危機的状況


 男性冒険者達がセリーヌやエレーナに説教という名の暴力を振るわれていた頃。運良くその場に居合わせることのなかったバッカルは、リンと数名の冒険者と共に花を摘みに来ていた。


 死者に添える花として定番と言われているその花は、人の手で育てるのが難しい。


 その為、自然の中に生えている花を探しに行くしかないのだ。


 亡き父の事が好きであったリンは、毎年この時期になると森へ足を運び花を摘む。


 父は多くの冒険者から慕われていたというのもあり、ほぼタダ同然でリンの護衛に着く人も多かった。


 バッカルぐらいだろう。邪な考えを持って、リンの護衛をしているのは。


「お、今年もちゃんと咲いてるな。親父さんに添える花に困らなくて済みそうだ」

「だな。だが、俺達が摘むのは1つでいい。あの人も、娘が自分の手で摘んだ花を添えられた方が嬉しいだろ」

「ハッハッハ。違ぇねぇや」


 白く輝くカーネスの花。死者が天国に行けるように、死者が天国で白く清い人である為に添えられる花である。


 バッカル達は今年もちゃんと花が咲いていることに安堵しつつ、その花を一つだけ摘んだ。


 野郎から贈られる花に価値は無い。実の娘から贈られる花にこそ意味はある。


 リンの父は、他の冒険者達が呆れ返るほどに親バカであった。


「あの人は元気にしてるのかね。天国でもリンちゃんの話をして神様を困らせてなきゃいいが........」

「容易に想像できるのが嫌だな。親父さんはとにかくリンちゃんの話をしてたからなぁ........娘が生まれてすぐの頃は“嬉しいんだろうなぁ”としか思わなかったが、それが五年も続けば流石に嫌になる。酒を飲むと特に酷かった。そのお陰で何度喧嘩を仲裁したかわかったもんじゃねぇ」

「ははは。それでも花を添える人が多いんだからスゲェよこの人は。本当に惜しい人を亡くしたな」

「全くだ」


 そんなことを話しながらもバッカル達は周囲の警戒を怠る事は無い。


 そんな誰からもしたわれた父が残した子供に、傷をひとつでも付けた日には怨霊として化けて出てくるだろう。


“何娘に傷を付けてくれとんじゃぁ!!”と。


 少し会ってみたいという気持ちはあるが、それ以上に面倒になることは間違いない。


 まだ天国で神様を困らせていた方がマシなのだ。


「バッカルおじさん‼︎こんなに取れた‼︎」

「おぉ、大量だな。これなら親父さんも喜ぶだろうよ。帰るか?」

「んー、もう少し取りたいかも。お母さんの分も必要だし」

「そうか。ならもう少し森の奥に入るか。この場所ならリンちゃんを守りながらでも戦えるレベルの魔物しか出てこないしな」


 満面の笑みを浮かべながら花を持ってくるリンを見て、冒険者たちの頬は緩む。


 バッカルも無意識にリンの頭を撫で、そのまま森の奥へと入っていった。


 そして、これが間違いであった。


「........あ?冒険者か?誰かいるぞ」

「本当だ。人の姿をしてるな。冒険者か」


 しばらく花が生えている場所を剥がしていると、ふと視界に人の姿が見える。


 この森は冒険者達の仕事場であり、森な入れば冒険者とすれ違うことも珍しくない。


 多分一人で活動している冒険者なのだろう。そう勘違いしてしまったのが悪かった。


「声をかけておくか。一応、俺たちが森にいることを知らせた方がいいしな」

「だな。何かあった時にギルドに報告が行くだろうしな。バッカルがいるからその必要も無いかもしれんが」

「よしてくださいよ。俺だって死ぬ時は死ぬんですから」


 警戒心も無く近づく1人の冒険者。人の姿をしていたのが油断の原因。


 彼らは、知らずのうちに魔王軍の口の中に入り込んでしまったのだ。


「スイマセーン!!」


 手を大きく横に振りながら近づく冒険者。そして、その人の姿の顔が見えた瞬間、バッカルは大きく目を見開きながらリンを守るように抱き上げて地面に伏せる。


 その女の目にあったのは殺意。あれは、ヤバい。


「伏せろ‼︎」

「あら、鋭いじゃない」

「───へ?」


 不用意に近づいた冒険者の一人が、間抜けな声と共に崩れ落ちる。


 その首からは血が溢れ出し、頭は胴体を残して地面に落ちた。


 血溜まりが地面へと広がり、首からは噴水のように血飛沫が上がる。バッカルはリンのトラウマにならないように目を塞ぎつつ、その魔物が何者なのかを推測した。


(あれは人じゃね‼︎人の姿に似た魔物と言えば........サキュバスか‼︎)


 男を魅了し、その血を啜る魔物“サキュバス”。


 高い知能により人の言葉を話し、男を殺す妖艶の魔物。


 その狡猾さから上位魔物として君臨し、かつてひとつの街を滅ぼしたとも言われる化け物がこの場に現れてしまったのだ。


「ジャッケス!!リンを連れて逃げろ‼︎」

「バッカルは?!」

「俺はこいつを討伐する。ここで殺らなきゃ、街にまで被害が出ちまうぞ!!リン、振り返らずに逃げろ。お前が親父さんに会うには、まだ早すぎる」

「な、何が起こったの?」


 急な展開に理解が追いつかないリン。だが、バッカルが自分を逃がそうとしているのは分かる。


 リンは持っていた花をギュッと強く抱き締めると、目隠しをされた状態のままもう1人の冒険者に抱き抱えられた。


(サキュバスは不味いな。相性が最悪すぎる........クソッ、こんな事なら聖女様も付き合わせれば良かった)


 サキュバスは男にとって天敵。女冒険者であればそこまで驚異にはなり得ないが、男からすれば手も足も出ないような相手。


 しかし、それでもやるしかない。リンの護衛として、冒険者としてこの脅威は排除しなければならないのだ。


「1人の少女を逃がすために、殿を務めるとは勇敢ね。でも、甘過ぎるわ。戦場にたった一人で来るわけないでしょう?」


 次の瞬間、ジャッケスと呼ばれた中年の冒険者の足に矢が突き刺さる。


 リンを抱えて走り出す直前に足を撃ち抜かれた彼は、気合いでリンを落としはしなかったものの走る事が出来なくなってしまった。


「........っクソ。まだ誰か隠れていたのか」

「ジャッケス!!」


 それでもジャッケスは長年冒険者をやってきていたベテラン。膝を着いてもなお、リンだけは守ろうと盾を構えて次の攻撃に備える。


 痛みで顔を歪めながらも、縦を構えるその姿は正しく冒険者のしてあるべき姿であった。


「ケッケッケ。そんなお荷物を抱えて自分を守るれるでやんすか?やっぱり人間はやりやすくて助かるりますね。情にもろ過ぎる」

「ふふふ、そうね。そして、その情が命取り。サッサと1人で逃げれば助かる道もあったでしょうに。来なさい。肉壁達」


 パンパンとサキュバスが手を叩くと、ぞろぞろと森の奥から魔物達が現れる。


 サキュバスに洗脳されたオスの魔物達。彼らは女王の駒となり、その命を持ってして命令を遂行する兵士となる。


「........囲まれたか」


 苦虫を噛み潰したかのような顔をするバッカル。


 一人は即死。一人は負傷。更には戦えない護衛対象までこの場に残っている。


 そして相手は、白金級冒険者と言えど相性が悪すぎるサキュバスと、未だ声しか聞こえない伏兵。


 更には、多くの魔物達。


 絶体絶命の状況と言える。


「そこの少女を置いていけば、貴方の命だけは助けてあげてもいいわよ?」


 ニヤニヤと笑いながら悪魔のような提案をするサキュバス。


 リンが捕まれば、どんな目に合うか分かったものでは無い。それに、リンを見捨ててしまえば、世話になったリンの父に顔向けができなくなってしまう。


 そして何より、魔物の言葉を信用するのは無理な話だ。


 バッカルは腰から短剣を抜くと静かに構え、鋭い目付きでサキュバスを見る。


「断る。魔物の言葉に耳を貸すほど、俺も愚かじゃないんでね。それに、何者なのか問いたださなきゃならん」

「それは残念。なら、死になさい」


 絶望的な防衛戦。負傷した者と戦えない者を背負ったバッカルの戦いが、今始まった。




後書き。

投稿先間違えました。すいません。

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