レーベスの街

救えぬ者


 シエール皇国の聖都から飛び出したセリーヌとアリイ。


 この世界の魔王を討伐する度が始まった二人の歩みは、特に何事もなく順調であった。


 戦争経験があり野宿には慣れているアリイと、勇者と共に旅をする為に普段から様々な訓練を積んできたセリーヌ。


 もしも、日本からやってきた勇者が居たのならば苦労するような所が全く苦労しない。


 そして何より、アリイもセリーヌも殺しに対して欠片も躊躇がないという事が最も大きな利点だろう。


 命の重みを履き違える者がやってきた日には苦労しか無かったはずだが、生憎人を殺すことに慣れている異世界の魔王は自分の命の重みを理解していた。


「フハハ。街を出て一週間。このようなことを期待していなかったと言えば嘘になるが、あまりにも蛮勇すぎやしないか?見よ、セリーヌよ。この国の聖女たるお主に剣を向ける不届き者がいるぞ」

「盗賊からすれば、私が聖女だろうがなんだろうが知ったこっちゃありませんからね。彼らの頭の中にあるのは、私を売り飛ばした時に幾らになるのかと言う下らない銭勘定ぐらいですよ」


 アリイ達が街を出て一週間。順調に進んでいた旅路に現れた最初の壁は盗賊であった。


 シエール皇国は比較的治安がいい国とされているものの、それでも神の威光が届かない場所は存在する。


 そんな人目のない場所では、盗賊がよく出てくるのだ。


 他者の命を奪い、他者から略奪する。そんな生き方しかできない、哀れな子羊である。


「死にたくなきゃ女と有り金全部置いていきな!!」

「フハハ。絵に書いたような盗賊だな。いっそ、清々しくて笑えてくる」

「ふふふっ、確かにそうですね。少し笑えてきます。私達に喧嘩を売るその足りない頭の悪さに」

「どうするのだ?」

「もちろん殺しますよ。盗賊なんて魔物にも劣るこの世界のゴミですからね。まだ人々の役に立てる魔物の方が素晴らしいですよ」


 そう言いながら首に下げた十字架を引きちぎるセリーヌ。


 そんなセリーヌを見て、アリイは疑問をなげかけた。


「なんだ?更生させようという気は無いのか?聖女と言えば、このように道を間違えてしまった者を正す存在だろう?慈悲を与え、人があるべき姿へと導く。我はそう考えておるのだがな?」

「あはは!!アリイ様、あれも人があるべき姿のひとつですよ。欲に溺れ、弱者から全てを吸い取ろうとするその姿もまた人なのです。それに、飢饉によってそうせざるを得ないのであればまだしも、彼らは自らの意思によって剣を抜いております。更生?そんな慈悲などありませんよ。彼らは、今まで他の者に行ってきた弱肉強食の世界を経験するだけです。良い勉強になりますね」


 その勉強代が自らの命とは、随分と高くつく勉強だ。


 しかし、セリーヌの言っていることも間違いでは無い。


 盗賊たちの姿は、ある種の人があるべき姿なのだ。人もまた意志を持つ生き物であり、このような欲に塗れた行動を取ることもある。


 そもそも正しき人のあり方と言う定義がなされてない以上、アリイはセリーヌの言葉に反論する事はできないのである。


(まぁ、間違ってはおらぬか。情状酌量の余地もなければ、既に欲に染まり更生する可能性も薄い。ならば、殺してしまった方が人の為になる。合理的ではあるな)


 その行動が聖女として相応しいかはともかく、正義と慈愛を振り回すことは無いと知り安心するアリイ。


 元々こういう性格だからこそ、アリイと上手くやって行けるのだろう。


「フハハ。では、殺すとするか。蛮勇にも我の前に立ち塞がった人間として、精々あの世で誇るといい」

「あ、そこの偉そうな人だけは残してください。盗賊の金品は基本的に盗賊を討伐した者の所有物となるので、路銀の確保になりますから」

「それが本音だろ。この強欲聖女め」


 アリイはそう言いながら、攻撃の準備に入る。


 セリーヌは口に出してないが、おそらく盗賊の装備なども金になるから残して欲しいんだろうなと思い、限界まで手加減するように心がけた。


「お頭ぁ、こいつらやる気満々ですぜ」

「シエール皇国の連中は何も知らねぇようだな。このお方が誰だか理解してないみたいだ。いいかよく聞け。このお方はかの有名な─────」

「興味などないわ」


 パァン!!


 次の瞬間、お頭と呼ばれた人物の隣で三下ムーブをしていた盗賊の1人の頭が消し飛ぶ。


 ドクドクと血を吹き出しながら、全身を痙攣させて倒れる三下。


 一瞬、何が起きたのか分からなかった盗賊達は固まり、セリーヌはその隙を見逃さない。


 刹那の間にお頭以外の盗賊達の首を切り飛ばす。その姿を捉えられたのは、隣に立つアリイだけであった。


「これでお掃除完了ですね。後は、金品のありかを聞き出しましょう。大丈夫です。仕事柄、拷問のやり方も教わっているので」

「何が大丈夫なのだ?」


 異世界の聖女は多彩だなぁ。アリイはセリーヌの言葉に呆れながら近くに落ちていた剣を拾い上げた。


 手入れがほぼされていないただの剣。実に盗賊らしい装備だ。


「なっ、な........!!」

「さて、お頭さん。私も神に仕える者として、貴方を苦しめたくはありません。ですので、有り金がどこにあるのか教えて貰えませんか?」


 形勢逆転。


 つい先程まで奪う側だった盗賊のお頭は、奪われる側に回ったのだ。


 頬に返り血をつけながらニッコリと笑うセリーヌは、さぞ悪魔のように見えただろう。


 少なくともこの光景を見て、セリーヌを聖女だとは誰も思わない。


(フハハ。最早、どちらが盗賊か分かったものでは無いな。間違った事はしておらぬのに、何故か罪悪感を感じるぞ)


 なんだか盗賊が可哀想になってきたアリイ。


 しかし、悪いのは間違いなく盗賊なのでアリイはセリーヌを止めるような事はしなかった。


「だ、誰が話すもんか!!冒険者なんかに負けてたまるかよ!!」

「そうですか。それは残念です。私はこんなにも慈悲深いというのに、それを無下にするとは........」

「ふむ?セリフ、逆ではないか?」


 何かがおかしい盗賊と聖女のやり取り。


 アリイは思わずツッコミを入れてしまったが、この可哀想な盗賊は最後まで聖女に立ち向かった。


 剣を大きく振り上げて、決死の覚悟でセリーヌに立ち向かう。


 が、力量があまりにも違いすぎた。


 セリーヌは武器を小さくして首にかけ直すと、その剣が振り下ろされるよりも早く盗賊の腹にジャブを入れる。


 殺さないように加減しているが、その一撃は盗賊にとってあまりにも重い。


 利き手では無い方で放たれた緩い一撃ですら、盗賊にとっては致命傷になり得るのだ。


 その細身な体からは想像もできない程に強力な一撃。的確に人体の急所である鳩尾を撃ち抜かれれば人は白目をむく。


「カハッ........!!」


 白目を向いて気絶する盗賊。


 倒れ込んだ盗賊を見下ろしながらセリーヌは、満面の笑みでアリイに話しかけた。


「これで路銀の確保が出来ましたね。レーベスに付いても、そこそこな宿には泊まれると思います」

「そもそも支援金をもらっておるのだから、宿に泊まることは出来るだろうに........」

「あのお金はなるべく使いません。もしもの時のための貯蓄として貯めておきます」

「もしもの時とは?」

「世の中は金で動いているんですよアリイ様」


 セリーヌは言葉を濁しているが、要は賄賂である。


 高潔な聖女ともあろう人が、賄賂を前提とした旅をしている。アリイの顔は呆れを通り越して、真顔であった。


「良いのか?それ」

「いいですかアリイ様。面倒事はできる限り避けるに限ります。特に、権力者が相手の場合は。暴力は最終手段です」


 そもそも暴力を手段の1つとして考えるな。仮にも聖女だろ。


 アリイは自分とセリーヌ、どちらが魔王にふさわしいのか分からなくなりながら乾いた笑いを浮かべるのであった。

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