死した英雄に祈りを


 魔王軍の襲来という情報は、直ぐに聖都へと持ち帰られた。


 目隠しをされたリンと気絶しているバッカル達が街に運ばれ、その後セリーヌが急いでどこかへ消えたとなれば噂にならない訳が無い。


 魔王軍の情報及び、その被害について知らされた教皇は頭を抱えていた。


「まさか、既に魔王軍の手の者が忍び込んでいたとは。我が国も強固な防衛体制を作らねばならぬな」

「聖女様に結界をお願いいたしますか?」

「いや、セリーヌは勇者様と魔王討伐の旅に出なければならん。我々だけでやるしか無いだろう。人員の確保が大変だな」


 シエール皇国はかつての勇者が残した遺産が多くある。その殆どは人に使われるものではなく、対魔王軍用に使われるものだ。


 その一つ“防護結界”を張る事を起動することを決定。


 防護結果とは言えどその名の通り守る結界だ。都市だけにしか及ばないが、聖なる力によって魔物の侵入を防ぐことが出来る。


 常時展開するのはあまりにもコストが高過ぎるので無理だが、暫くは何とかやりくりしなければならないだろう。


 アリイやセリーヌ曰く、今後魔王軍が襲ってくる事はほぼないとは言えど用心に越してことは無い。


「しかし、白金級冒険者が手も足も出ないとなると、やはり今回の魔王は相当な強さを誇っているのだろうな」

「でしょうね。バッカルと言えば、この街でもかなり有名で強い冒険者です。そんな彼が惨敗したとなれば、不安は大きいでしょう」

「何より1番困るのは、アリイ殿が“別に大して強くなかった”と言っている所だな。勇者の力が凄まじいのは分かっているが、だとしても評価に差があり過ぎてどう判断すればいいのか少し困る」

「勇者様はセリーヌ様に並ぶ人類最強格だと私は思いますよ。あの圧は並大抵の者では出せませんから。ですので、バッカルを基準に考えましょう。人外の力を持つ人を基準にすると、苦労するのは私達です」


 聖騎士団長はそう言いながら、“フハハ”と笑うアリイを思い出して苦笑いをうかべる。


 2度目にして彼は気づいた。あれは、人ならざる存在であると。


 姿は人。しかし、その内面にある力は間違いなく人のそれでは無い。


 その力がどのようなものなのかは分からなかったが、少なくとも自分よりも遥かに強いだろう。例え、自分が1000人居たとしても、勝てる気はしない。


 セリーヌと同じように、勇者もまた人の理を超えた理解の及ばない存在として考えた方がいい。


 あの二人を基準に物事を考えれば、世界の常識がひっくり返ってしまう。


 あの二人からすれば、シエール皇国最強と謳われる聖騎士団長も“弱者”として扱われる事になるだろう。


「ま、とりあえず防護結界を起動しておくとしよう。その為にも、準備をしなければな」

「勇者様達が魔王を討伐して帰ってきたら、国が滅んでいた。なんてことが無いようにしなければなりませんね。私達の仕事は、あの二人が帰る場所を守ることです」

「そうだな。少なくとも、帰る場所は守らねば」


 勇者は魔王を討伐したら元の世界に返すけどね。教皇はそう思いながらも、2人の旅路に幸あれと神に祈るのであった。




【防護結界】

 かつてこの世界に来た勇者が作り出した街を魔物から守る結界装置。魔力を大量に消費する為、普段使いはできないがその分かなりの防衛力を持つ。全ての都市に配置されており、これによりシエール皇国は魔王からの攻撃に耐えきった。




 魔王軍であるサキュバスとゴブリンを処分したアリイとセリーヌは、教皇への報告を終えると冒険者ギルドに足を運んでいた。


 トラブルが起きてしまった為予想以上の時間が取られたが、元々アリイ達は銅級冒険者に昇格するための試験を受けるために森へと足を運んでいたのだ。


 セリーヌが女性冒険者を味方につけて男性冒険者を虐めていたり、アリイが街を観光したりもあったが本来の目的は試験である。


「フハハ。これで我らも銅級冒険者か。実に楽しかったな」

「不謹慎な発言は慎んでください。神の元に一人還られておりますので」

「フハハ。ほぼ関係のなかった者が死んだだけ。それだけの話だ。我は生憎、死者に向けて花を手向けた後は普段通りに過ごすと決めておる」

「アリイ様はそうかもしれませんが、そうでない人もいます。一応聖女である立場の私は、神の元へと行った者に祈りを捧げなければならないのですよ」


 無事に銅級冒険者となったアリイとセリーヌは、冒険者ギルドの中にある酒場で夕食を食べていた。


 教会に戻れば夕食を用意してくれるのだが、あそこは粛々とご飯を食べるのでつまらない。


 そんなわけで、基本的にご飯を食べる時は冒険者ギルドの酒場で食べるのである。値段も安く、量も多いのでセリーヌからすればかなり満足のいく場所だ。


「流石に今日ばかりは空気が重いな。飯が食いづらいわ」

「死が常に隣にある冒険者家業。皆覚悟しているとは言えど、死する者がいれば静かに祈りを捧げますよ。少なくとも、今日の間はこんな感じでしょう」

「明日は違うのか?」

「明日になれば皆明日のことを考えて生きます。死者に足を引きずられ、自らも地獄に落ちたければ別ですがそんな趣味はないでしょう?冒険者達は切り替えが大事なのです。明日は我が身ですよ」

「フハハ。その発言もまぁまぁ不謹慎だがな?」


 バッカルとジャッケス、そしてリンは運良く生き延びたが、もう1人の冒険者は死んでしまった。


 冒険者とは常に死が隣にある。死を覚悟し、隣にいる者がいつの日か消えてしまうと知りながらも、それでも明日の為に命をかける。


 が、死した者がいるならば例え憎き相手であろうと祈りを捧げる。


 それがシエール皇国の在り方であった。


 かく言うセリーヌも、この日ばかりは真面目な聖女となる。


 それでも、“一応聖女”と言っている時点でだいぶ怪しいが。


「アリイ様の居た世界では、死者に祈ることはしなかったのですか?」

「悲しむことはある。我らとて、感情を持つ生き物なのでな。だが、死人に祈って何になる?死者が蘇るわけでもなければ、天に行くとも限らない。ならば、我らは涙を浮かべながら騒ぐのだ。せめて、黄泉の世界に我らの元気な姿を見せてやろうとな。親しい者が無くなれば、酒を飲んで騒ぐ。それが、我の世界........我の国での葬儀だ」

「価値観があまりにも違いますね。死者を労る気持ちは同じでしょうが」

「フハハ。かもしれんな」


 国が違えば文化は違う。世界が違えばそれも然り。


 セリーヌは特にそれ以上語ることなく、アリイの文化を否定はしなかった。


 騒ごうが悲しもうが、死にゆく人を思うのであればそれはおなじ。祈りは自らが行うものであり強制されるものではない。


 アリイはそんなセリーヌを好ましく思うと同時に、壁に立てかけられた槍を静かに眺めた。


 その槍は、サキュバスに殺された冒険者が装備として使っていたものである。


 アリイも冒険者となってから多くの人と知り合ったが、残念なことに彼の事は何も知らない。


 顔も知らなければ名前も知らないような、ただの他人だ。


 だが、同業者ではある。同じ職に就くものとして、そして何よりリンを守った英雄として最低限の祈りだけは捧げておこう。そう思った。


(フハハ。郷に入っては郷に従えとは言うが、まさか我が死した人間の為に祈るとはな。長生きしてみるものだ。人生、何があるのか分かったものでは無い)


 アリイは静かに目を閉じると、死した英雄に祈りを捧ぐ。


 魔王に祈られていい気はしないだろうが、減るものでは無いから勘弁してくれ。そう思いながら、アリイは食事を続けるのであった。


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