない。そう言うセリーヌはどう考えておるのだ?」


 一応、肩書きだけは聖女であるセリーヌ。


 アリイはそんなセリーヌの考えを聞いてみる。もしかしたら、とても綺麗で素晴らしい言葉が並べられるかもしれない。


 そんな僅かながらの期待を持ちながら。


「私ですか?私にとって平和とは、戦争の休憩時間ですよ。まぁ、私はロクに戦争など経験した事はありませんがね」

「プ、フハハハハ!!ごもっともだな!!平和とは所詮、戦争の合間の時間だ。いいことを言うでは無いか!!」


 想像通りの回答。しかし、それを求めていたアリイは、声高らかに笑うのであった。

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