バクン
無味無臭の猛毒を喰らったと言うにも関わらず、苦しむ様子を見せるどころかさらに皿を追加しようとするセリーヌに恐怖を感じた暗殺者リロイは、一旦その店を出ると裏路地に入り込んで自分が拠点としている家へと戻る。
相手があんなにも化け物だとは思わなかったリロイは、作戦を練り直すしかない。
ここで逃げてしまってもいいだろうが、この暗殺の依頼主は
つまり、彼は仕事を放棄する事なとできなかった。
逃げれば追われ、戦えば死す。
つまるところ、八方塞がりなのである。
「クソッタレが。美味い報酬に引き摺られるんじゃなかった。まさか、猛毒を当たり前のように無効化できる人間が存在するとは........いや、そもそも人間かどうかも怪しいぞあれ。粉一粒ですら、人を殺せるような代物のはずなんだがな」
お得意の毒による暗殺が使えないとなると、実力行使で殺さなければならない。
しかし、聖女の異名は嫌という程聞いてきた。
到底聖女に付くとは思えないような2つ名ばかりを持った、正真正銘の化け物。
わずか10歳にしてこの街にいた裏組織を全て壊滅させ、一夜にして勢力図を変えた破壊の申し子。
そんな相手に、毒という手段でしか戦ってこなかったリロイが太刀打ちできるはずもない。
「人質でも取るか........?そこら辺のやつをとっ捕まえて目の前に持ってくれば、多少は効果があるだろうが........それ以上の効果がない。ダメだな。やるなら、道ですれ違う時にナイフをぶっ刺すぐらいしか思いつかねぇ」
リロイの強みは、入念な偵察と料理に毒を紛れ込ませる技術のみ。武器を使った殺し合いはあまり得意ではない。
人質を取る手段も考えたが、そもそも人質を取ったからと言って聖女を殺せる訳でもない。
何より、自分の顔を晒すのは悪手すぎる。
自分の最もな強みが活かせないとなると、途端に弱くなる。
リロイが昔から抱える弱点だ。
まぁ、そもそも猛毒を食らってもピンピンしている暗殺対象なとこれまで1人も存在しなかったのだが。
「取り敢えず武器の調達だけはしないとな。クロスボウでもいいから、遠距離武器で遠くから殺すか。風属性魔法でも使えば、威力はかさ増しできる。幾ら人外な化け物とは言えど、頭に矢が刺されば死ぬだろ」
「フハハハハ!!化け物呼ばわりされているぞセリーヌよ」
「失礼しちゃいますね。私ほどか弱く健気な人間もいないというのに」
「─────っ!!」
その声が聞こえた瞬間、リロイは懐からナイフを取り出して声の方向に投げつける。
が、そんな投擲がこの二人に届くはずもない。
セリーヌはその場から動かずただ立っているだけであり、アリイは軽く腕を振るってそのナイフを全て指の間に挟んで取った。
「フハハ。客人に対して中々過激な歓迎ではないか」
「........お前らを招いた覚えは無いのだがな」
「そうですか?私の料理に毒でも仕込んでいたのでしょう?」
目から光が消え、静かにリロイを見つめるセリーヌ。
リロイの本能が警告している。ここから逃げろと。今すぐにこの2人から背を向けて走れと。
(バレていたか。と言うか、わかっていた上で食ったのかよ)
リロイは、この時点で自分と相手の力量差を理解して逃げるための手立てを考える。
相手は声をかけるまでその気配すら感じられなかった強者。逃げられるかどうかは、かなり怪しい。
リロイは逃走の準備をする為にも、言葉での時間稼ぎを試みた。
「なぜ生きている?」
「さぁ?その毒が弱かったんじゃないんですか?」
(んなわけあるか!!あの毒は中級魔物すら殺す毒だぞ!!)
ケロッとした顔で首を傾げるセリーヌと、その回答を聞いて心の中でツッコミを入れるリロイ。
話にならないと思いつつ、彼はゆっくりと後ろに下がっていく。
「依頼主はどなたですか?私が優しく言っている内に答えた方が身のためですよ」
「俺は仮にも暗殺者だ。答えるとでも?」
「そうですか。まぁ、大体は予想が付いていますがね。どうせ“
ピクリと、リロイの体が無意識に反応してしまう。
その様子を見たセリーヌは、情報が正しかったと理解するとリロイから興味をなくした。
「アリイ様。始末してください。これ以上の情報は不必要です」
「居場所や人数を聞く必要は無いのか?」
「聞いてもどうせ知りませんよ。まともな組織なら、幾つもの連絡係を挟んで依頼しているはずですから。1年が経過している今でもなお、その姿と実態が捉えられない奴らです。1つづつ探すのは苦労します」
「フハハ。もしかして、自分を囮に呼び寄せるつもりか」
「その方がほかの市民も安全でしょう?どちらにしろ、これ以上の手がかりは必要ありませんよ。私たちの前に立ち塞がったその時、始末すれば良いのですから」
「なるほど。では、我の手を借りる理由は?」
「死体や血痕がここに残ると面倒です。私は破壊するしかできませんからね。こういうのはアリイ様の方が得意かと」
「フハハ。なるほど。確かに我ならば血の一つすらも残さずに奴を消せ────」
その瞬間、部屋の中に白い煙が充満する。
念の為に仕込んでおいた煙玉。それを起動させて、相手から視界を奪い気配を完全に消し去った。
暗殺者を前に呑気に話す二人が、自分から僅かに気が逸れたその瞬間。リロイはその隙を狙って逃げ出したのである。
しかし、リロイは分かっていなかった。
異界の王はこの程度の児戯で封じられるほど甘くはなく、一度狙った相手は決して逃さないのだ。
「いい判断だ。だが、貴様は大きな間違いをしている」
白い煙で視界が悪い中、アリイはそう呟くと数多くいる友の1人を呼ぶ。
「セリーヌ。我の後ろにいろ。この子はあまり人懐っこい性格をしておらぬのでな」
「........そうですか」
少し残念そうにするセリーヌ。
アリイは少しづつセリーヌに友の素晴らしさを教えられていることに心が踊りながらも、狙った獲物を喰らい尽くす。
「来い。そして、奴を食え」
バクン!!
リロイの後ろからひとつの大きな影が映し出されたその瞬間、リロイの姿は消えてなくなった。
その様子を見ていたセリーヌは、その一瞬現れた影の大きさに驚く。
が、瞬きをした直後影の姿は消えてしまった。
「では帰るとするか」
「今の子は他の子達とは違うのですか?」
「サメという分類においては同じだが、その姿形が大きく違う。以前セリーヌと触れあっていた子らは性格が温厚で、誰にでも心を許すような子だが、今の子と触れ合うにはそれなりの時間が必要だろうな。我も仲良くなるのは少々時間がかかった」
「ちなみに、あの子はどのぐらい強いのでしょうか?」
「む?下から数えた方が圧倒的に早いぞ。これでもかなり加減しておるのでな。流石に我の最高戦力にして切り札を呼び出すとこの街が滅びる」
その言葉は、まるで最高戦力が出現した瞬間に街が滅びるような言い方であった。
「暴れるのですか?」
「いや、そもそもが大きすぎて呼んだ時点で大抵が滅びる。あまりに力が強大すぎて、敵味方関係なく殺してしまうのでな。基本的に海のど真ん中で呼んでのんびり遊ぶ時以外は呼べぬのだ」
「そんなにも巨大なのですか........少し気になりますね」
「フハハハハ!!機会があったら見せるとしよう。敵意を表さぬ限りは、向こうも優しいのでな」
空が薄暗くなり始めた部屋の一室。そこでは、煙幕の中で無惨にもサメの中に囚われた1人の暗殺者がいたなど、この街の人々が知る由もない。
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