腹黒聖女
命知らずにもアリイ達を襲ってきた盗賊達は見るも無惨な姿で殺され、最後に生かされた盗賊の頭は金品のありかを教えていた。
少し離れた場所に見える山の洞窟にある金品。この盗賊達はかなりの数の人々を襲っていたのか、かなりの数の金品が置かれている。
「短い期間に大暴れし、その後衛兵が来る前に逃げる。なるほど、頭の足りない盗賊にしては、考えておるな」
「道理で私を知らない訳です。いや、盗賊ならば私な顔を知らないのも当然なのですが」
サッサと金品を回収するアリイ。どうせこのまま放置されるぐらいなら、自分達が使ってしまった方がまだ有用的である。
それに、盗賊の持っていた金品は盗賊を討伐した者の物となる。
これは、盗賊を倒すメリットを付けることで、衛兵だけでなく冒険者達にも討伐に前向きになってもらおうと言う思惑があったりする。
事実、ほとんどの国では盗賊の扱いは同じだ。国の癌に対する扱いは、決して優しくない。
「終わったぞ」
「なら、旅を続けますか。もう少し歩けば、レーベスの街です。あそこには私の知り合いがやっている店もあるので、そこで換金しましょう」
「フハハ。この国での顔は広そうだな」
「仮にも私は聖女ですよ?この国ならばそれなりに知り合いもいます。誰もが私の事を聖女扱いしてくれませんがね」
そりゃそうだろ。アリイは思わず突っ込みたくなるのを我慢する。
人の恋心を弄び朝食を奢らせる人を、人は聖女とは呼ばない。
むしろ、なぜ聖女として扱って貰えると思っているのか不思議なぐらいだ。
「フハハ。その友人たちは実にマトモだな。良かった。似たもの同士の集まりだったらどうしようかと思ったぞ。類は友を呼ぶという言葉があるぐらいだしな」
「とんでもなく失礼な人ですね。いいのですか?私はアリイ様を異端審問に掛けることだって出来るんですよ?」
「それを言っている時点で聖女では無いな。と言うか、この国にも異端審問があるのだな」
異端審問。
その宗教の教えとは反する思想や教えを持つ(異端である)という、疑いをかけられた者を裁判するシステム。
もっと簡単に言えば、都合の悪いものを消す為の出来レースだ。
異端審問に掛けられた時点で有罪は決定し、処刑させる。
そんな裁判がこの緩い宗教国家にもあるのかと、アリイは興味深そうにセリーヌに聞いた。
アリイの治めていた国では、そもそも神の信仰しない。異端審問などある訳ないのだ。
「もちろんありますよ。宗教国家なので。とは言えど、今はほぼ使われていませんね。昔ならば異端審問官や異端審問会がありまして、怪しきは罰せよでしたが」
「おぉ、我の想像する宗教国家と言えるな。果たして、思想の排除が正義かは甚だ疑問だが」
「そんな時代に生まれなくて良かったですね。そんな時代に生まれれば、私は間違いなく異端審問に掛けられてましたよ」
「だろうな。セリーヌ程異端審問が似合うものも居るまい。まだ我の方がマシだ」
「異世界の魔王が面白い冗談を言いますね。笑えます」
「真顔で言うな。さて、そろそろ行くか。道草を食うのも悪くないが、そればかりだと本来の目的が果たせなくなるしな」
アリイはそう言うと、アリイ達の前でガタガタと震える盗賊の頭に目を向ける。
彼は気絶させられ、目を覚ましたあと聖女の有難いお言葉(暴力)によって心を開き献金をしたのである。
これにはセリーヌも笑顔が溢れ、きっと彼には慈悲深い決断が下されるだろう。
顔が半分腫れているのは、きっと気のせいだ。
(結局のところ、死は免れぬだろうがな)
「そうですね。こうして道草食うのも旅の醍醐味ですが、私は早くこの国を出たいですし」
「フハハ。それでは行くとするか」
「はい、行きましょう」
「あの────」
盗賊の頭が口を開いたその瞬間、首がごとりと落ちる。
洞窟の中に充満する血の匂い。
アリイはやっぱりこうなるよなとは思いながら、最後までセリーヌに振り回された盗賊を少しだけ哀れに思う。
自業自得と言われればそれまでだ。しかし、これ程までに惨めに殺される死に方も中々無い。
「目に見えて悪と分かる人は殺しやすくて助かりますね。そうは思いませんか?アリイ様」
「フハハ。確かにそうだな。罪悪感はない。哀れだとは思うが」
「感情豊かな魔王ですね。そんなんだと、魔王軍にすら慈悲をかけそうで心配ですよ」
「案ずるな。殺らねばならぬ時は、しっかりと殺る」
アリイもつい二週間ほど前まで国を治めていた王だ。公私の区別はついている。
殺す時は殺し、生かす時は生かす。
この弱肉強食な過酷なる世界でも、アリイの立つべき場所は変わらない。
【異端審問】
中世以降のカトリック教会において正統信仰に反する教えを持つ(異端である)という疑いを受けた者を裁判するために設けられたシステム。
この世界でも神を信仰する多くの宗教に導入されており、一種の恐怖ともなっている。
盗賊達から金品を回収したアリイ達は、街道を歩き続け遂に最初の目的地であるレーベスの街に辿り着いた。
外から見えるのは白い城壁のみ。その城壁からは、長年の歴史を感じられる傷跡が多く残っている。
そして、その歴史ある城壁の脇に多くの人々が並んでいた。
「街に入るためには検問を通る必要があります。大人しく並びましょう」
「聖女の威光を使って入らぬのか?聖都ではそうしていただろう?」
「聖都は私の顔を知っている人が多いですからね。聖女としての地位を見せるためにも、やらなければならないのですよ。ですが、聖都を出れば私の顔を知る人はかなり減ります。なので、大人しく並んだ方がいいのですよ。聖女がその権力を使って、市民を差し置いて街へと入ったと噂されると面倒ですし」
「フハハ。相変わらずの保身術だな。我の世界に来ても上手くやって行けるぞ」
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
街に入る際、危ないものを持ち込んでいないかどうか、また、指名手配されている極悪人ではないかと言う確認をするために検問を通る必要がある。
それなりに地位のあるものならば、その検問の過程をすっ飛ばすことも容易であるがセリーヌはあえて大人しく並ぶことを選んだ。
聖都と違い、このレーベスの街にはセリーヌの顔を知る人がそれほど多くない。
もちろん、行事などで顔を出すことは何度もあるが、毎日顔を見られている訳では無いのだ。
聖都のように好感度も高い訳でもないとなれば、その権力を振りかざさない方が評判は良くなる。
人とは実に単純で、偉い人間が自分達と同じ場所に立つだけで感動してしまう生き物なのである。
もちろん、舐められてはダメなので塩梅が難しいが。
(聖女として出来ていると褒めるべきか、それとも腹黒いと言うべきか迷うな)
アリイはセリーヌがちゃっかり好感度稼ぎをしようとしている姿を見て、聖女として正しいのか間違っているのか分からなくなる。
行動自体は正しいが、その中にある考えを知ればそうもなるだろう。
「この街の滞在はどれほどにするのだ?」
「予定では二週間ほど。ですが、盗賊の金品が回収できたのでもう少し繰り上げてもいいかもしれませんね」
「冒険者としての階級上げは良いのか?」
「私たちの実力ならば、1週間もあれば終わりますよ。それに、ギルドマスターは私のことを知ってますからね。聖女という信頼がありますから、冒険者としての信頼も簡単に獲得できます。本来ならばいくつも依頼をこなすんですがね」
結局は権力を使っているじゃないか。
アリイはそう思いながらも、この世界あるダンジョンと呼ばれる場所を楽しみにするのであった。
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