ゴフー


 絶望的な状況に追いやられたバッカル達。


 しかし、バッカルも長年冒険者をしてきてそれなりの修羅場をくぐっている。


 逃げられないと分かると、彼は素早い判断で先にサキュバスを仕留めに動いた。


 この場で最も厄介なのがサキュバスだ。魔物を統率し、確実にこちらを逃がさないように周囲を囲んでいる。


 先ずはその統率を崩し、正気に戻った魔物達が暴れる中を逃げた方がまだ可能性がある。


 バッカルは手に魔力を集めると、魔法を放った。


風槍エアランス


 放った魔法は風の槍。バッカルの得意魔法の1つであり、一撃の火力はそこまで高くないものの視認性の悪さと攻撃速度がある。


 それなりに離れている相手に向かって放つには、十分な魔法だ。


 が、相手は魔王軍所属のサキュバス。この程度の攻撃ならば、容易に避けられてしまう。


 彼女達は、勇者を殺すためにここへと来たのだ。その力が弱いはずもない。


「おっと危ない。女の子に手を挙げるだなんて、紳士的では無いわね?」

「言ってろ。魔物を女としてみたことなんざ、1度もねぇんだよ」


 バッカルはそう言うと、続けざまに魔法を行使してサキュバスを近づけさせない。


 サキュバスとの戦闘経験は無いが、バッカルの勘が言っていた。


“この女に近づかれると不味い”と。


 バッカルの勘はよく当たる。経験則に基づいた危機への対応に関して言えば、バッカルはほかの冒険者よりも優れていた。


「アハッ!!随分と激しいのね。気に入ったわ。私の玩具として遊んであげる」


 バッカルの激しい攻撃に興奮するサキュバス。


 気色悪いやつだなとバッカルは思いつつ、隣で盾に隠れながら治療をしていたジャッケスに話しかけた。


「ジャッケス、動けるか?」

「ダメだ。毒が塗ってやがる。しかも、殺すためのものじゃなくて捕らえる為の毒だ。普段持ってるポーションじゃ回復できない」

「痺れ毒か。厄介だな」


 冒険者の必需品として、ポーションと呼ばれるものがある。


 薬草を魔力が含まれた水に溶かすとこで、様々な効果を得ることが出来るこの液体は人の傷や毒を治すことが出来た。


 が、ポーションにも様々な種類がある。かすり傷を治す効果を持つポーションや、骨まで見える傷を治す効果を持つポーション。


 回復ポーションと呼ばれる傷を治すポーションでも物によってこれほどまでに効果が違い、そして解毒ポーションも毒の種類によって使い分けなければならない。


 多くの冒険者は命の危険がある毒を解除するためのポーションを常備しており、直接的に死に関係しない麻痺毒を治癒するポーションは持ち合わせていなかった。


(........まさか、冒険者が痺れ毒の解毒ポーションを持っていないと分かっていて使ったのか?だとしたら相当厄介な相手だ。この女も、矢を放ってきたやつも)


 バッカルは相手が冒険者のことをよく理解している存在だと認識すると、何とか逃げ出す方法を考える。


 サキュバスを倒し、矢を放つ相手まで倒さなければならい。が、それが出来れば苦労はしない。


 しかも、向こうはバッカルの魔力が切れるのを待っている。


 このまま行けば、間違いなく自分達が死ぬだろう。


「バッカル。俺は置いて行け。リンちゃんだけでも街へ返すんだ」

「俺もそれは考えたが、相手がそれを許してくれるとは思えねぇ。見ろよ。森から出る道に多くの魔物が配置されてる。あの数を消すのは厳しいぞ。ざっと見て200以上の魔物がいるんだぞ。リンちゃん担いでいくのは無理だ」


 バッカルは速度を活かして戦う冒険者。リンという重荷を背負うと、途端に弱くなってしまう。


 相手の急所に確実に攻撃を叩き込む暗殺者タイプのバッカルにとって、数は敵でしか無かった。


「俺が1発でかい魔法を打てば何とかならんか?まだ撃てるぞ」

「それならなんとかなるかもしれんが........その隙を守るのが大変かもな。だが、やるしかね─────ッチ‼︎そこか‼︎」


 何とか逃げる方法を考えるバッカルとジャッケス。


 しかし、“逃がさない”と言わんばかりに、矢が飛んでくる。


 バッカルは短剣で矢を弾くと、飛んできた方向に向かって投げナイフを飛ばした。


 が、反応が無い。どうやら外れたようだ。


「すばしっこいな」

「あら、私から目を離していいの?」

「しまっ........」


 矢に気を取られたその瞬間、サキュバスが動き出す。


 投げナイフをゴブリンに向かって投げようとしたのを確認したと同時に、バッカルへと近づき優しく息を吹きかけた。


 サキュバスの持つ能力“洗脳”。オスにしか効果のない洗脳だが、その洗脳は余程の差が開いてない限りは絶対的だ。


 たとえ相手が白金級冒険者であろうとも、その洗脳は脳を侵す。


「っ.......!!」

「ふふふ、いい玩具が手に入った。これで少しは遊べそうね」


(不味い。意識が........)


 意識が朦朧とし始めるバッカル。本来であれば即洗脳されてもおかしくないのだが、生憎彼は恋する人がいた。


 そして、その恋する人の子供が近くにいるとなれば、その意思は硬い。


「っラア!!」

「い゙!!」


 洗脳にかかり切る直前、死に物狂いで振るった短剣がサキュバスの左肩をエグる。


 洗脳されかけている人間にしては大健闘をしただろう。その強い意志を持って、魔王軍に一矢報いたのだから。


 だが、神の奇跡はここまで。バッカルは膝を着くと、そのままくらい闇の中へと落ちていく。


「バッカル!!」

「いったー‼︎良くもやってくれたわね人間風情が。どうやら、その子供が随分と大切みたいじゃない?決めたわ。貴方の手でこの子を殺させてやる」


 痛みに顔を歪めるサキュバス。


 ジャッケスは、リンを守ろうと前に出るものの毒に侵された身体では何も出来ない。


「邪魔」

「ゴフッ........」


 横っ腹に蹴りを入れられて、思いっきり吹っ飛ぶ。


 それでもリンを守ろうと、身を呈したのはさすがだと言えるだろう。


 彼も冒険者としての仕事は果たしたのだ。


「お、おじさん?」

「おじさんはもうすぐ死ぬわ。そして、貴方もね。じっくりと殺してあげる。悲鳴が街に聞こえるようにしてあげるわよ。次いでに勇者もこの場に呼び出しましょう。そして、目の前で肌を1枚1枚めくってあげるわ」

「ひっ........」


 リンは目隠しをされていて何も見えていない。だが、その暗闇の先に極悪非道な存在がいることは分かる。


 自分のせいで大好きな冒険者たちが死ぬ。リンは恐怖のあまり、その場から1歩も動けなくなってしまった。


(わ、私のせいで........)


 否、リンが悪い訳では無い。誰が悪いかと言えば、この巡り合わせをした運命の女神が悪いだろう。


 しかし、自分が今日花を取りに行かなければこんな目に遭わなかったのは事実。素直で優しい少女に、運命のイタズラだと飲み込ませるのは難しい。


「先ずは現実を見せてあげないとね。その目隠しを取らせてもらうわよ」


 目が見えなければ恐怖も薄れる。


 サキュバスはまだ動く右手を伸ばして、リンの目隠しを取ろうとした。


(い、いや!!誰か助けて!!助けてせーじょさま!!助けて!!ゆーしゃ様!!)


 ギュッと花束を抱きしめ、恐怖に怯える少女。


 そんな哀れな少女はこの場で全てを失い死ぬのか?


 否、少女の運命が終わりを告げることは無い。彼女は、異世界の魔王に一つ貸しを作っているのだ。


 バクン‼︎


「........へ?」


 刹那、サキュバスの手が消える。


 何が起きたのか理解ができなかったサキュバスは固まり、自分の腕を見て理解した。


 肘から先が無くなっている。比喩ではない。実際に無いのだ。


 それは、小さな少女に与えた御守り。


 その御守りは少女の危機によって、姿を現したのだ。


「ゴフー」

「なんだコイツは........!!」


 それは、鮫。魔王の眷属にして友たる、海の狂犬サメであった。




【サキュバス】

 女の子人の見た目をした魔物。その妖艶な見た目と、相手を洗脳する息を吹きかけることでオスを魅了する。洗脳されたオスたちはサキュバスの支配下に置かれ、主が死ぬまで解放されることは無い。単体の性能はそこまで高くないが、オスを魅力する力があまりにも被害をもたらすため上級魔物として位置づけられている。




 後書き。

 タグのサメはこれです。これでなんの魔王か分かったね‼︎

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