vsオーガ


 翌朝、冒険者ギルドに立ち寄ったアリイとセリーヌは、銀級冒険者になるための試験内容を聞いたあと、ダンジョンに潜っていた。


 冒険者の階級を決める最も大きな要因の一つである“強さ”。


 もちろん、強さ以外にも必要な要素はあれどまずは強さが無ければその舞台にすら立つ事すらできない。


 試験は、案の定その強さを測るものであった。


「フハハ。あの受付嬢、物凄く怯えている様に見えたのだが、我の気のせいだったか?セリーヌの姿を見てはブルブルと震えていたぞ。まるで産まれたての小鹿のようだ」

「失礼ですね。きっとアリイ様のその鋭い目を見て怯えてしまっていたのですよ。あぁ可愛そうに。何もしていないというのに、これほどまでに恐ろしい人に見られて震えるなんて」

「フハハ。買うぞ?その喧嘩」

「先に売ってきたのはアリイ様では無いですか。私は買った側ですよ」


 ダンジョンの第四階層。


 あっさりとダンジョンの攻略を進めるアリイとセリーヌは、お互いに軽口を叩き合いながらダンジョンの深くへと潜っていく。


 不幸にもこの2人の前を通った魔物たちは全て破壊され、気づいた時には素材へと姿を変えてしまっていた。


 ちなみに、今朝の受付嬢が怯えていたのは、セリーヌの噂を聞いていたからである。


 当時裏社会を支配していた組織をたった一人で壊滅させ、挙句の果てには自分の所属している教会すらも切り刻む。


 そんな化け物のような人物がいかに可愛らしい姿をしていようと、受付嬢の目には悪魔のように見えてしまっただろう。


 アリイが言っていた通り、十字架の破壊者ブレイカーの名が人々を恐れさせていたのだ。


 もちろん、セリーヌのことを知る人がこの話を聞けば“いつもの事じゃん”と言うだろうが。


 この聖女は、普段の素行があまりにも聖女とはかけ離れている。


「ダンジョンは確かに楽しいが、さすがに同じ景色が4回も続くと飽きてくるな。もう少し........こう、工夫を凝らして欲しかった」

「ダンジョン如きに何を求めているのですか。ダンジョンは所詮、人間に利用させるだけの資源の宝庫ですよ。楽しむもクソもありません」

「フハハ。ダンジョンがその話を聞いたら顔を真っ赤にしそうだな。ダンジョンに意識があるのかは知らぬが」

「一説にはダンジョンは生物だとする説もありますから、もしかしたら本当に意識があるのかもしれませんよ。まぁらこのダンジョンがどれほど怒り狂って私達を殺そうとしても、無理ですがね」


 そう言いながら、迫り来るハイオークを真っ二つに引き裂くセリーヌ。


 血が飛び散るものの、上手く血が飛び散る方向を制御していたのかセリーヌが返り血を浴びることは無い。


 熟練した戦士ほど返り血を浴びないとは言うが、セリーヌの場合はその熟練した戦士をはるかに超える技量を持っていた。


 ここに来るまでこの間、かなりの数の魔物を倒してきたが、ひとつも返り血が付いていないのはハッキリ言っておかしいのである。


 遠距離攻撃が主体ならば分からなくもないが、自分よりも大きな十字架を振り回す近接戦闘だけでそれを行う難しさはアリイがよく分かっていた。


(相変わらず器用だな。その技術を身につけるのに、どれほどの苦労があったのやら)


 アリイは心の中で素直にセリーヌに賞賛を送りつつ、素材となったハイオークの亡骸を回収する。


 ハイオークは下級魔物に分類されるものの、オークよりも明確に強い魔物として初心者冒険者のトラップと言われていた。


 大きさが違うだけで見た目はほぼ同じ。ある程度冒険者としての生活に慣れてきた者を貪り食う、初心者殺し。


 鉄級冒険者から銅級冒険者に上がった後の死因として最も多いとされているのが、このハイオークとの戦闘である。


 今回はあまりにハイオーク側の運が悪かったが。


「この試験が無事に終わったら、また旅に出ますよ。次は村を転々として、国境から1番近い街へ行きます」

「確か、ヒールクの街と言っていたな。暗殺者の対処はいいのか?」

「どうでもいいですよ。適当に泳がせておけば、その内向こうから勝手に姿を現してくれるでしょうしね。私達から態々会いに行く意味などありません。会いたきゃそっちから来い。そのスタンスで行きましょう」


 そんなことを話しつつ、ダンジョンの攻略を進めていると、ついに第五階層への入口を見つける。


 このダンジョンの難易度は高くなく、第五階層が最深部となっている。


 アリイとセリーヌはその階段を迷うことなく降りると、ダンジョンの最深部に足を踏み入れた。


「フハハ。またしても景色が変わらぬとは、流石に飽きたな。それで、ここに出てくる魔物を倒せば良いのか?」

「はい。ダンジョンの最深部は必ずそのダンジョンを守る守護者........つまりボスが出てきます。今回はそのボスを討伐するのが試験ですね」

「ふむ。ではサッサと倒して帰るとしよう。我、昨日の帰り道で見つけた店に興味があってな。夕食をあそこで取りたい」

「あぁ。オーク肉のステーキや、ハーブ草のスープを取り扱っているところですね。いいじゃないですか。あそこは、手頃な値段でそれなりに美味しい食事を食べられるとして、私もこの街に来た時は必ず一度は訪れるんですよ。いい匂いが店の外まで漂ってきますよね」

「フハハ。我もその匂いに釣られたという訳か」


 アリイはそう言いながら、森の奥に潜む気配に向かって軽く魔力を飛ばす。


 第三階層からオークしか見ていないのだ。本来なら一撃で殺せるのだが、折角ここまで来たのだからその顔の一つぐらいは拝みたい。


 そんな訳で、殺さないように手加減しながら攻撃をし、こちらに来てもらうように誘導したのである。


 その意図に気づいたセリーヌは、小さく溜息を着くいた。


「面倒なことをしますね。早く帰りたいのでは無かったのですか?」

「せっかく来たのだから顔を見るぐらいはいいだろう?この世界を楽しむことが、我の目的なのだしな」

「いや、魔王を討伐してくださいよ。それは、2番目の目的としてください」


 ガサガサと森の奥から草木をかき分ける音が聞こえる。


「グゴォォォォォ!!」


 そして、そこから現れたのはオーガと呼ばれる魔物であった。


 赤黒い肌と、二本の角。鬼と呼ぶにふさわしいその姿は、とてもでは無いが中級魔物には見えない。


 しかし、その恐ろしい見た目とは相反して基本的に温厚で戦いを好まない傾向にある魔物である。


 知能も高く、地域によっては亜人種と同じ扱いすら受ける種族だ。


 もちろん、この場では魔物として処理される。ダンジョンから出てくる魔物との対話は、基本的に無理だと思っていた方が良い。


「ほう。確かに顔は怖いな。だが、それに見合わぬ力の無さだ。我からすれば、セリーヌの方が恐ろしい」

「それ、貶してますよね?」

「ふむ?我なりに褒めたつもりだったのだがな。言葉とは難しいものだ。伝える相手、伝える内容によって齟齬が産まれるのだから」


 アリイは褒めたつもりだったが、セリーヌはそれを煽りとして受け取ってしまったようだ。


 人との対話は難しいとアリイは改めて感じながらも、こちらに向かってくるオーガに向かって次は殺す気でデコピンを弾く。


 パァン!!


 デコピンによって弾かれた魔力が、オーガの顔を吹き飛ばす。


 生命力が強いとされるオーガとは言えど、頭を吹き飛ばされてしまっては絶命は免れない。


 オーガは、登場してから僅か数秒で素材へと姿を変えてしまった。


「フハハ。では帰るか。これで銀級冒険者とやらになれるのだろう?」

「討伐証明として、素材は持ち帰ってくださいね。では、帰りましょうか」


 こうして、アリイとセリーヌはレーベスのダンジョンを攻略したのであった。





 後書き。

 オーガ君、一話の半分も持たずに退場。ボスとしての自覚を持ってどうぞ。

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