カパンニルのネックレス


 魔王軍の襲撃から三日程が経った。


 シエール皇国は魔王軍の襲撃が再びあるのでは無いかという事で防衛を本格化し始め、街にも若干の緊張感が流れ始める。


 まだ遠い場所での話だと油断していたら、首元にまで鎌を突きつけられていたのだ。


 そんな状況で呑気にしていられるほど、この世界の人々も肝は座っていない。


 そんな中、遂に勇者と聖女が魔王を討伐しに旅に出る。


 一人は異世界の魔王。そしてもう一人は聖女とはとても思えない聖女。


 こんな2人に世界の命運を任せても良いものかと思ってしまうが、生憎街の人々はその事実を知らなかった。


「忘れ物は無いですか?魔王を討伐するその日まで、忘れ物は取りに来れませんよ」

「フハハ。そもそも無一文、この身一つで我はこの世界に来たのだがな?忘れ物なら、向こうの世界に沢山ある」

「それに関しては大変申し訳ありません........返す言葉もないです」

「フハハ。良い。もう過ぎた事だし、我は何も気にしておらぬ。こうなったからには楽しむしかないのだということも、我はしっかりと理解しておるのでな」


 旅立ちの日。


 セリーヌは忘れ物がないか確認をしながら、アリイに話しかける。


 アリイを召喚してから僅か2週間。本来ならば、1年かけて勇者を強くしつつこの世界に慣れさせるつもりであったが、召喚されたのは異世界の魔王。


 人類を滅ぼすと言っているものの、今のところは静かであり心優しいただの人である。


(この先、どうなるんでしょうね。せめて、魔王を討伐してから人を滅ぼして欲しいものです)


 セリーヌはそう思いながら、最後の確認を終えるとカバンを背負う。


 ここから先、どんな旅路になるのか。それは分からないが、少なくとも順調に行けることは無いだろう。


 この世界の敵は魔王軍だけでは無い。むしろ、旅の間は人が1番の敵となる。


 自分がそうであるように、欲に支配された人間というのは例え世界の滅びが目の前に迫っていようとも、他者を苦しめるものなのだ。


「準備は終わりましたか?」

「フハハ。問題ない。それでは行くとしよう。異界の魔王が、勇者としてな」


 アリイはそう言うと、立ち上がって部屋を出る。


 普段拠点としている大聖堂を後にし、2人は見納めとなる街を眺めた。


「改めて良い街だったな」

「そうですか?それは良かったです。ですが、これでも救われない人々は多いのですよ」

「貧困層があるのは仕方の無いことだ。上があるなら下もある。その下がどれ程低いのかで、その街がどのような街なのかは分かる。この街は、少なくともそれほど酷くは無い。急に襲われることも無かったしな」

「アリイ様の国では襲われるのですか?」

「襲われるな。我が魔王だろうが向こうからすれば知ったこっちゃないという訳だ。できる限りそのような事が、そのような者が生まれないようにと死力を尽くしても限界はあるのだと思い知らされたな」


 アリイとセリーヌはいつも2人で行動している訳では無い。


 セリーヌは自分の知らない間に勝手に貧困層に行ってきたのかと、報告すらなく自由奔放なアリイに頭を抱えた。


 これからこんな魔王と旅に出る。セリーヌからすれば、不安でしかないだろう。


 そして、アリイが完璧でない事も知る。たとえ魔王と言えど、不可能な事はあるのだと。


「あ!!ゆーしゃさま!!せーじょさま!!」


 そんな事を話しながら歩いていると、明るい笑顔を浮かべるリンがアリイ達を見つけて近づいてくる。


 三日前は死した戦士に祈りを捧げていたリン。僅か3日で調子を取り戻すことに違和感を覚えるかもしれないが、この世界の人々の命は軽い。


 当然のように人は死に。昨日まで居たものが消えてゆく。


 それがこの世界なのだ。リンの父もまた、そんな世界で消えてしまった哀れな子羊の1人である。


「おぉ、リン。身体は問題ないか?」

「うん!!ゆーしゃさまとせーじょさまのお陰!!」

「それは良かったです。アンさんもご元気そうで」

「はい。その節はありがとうございました。それで、今日この街を経つと聞きましたが........」

「えぇ、私達はこれから魔王討伐に向けて北の大地へ向かおうと思っております。きっと、全てが終わって帰っくる頃には、リンちゃんは大きくなっているでしょうね」

「ふふっ、そうですね。きっと、聖女様よりも大きく育ってくれます」


 サラッと身長のことを弄られて苦い顔をするセリーヌ。しかし、セリーヌはアンにどう足掻いても勝てないので大人しく引き下がった。


 母は強し。過去の自分を知るアンは、セリーヌに勝てる数少ない人間なのである。


「リンちゃんが大きくなったら、また会いに来ます。その時は、世界が平和になっていると思いますよ」

「えぇ。聖女様と勇者様の凱旋を心より楽しみにしていますよ。その時は、私が料理を振る舞いましょう。貴方の好きだった料理をね」

「楽しみにしてますよ」


 見習い聖女として暮らしていた時、アンの旦那に連れられて家へとお邪魔したことのあるセリーヌはその時に出された料理を思い出す。


 何の変哲もないスープであったが、家族の温かみを感じる優しい味であったそのスープは、セリーヌにとって生涯忘れられない料理なのだ。


 そんな母と娘のようなやり取りをする横では、アリイに懐いたリンが太陽よりも眩しい笑顔であるものを手渡していた。


「ゆーしゃさま!!はいコレ!!」

「む?これは?」

「カパンニルのネックレスだよ!!ゆーしゃさまにあげる!!」


 それは、初めてリンに街を案内された時に見た小さな花。


 黄色と桃色が混ざった花弁が、リンの動きに合わせて揺れる。


「ゆーしゃさま、助けてくれてありがとう!!大好き!!」


 花言葉は“感謝”と“親愛”。


 リンは助けられたお礼と親愛の証に、このネックレスをアリイに渡したのである。


 目線を合わせるためにしゃがんでいたアリイは、リンの小さな手によって抱きしめられその暖かな気持ちを素直に受け取る。


(我が人に感謝される日が来るとはな)


「フハハ。では、貰っておこう........似合うか?」

「うん!!とっても似合う!!」


 アリイはリンから貰ったネックレスを早速付けると、リンは嬉しそうにしながらもう一度アリイに抱きついた。


 アリイも子供の純粋な気持ちを無下にすることは無く、リンの背中を優しく撫でる。


「リンがここまで懐くなんて、勇者様は凄いですね」

「まぁ、優しい人であることは間違いありませんから」


(異世界の魔王にハグをした最初の人間として、リンちゃんは語り継がれるんですかね)


 何気に人類初のことをしているのではないかと思いながら、セリーヌは微笑ましくアリイとリンを見る。


 少し満更でもなさそうな顔をするアリイは、とてもでは無いが魔王には見えなかった。


「フハハ。これ以上は名残惜しくなりそうだ。リンよ。母を守り、その心を忘れず大きくなるといい。また、会いに来る」

「待ってるよ!!ゆーしゃさま」


 このままでは、旅に出る時間が遅れてしまう。


 アリイはそんな言い訳を自分にしながら、リンの頭を優しく撫でる。


「それでは、失礼します。また会いましょう」

「はい。お元気で」

「ではな。次会うときは、大きくなっておるのだぞ」

「うん!!ゆーしゃさま、せーじょさま!!頑張ってね!!」


 小さな見送りに手を振りつつ、アリイとセリーヌは前を向いて歩き出す。


 アリイはその首に下げられたペンダントを摘み、目の前に持ってきながら静かに呟いた。


「フハハ。情と言うのは厄介だな。こういう時、邪魔になる」

「?何か言いましたか?」

「いや、なんでもない。それで、最初はどこへ行くのだ?」

「次はこの国唯一のダンジョン都市レーベスです。丁度通り道にあるので、そこで路銀を増やしながら、冒険者の階級を上げましょう」


 この日、異世界から来た魔王が旅に出た。


 この世界にとって救いとなるのか、それとも災いとなるのか。


 それは、この世界の人々次第とも言えるだろう。




 後書き。

 これにて一章はおしまいです。

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