は?はぁ⁈
無事に昇格試験を終えたアリイとセリーヌは、冒険者ギルドに帰るとオーガの素材を提出して銀級冒険者となった。
歴代最強と称される程に強いセリーヌと、異世界では敵無しであったアリイなのだ。
中級魔物を狩って来いと言うだけの試験など、散歩のついでに達成出来てしまう。
が、簡単な試験だとしても昇格は喜ばしいことだ。
銀級冒険者は銅級冒険者よりも信頼があり、小さな村では一目置かれる存在になるほどである。
これでさらに旅が楽になったと喜ぶセリーヌは、アリイが気になっていた店に行くことにした。
「いらっしゃ........あら、聖女様では無いですか。この街に来ているとは聞きましたが、またご利用して下さるとは光栄です」
「お久しぶりですおばさん。この街に来た時は必ず一度は訪れるようにしていますよ。ここの料理は美味しいですから。値段もお手頃ですしね」
「ふふふっ、聖女様は相変わらずお金を大切にされますね。金銭が一つの魅力だと考える、腐敗した輩に爪の垢を煎じて飲ませてあげたいですよ」
「やめてください。飲む方も、飲まれる方も気分が悪いだけですから」
店に入ると、そこは美味しそうな匂いが充満するある意味殺人的な場所であった。
この店に入れば、誰もが今すぐに料理を注文して食べたいと思ってしまうだろう。
事実、アリイは既に空いた席に座り、メニュー表を眺めている。
幾ら魔王とは言えど、暴力的な匂いの前には大人しくなるしかないのだ。
「お連れの方とご来店とは、珍しいですね。もしかして、
店を切り盛りするおばさんが、小さな声で話しながら小指を立てる。
この世界でも恋人を表す動作として、小指を立てるのは一般的であった。
セリーヌは小さくため息を着くと、首を横に振る。
仮にも聖女である者が、魔王の恋人。笑い話にもなりはしない。しかし、その事実を知るのはセリーヌのみ。
ただの店の店員にそんな話は聞かせられない。
「違いますよ。確かに優しい人ではありますが........彼はこの世界を救う勇者様です。ほら、魔王が出現して1年。未だに魔王は世界の驚異として存在していますからね。この国としては、動かざるを得ないのですよ」
「あら、そうだったのね。という事は、未来の英雄様が訪れた店になるのかしら。サインとか貰えるかしらね?」
「頼んでみたらいいんじゃないですかね?怒られはしないでしょうし」
アリイのは目が鋭く、初めて見るものは少し身を引く。
が、このおばさんは恐るどころか、ノリノリでサインを貰いに行こうとしていた。
相手が異世界の魔王だとも知らず呑気なものだと思いつつも、セリーヌも席に座るとおばさんが紙と羽根ペンを持ってやってくる。
「あのー勇者様。サインとか頂けますかね?」
「む?サイン?」
「はい!!未来の英雄様が食べた店として、その証拠に飾っておこうかと思いまして」
「フハハハハ!!商売根性逞しいな。良いぞ。その代わり、美味い料理を頼む」
「もちろんです!!」
サインを求められたアリイは、紙とペンを受け取るとサラサラっと自身の名前を書いてサインをする。
その手つきは明らかに手慣れており、そして異世界の文字で書かれていた。
「これで“アリイ”と読むのですか?」
「そうだ。そう言えば、我の世界の文字を見たことがなかったな」
「この世界で読めるのは世界でただ1人でしょうからね」
「フハハ。それもそうだな。我も書く機会など無かったしな」
アリイはそう言いつつ、サインを書いた紙をおばさんに渡す。
おばさんは“ありがとうございます!!”と喜びつつ、注文を聞くとそのまま厨房へと消える。
「では、料理が来るまでは適当な話でもするとするか」
「そうですね。ところで、先程のサイン、かなり書き慣れているように見えましたが─────」
こうして、魔王と聖女の何気ない会話が始まった。
先程からこちらを意識した、悪意を持った視線をできる限り気にしないようにしながら。
【オーガ】
ムキムキマッチョの鬼。肌の色は赤黒く、見た目がものすごく怖い中級魔物。しかし、実際はそこまで強くはなく、戦い方しだいで全然勝ててしまう。
知能がかなり高く、国によっては亜人種として扱われることも。しかし、中には人間と戦争をしているオーガ達も存在している。
レーベスの街に来た暗殺者リロイ。
彼は、ずっと目立たずその機会を伺っていた。
成功報酬はその5倍。金に目が眩んだ暗殺者は、自ら死へと足を踏み入れた。
(調査したかいがあったな。聖女は必ずこの街に来るとこの店を訪れる。情報を手に入れてからずっと通い詰めてて良かったぜ)
今日は監視の目がない。
リロイだってそれなりに長い間暗殺者として仕事をしてきた。あえて自分の姿を晒すことで、別人に化けた時に警戒心を無くす。
そんなやり方で、この街に根を張る者達の目を欺いたのである。
(あとは料理にコイツを入れるだけ。無味無臭の猛毒。しかも、即効性の高い劇薬だ。粉の状態では全く毒にならないが、液体と混ざることで毒となる)
リロイはスっと席を立つと、おばさんが持っていたオークのステーキに素早く粉を振りかける。
セリーヌ達から死角になるように、そして、常人の目では負えない速さで。
一瞬にして毒を仕込み、料理を作った者に罪を擦り付ける。これが、リロイの暗殺術であった。
「ほう。中々に美味そうだな」
「ありがとうございます」
「それじゃ、ごゆっくり」
リロイはトイレへと向かい、緊張から開放されるとそのまま用を足す。
「フゥ。これで仕事は終わりだな。もう飯は食ったし、聖女の死亡を確認したらズラかるか」
毒は即効性。口に含んで飲み込んだ数秒後には全身に毒が周り、あっという間に死に至る。
解毒剤や解毒魔法も間に合わない。確実に相手を殺すための毒なのだ。
用を足し終えると、そのまま席に戻るリロイ。
まだ騒ぎになっていないのを見るに、聖女はステーキに口を付けていないのかと思いながらふと聖女の席を見てリロイは自分の目を疑った。
「んー!!やっぱりここの料理は美味しいです!!」
「フハハ。確かに凄まじく美味しいな。この街を去る前にもう一度訪れたいものだ」
(........は?........はぁ?!?!?)
ステーキを美味しそうに食べるセリーヌ。その数秒後には毒によって全身が侵され、血を吐いて死に至るはずなのにもりもりとステーキを食べても一切苦しむ様子がない。
んな馬鹿な。
リロイは思わず声が出そうになるのを抑えて、自分が夢を見ているのではないかと疑った。
今までこの毒を食らって、死ななかったものなど居ない。
今回も普通に死ぬ物だと思っていたのに、なぜこの聖女は死なないのか。
(毒に耐性でもあるのか........?いや、そんなレベルの話じゃない。こいつは中級魔物すらも殺す毒だぞ!!)
「あー、もう1枚食べたくなってきました。このお店に来ると、いつも食べすぎてしまうんですよね」
「フハハ。頼んだらいいではないか」
「いや、でも食べすぎると太りますし........」
「........セリーヌ、言っておくがお前はかなり細いからな?むしろ、もっと食え。すまぬが、もう二枚追加できるか?」
「はいよ!!」
あっという間にステーキが消えてなくなり、追加を頼むアリイ。
セリーヌは“そんなに細いのか?”と思いながら、ぷにぷにと自分の腹を触る。
(ば、化け物が........通りで依頼料が高かったわけだ。作戦を練り直さないと)
リロイはそう判断すると、代金を払って店を出るのであった。
その体に、異世界の魔王と聖女による魔力を染み込ませながら。
後書き。
聖女に毒?効くわけがない。
(過去に何度も毒を仕込まれてもなお無傷だったセリーヌ。強い。)
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