敵は一つではない


 自身に毒を盛った暗殺者を始末したセリーヌは、その後アリイと共にあるものを部屋で探していた。


 このまま帰っても良かったのだが、一つ回収しなければならないものを思い出したのである。


 もし、リロイのポケットに入っていれば終わりだが、そんな大事なものを落とす可能性のあるところに持っているとは考えにくい。


「これか?」

「あぁ、そうですそうです。暗殺における契約書。裏社会は裏切り、裏切られの世界ですからね。魔法による効力を持った契約書を書いていると思ったんですよ。予想通りですね」

「フハハ。案外、裏社会に生きるもの程こういう所はしっかりしているからな。逆に言えば、それをしなければ痛い目を見るという訳だが」


 セリーヌ達が探していたのは、セリーヌを暗殺する際の契約書。


 この世界の契約書は特別な魔法をかける事で、違反した際に大きな効力を持つとされている。


 国家同士の契約や条約、その他にもこうした細々とした契約には欠かせない紙切れなのだ。


「やはり、依頼主は反逆者リベリオンですか。うわっ、すごい金額ですね。成功報酬大金貨5枚って、一般家庭の人なら一生遊んで暮らせますよ」

「フハハ。それっぽっちの金のために、あの暗殺者は命を落とした訳だ。そして、セリーヌの命は大金貨五枚程度しか無いと言うわけだな。甚だ、不愉快でしかない」

「全くです。私の命が金ごときで買えると思っているとは、実に愚かですね。今すぐにでも滅ぼしてあげたい気分ですよ。ところで、成功報酬の受取りやそれに関する事は書いてありませんね」

「セリーヌが言ったでは無いか。相手もそこまで馬鹿では無いと。契約書が盗まれる前提で作られたものなのだろうな。ちなみにだが、この契約を破ると何かあるのか?」

「ものによりますが、一般的には呪いが掛けられますね。種類も様々ですが、1番効力が強いものですと、その契約を破った瞬間に死にます。まぁ、私程の実力があれば、そんな呪いも簡単に弾けますが。結局のところ、力が全てを乗り越えてしまうのですよ」


 それはつまり、如何なる契約書であろうともセリーヌを縛ることは出来ないということだ。


 アリイはセリーヌという存在が、この世界においてかなりのバランスを崩しているのではないかと思いつつもその契約書を亜空間に仕舞う。


 これは、後でギルドマスターに提出するつもりだ。


 暗殺者を始末した旨と、このような契約になっていたと言う簡単な報告が必要なのである。


「さて、今度こそ帰りましょうか。もう夜も近いですし、帰って寝ましょう」

「フハハ。そうだな。ところでセリーヌよ。この街はいつ去るのだ?出来れば、もう一度あの店に寄って、視線を気にすることなくゆっくりと料理を味わいたいのだが........」

「あら、異世界の魔王ともあろうお方が、人間の作る料理に惚れ込んだのですか?」

「フハハ。料理に種族は関係ない。美味いものは美味いし、不味いものは不味いのだよ」

「それもそうですね。予定では明日出ていくつもりでしたが、一日ゆっくりと休憩するのも悪くないでしょう。旅に出る前の一日ぐらいは、のんびりと過ごしましょうか」

「話が分かるではないか。では、明日は観光でもしてみるとするか。セリーヌよ、案内を頼めるか?」

「構いませんよ」


 アリイとセリーヌはそんな話をしながら、部屋を出ていく。


 そして、自分達の敵は魔王軍だけではないと改めて認識するのであった。




【契約書】

 この世界の契約書には、魔法を込められて作られたものが多い。その契約を破ると呪いが降り注ぎ、最終的には死に至る場合がほとんとである。しかし、呪いは解呪も可能であり、時間の猶予が残された呪いの場合は命が助かることも。

 尚、セリーヌレベルになると、最高級の呪いも無力化できるので意味をなさない。




 反逆者リベリオン


 魔王の出現と同時に活動を始めた組織であり、この組織は世界各地に人員を抱えている。


 その数は計り知れず、全員が一つに纏まれば一国家を優に超える戦力を保有しているとすら言われていた。


「シエール皇国の聖女、セリーヌの暗殺が失敗したらしい。やはり、そこら辺の暗殺者を雇うだけじゃ意味がなかったな」

「元々殺す気でやっている訳じゃない。殺せならいいなとは思っていたが、あの聖女は規格外すぎるからな。噂に聞くだけで何もかもが滅茶苦茶だ」

「市民には語られてないが、僅か13歳でドラゴンを討伐したと聞いたぞ。しかも単騎で。戦力だけで言えば、もはやアイツが魔王だろ。噂も大抵暴れている話しか聞かないしな」


 黒いローブを着た大男がそう言った次の瞬間、目の前に剣が突きつけられる。


 その剣を突き付けた男は、周囲のものを殺さんとばかりに殺気を顕にして鋭い眼光で大男を睨みつける。


「おい。その言葉はあまりにも魔王様を軽視しすぎているぞ。言葉を慎め。殺すぞ」

「そいつは悪かった。生憎、俺は暴れられればそれでいいんでな。アンタのような忠誠心は持ってないんだ」


 大男はニヤッと笑いながらも、両手を上げてやり合うつもりは無いというポーズを取る。


 目の前に突きつけられた剣先を見てもなお、大男は一切臆する様子はなかった。


「それで、目的は達成出来たのかしら?」

「聖女の戦力把握と、召喚されたであろう勇者の姿は確認できた。雑魚とは言えど、それなりに名の通った暗殺者を一瞬にして消し去ることができるだけの力はあるらしい」

「俺が暴れてきてやろうか?」

「いや、奴らよりも今は他の勇者と聖女のが先だ。愚かにも魔王様を討伐して、政治の道具にしたがる連中を皆殺しにした方がいい。あの馬鹿げた聖女を相手にすれば、我々も無事では済まない。先に潰せる者達から潰すのが懸命だろう」

「まぁ、確かにそうね。先に潰せる連中から潰して、万全の状態で化け物には挑むべきよ」


 大男に剣先を突きつけた男は、剣を鞘に戻すと一枚の紙を取り出して大男に渡す。


 大男はその内容を読むと、先程よりも醜い笑みを浮かべた。


「東にある国で、愚かにも勇者と聖女を名乗る連中が国を出たらしい。何名かの仲間もいるそうだが........偵察によればハッキリ言って雑魚同然だそうだ。殺してこい」

「どこまで暴れていいんだ?」

「捕まらなければ好きにするといい。殺し方も、楽しみ方も任せる」

「了解。その聖女とやらが美人な事を祈っておくか」


 大男はそう言うと、部屋を出ていく。


 そして、1人減った部屋の中で会話は続いた。


「魔王軍との連携はどうなっているの?」

「今のところは問題ない。四天王様の1人と連絡を取りあっている。物資の横流しもしっかりと出来ているぞ。こういう時の商人は、ある意味尊敬できるな。金が手に入れば、敵だろうが味方だろうが関係なく商品を売ってくれる。多少足元を見られようが、資金には余裕があるから問題ないし、我々と繋がっている事をネタに脅せば簡単にこちら側に付く。密告しようにも、自分の命は惜しいものだ」

「相変わらずいやらしいやり方をしてるわね。私への仕事はないの?」

「薬の研究を続けていてくれ。それと、同胞達に連絡を“シエール皇国の聖女及び、勇者には当分手を出すな”と。今はまだ、時じゃない」

「分かったわ。それじゃ、仕事に戻るわよ」


 そう言って部屋を出ていく女。部屋に残された幹部たちも“これで会議は終わりか”と思いつつ、部屋を次々に出ていく。


 そして、最後に残った大男に剣を突きつけた男は静かに天井を見てポツリと呟いた。


「あー、キャラ作るのしんどい。もっと普通に話さしてくれよ」


 彼は、お腹をさすりながら深く溜息を着くのであった。

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