開き直れ


 ギルドマスターの部屋を、さも自分達の部屋化のように寛ぐアリイとセリーヌに呆れるギルドマスター。


 しかし、この二人を無理やり部屋の外に出す手段を持っていないので、彼は全てを諦めて死んだ目をしながら素材を数え終える。


 毎日数百個近くもある素材を数えるのは、流石に疲れる。


 ギルドマスターは自分用に紅茶を入れながら、ようやく席に戻った。


「で、いつになったら帰るの?査定終わったから、これを持ってとっとと帰れ」

「私、まだ紅茶を飲みきってないんですけど」

「その小さな口でチビチビ飲んでるからだろ。身長も小さければ、口も小さ───」


 ゴゥ!!


 ギルドマスターがセリーヌの身長を弄ろうとしたその瞬間、ギルドマスターの顔の横に巨大化した十字架の杖が振り下ろされる。


 何が起きたのか分からなかった。瞬きをするよりも早く、十字架は自分の真横まで迫っていたのだ。


 そして、その十字架を振り下ろした張本人は、紅茶をゆっくりと飲んだあと静かにギルドマスターに微笑んだ。


 その顔は聖女のごとく美しくも、地獄の底に引きずり下ろされるほどに恐怖を感じる。


 ギルドマスターの体に、嫌な汗が流れた。


「その悪い口を黙らせましょうか?」

「勘弁してくれ。話せなくなるどころか、生きることすら出来なくなるからな」

「ふふっ、次、同じようなことを言ったら審判を下しますからね?私の寛大な心に感謝することです。これほどまでに慈悲深い聖女も、そうはいませんよ」

「いや、そもそも慈悲深い聖女であるならば十字架を振り下ろして脅すなどと言うことは........」

「アリイ様。何か言いましたか?」

「うむ。気をつけるといいギルドマスター。口は災いの元だからな」

「アンタも気をつけなよ........」


 セリーヌの底知れない圧力を受けて、口を噤むアリイ。


 ギルドマスターは知らないが、アリイは異世界の魔王なのだ。そんな彼が、聖女の一言に怯える姿など誰も見たくはない。


 しかし、アリイは知っている。見た目やコンプレックスに対する恨みは買うべきではないと。


 昔、冗談交じりに女性兵士の身長を弄った兵士の1人が、可哀想なぐらいボコボコにされていたのを知っているのだ。


 引き際を間違えてはいけない。それこそ、戦争の時よりも引き際を間違えてはいけないのだ。


「ま、まぁ、親しみのある姿の方が聖女様としてはいいんじゃないか?ほら、小さくて可愛らしいから、高嶺の花って訳でもないしな」

「フハハ。それは言えているな。案外、自分の強みとなっているかもしれぬぞ?」

「何も知らない貴方達からすれば、そう見えるでしょうね。私も客観的に便利な見た目だとは思いますが........それとこれとでは話は別ですよ」

「例えそれが強みになっていたとしても、本人の気持ち的にはきついものは確かにあるよな。それを肯定できるかどうかも生きる上では大切だぜ。ましてや、強みになってるならな」

「フハハ。そればかりは長生きせねば分からぬものよ。まだ15の少女に求めるものでは無い」


 セリーヌの小さな見た目は本人が思っている以上に役に立っている。


 聖女とは人々にとってその宗教の象徴とも言える存在。あまりにも現実離れしすぎた見た目は、逆に大衆受けが悪い。


 しかし、セリーヌはその可愛らしい見た目と小さな姿で子供らしい見た目を持っている。


 子供の様な見た目と言うだけで、人は近親感が湧くものなのだ。


 それを本人が許容できるかは別として。


 そのコンプレックスがデメリットに働いているならともかく、メリットとして働いているなら開き直るべきだろう。


 しかし、セリーヌはまだ若かった。


「こればかりは時間に揉まれるしかないわけだな。確かにアリイさんの言う通りだ。というか、アリイさん幾つだよ........」

「フハハ。その質問は回答を控えさせてもらうとしよう。そうだな........割と長く生きてはいるとだけ言っておくぞ」

「羨ましいぜ。俺なんて36でもうジジィみたいに白髪が生えてきたんだぜ?染料剤を使おうか本気で悩んでる」

「貫禄が出て良いではないか。なに、歳を取れば気にならなくなるものよ」

「アリイ様にはないのですか?そのような事が」


 今までのアリイを見て、自分の容姿に対して悩みがなさそうだなと思うセリーヌ。


 失礼とは思いつつも、思わず聞いてしまった。


 そこには、アリイなら許してくれるだろうと言う、一種の信頼もあったのだが。


「む?我か?我は........あーその、他の者とはだいぶ違った見た目をしていて、少し悩んだことはあるな」

「........?」

「あぁ、なるほど。そういう事ですか」


 アリイの真の姿は、この人の姿ではない。


 魔族の中でもかなり珍しい異形の形をしていた事に多少なりともコンプレックスを感じていた時期もあった。


 特に、王として君臨したあとはその見た目が王に相応しいのか、市民に受け入れられるのかと悩んだこともある。


 だが、その全てを実力でねじ伏せればいいと言う脳筋的な開き直りで、その壁を乗り越えたのだ。


 なお、ギルドマスターはアリイが異界からの来訪者とは知っていても、異界の魔王だとは知らない。


 なので、言葉は濁しておく。


 察しの良いセリーヌは“2人きりの時にする質問だったな”と反省しつつ、話題を逸らした。


「ところでギルドマスター。私たちの試験はどうなりましたか?」


 急な話題転換。


 ギルドマスターは今の話題には触れてはならないと理解し、セリーヌのパスを受け取る。


 裏社会で生きているだけあって、彼はそこら辺の空気読みが上手い。


「明日には試験を始められるはずだ。本当はすぐにでも初めてやりたいんだが、こちらにも制作する書類が色々とあってな........理解してくれ」

「フハハ。我らの相手だけが仕事では無いからな。別に気にしてなどおらぬよ。というか、セリーヌが無理を言っているのだから、我らに文句を言う権利などない」

「私は言いますよ。早くこの国から出たいですし」

「慈悲の欠片もなくて涙が出そうだ。試験内容も明日伝えるから、ダンジョンに潜る前に1度ここを訪ねて欲しい」

「分かりました」

「試験内容は2人にとっては簡単だろうから、その日の内に終わるはずだ。まだ言えないけどな」


 明日試験が始まる。


 アリイはその言葉を聞いて、少しだけ明日を待つのが楽しみになった。


 試験内容は基本的にその冒険者の戦闘力を測る。そのため、魔物の討伐を依頼されることになるだろうが、どんな魔物なのかは蓋を開けてみてのお楽しみ。


 銅級昇格試験でオークは倒したので、次はもう少し歯ごたえのある魔物が出てきてくれるはずである。


「ふむ。では我らも帰るとするか。セリーヌも紅茶を飲み終えたらしいしな」

「そうしますか。美味しかったですよギルドマスター。また明日、飲みに来ますね」

「来んな帰れ。ったく。自分の家みたいに寛ぎやがって」


 シッシと手を振って早く帰るように促すギルドマスター。


 アリイはギルドマスターの白髪がまた増えそうだと思いながら、セリーヌを連れて冒険者ギルドの外へと出る。


「アリイ様は、私のこの姿の事をどう思いますか?」


 それは、先程の見た目に関する会話の続きであった。


 アリイはセリーヌの姿を見て、素直にその感想を述べる。


「フハハ。可愛らしいな。そして美しい」

「なっ........!!」


 てっきり揶揄われると思っていたセリーヌは、純粋な感想を告げるアリイに面食らって顔を赤くする。


(その内面を除けば、な)


 アリイはその様子を見て笑いながら、その言葉を心に留めておくのだった。

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