女は怖い


 セリーヌに弱みを握られていたバッカルは、涙ながらにセリーヌの朝食代を支払っていた。


 人に施しを与えるはずの聖女が、人を脅すだけに飽き足らず金までも奪い取る。


 まだ戦場で暴れ、殺戮の限りを尽くすどこぞの頭のイカれた狂乱聖女の方がましかもしれない。


 アリイはそんなことを思いながら、セリーヌと仲のいい受付嬢エレーナに銅級試験の内容を聞いていた。


「既にオークは何度も倒しておるのだがな」

「決められた試験内容ですのでご理解を。それに、無理難題を押し付けられるよりは楽でいいじゃないですか」

「フハハ。確かにそうだが、もっとこう、未知なる体験をしてみたいと言うのが人の性よ」

「ふふふ、勇者様は夢に生きるお人なんですね。どっかの聖女様とは大違いです」

「安定を求めて何が悪いんですか?」

「あら、セリーヌ。バッカルとはもういいの?」

「リンちゃんが来ましたからね。バッカルと数名の冒険者と共に死者へ添える花束を探しに出かけましたよ。未亡人に鼻の下を伸ばす男は見ていられませんね」


 やれやれと言いたげに肩を竦めるセリーヌ。


 アリイはバッカルの為にも一言言い返してやろうかと思いつつも、どうせ何を言っても開き直ると思い直し何も言わなかった。


「それで、オークの討伐が試験内容ですか。楽でいいですね。アリイ様は楽しさを求めているようですが」

「フハハ。せっかくの試験なのだぞ?誰もが驚くような物が来てくれた方が楽しいでは無いか」

「貴方だけですよ。そんなことを思う変人は。ほら、さっさと行きましょう。あまり時間をかけすぎると、魔王の被害が大きくなります」

「........本音は?」

「聖女という仮面を早く取り外したいです」


 なんとまぁ正直な聖女なのだろうか。これがもう少し聖女らしいセリフならば、アリイも多少セリーヌのことを見直しただろうがあまりにも通常運転すぎる。


 アリイもエレーナもこれには苦笑いを浮かべるしかない。


「この国に住む者達は大変だな。こんなのが聖女なのだから」

「本当に大変ですよ。聖女という立場があるので、あまり馬鹿にしすぎるとちょっとした問題になりますし。かと言って敬えるような人でもないですし。市民に気を使われる聖女なんて聞いたことがありません」

「........?私、バカにされても特に何も言いませんよ?」


 キョトンと首を傾げるセリーヌ。


 この見た目だけは素晴らしいセリーヌに、エレーナな世界の不平等さを感じながらも言葉を続ける。


「この国に敬虔なる神の信徒が一人もいなければ、私も声を大にして貴方を笑うわよ。そっちの方がお互いに気が楽だしね。でも、それを許さない人もいる。セリーヌの立場のような人を相手にするのは思っていたよりも疲れるよの。まだ先代聖女様と話す方が楽だわ。あの人はあの人で癖があるけど、聖女らしい聖女だしね」

「まるで私が聖女らしくない聖女のように言いますね」

「え?自分が真っ当な聖女だとでも思ってるの?だとしたら、病院に行くことを勧めるわ。もう手遅れでしょうけど」

「あはは。言いますねエレーナ。そんなんだから男ができないんですよ」

「あら、言うじゃないセリーヌ。頭の中が子供のままだから、体が成長しないんじゃないの?」


 ピシッと空気が固まる。


 アリイは“この場でどちらかの味方をすると最終的に自分が敵になる”と察してゆっくりとその場を後にしようとした。


 言っておくが、別にセリーヌとエレーナは仲が悪い訳では無い。


 寧ろ、プライベートでは一緒に買い物をするほどには仲がいい。が、お互いに煽りあいが酷かった。


 近くで話を聞いていた冒険者達は“またやってるよ”と思いながらそそくさと離れ、遠くから2人のじゃれ会いを見守ろうとする。


 あまりにも空気感がマジだったので、アリイは真面目に離れようとしていたが。


 そして、この腹黒聖女は相手が異世界の魔王であろうがお構い無しに巻き込む。


 にっこりと笑いながら、セリーヌはアリイに話しかけた。


「アリイ様もこの行き遅れに何か言ってあげてくださいよ。ほら、勇者様の有難いお言葉とか」

「勇者様?この頭のトチ狂った聖女に何か言ってあげてくださいよ。大人になれない聖女様にね」

「........ふ、フハハ」


(我を巻き込むな。女の争いに口を出すことほど愚かなものもない。我は学んだのだ。かつて女同士の争いを仲裁しようとして、えらい目にあったのだからな)


 アリイは苦笑いを浮かべると、一歩また一歩と後ろへと引いていく。


 ここでどちらかの味方をするのは愚策。ならばどうするのか。


「よし、セリーヌ。我は先に仕事に行くから、あとは頼んだぞ!!」

「は?ちょ、逃げないでくださいよ!!」

「あら、勇者様も女の争いには関わりたくないようね」


 アリイは背中を見せると、即刻で冒険者ギルドを出て行った。


 逃げの一択。魔王だろうがなんだろうが、この戦いに巻き込まれれば無事では済まないと理解しているアリイは関わらない選択肢を取ったのである。


 異世界魔王アリイ。この世界に来て初めての敗北であった。


「逃げたな。でも、あれが1番正しいよな」

「勇者様も可哀想だぜ........ちょっと特徴的な人だとは思っていたけど、本質は俺達と変わらないかもな」

「なんというか、親近感が湧いてきた。今度話しかけてみようかな」


 そして、その選択は多くの男性冒険者達に共感された。


 彼らも仕事柄女性冒険者と絡む事が多い。そして、女同士の喧嘩に巻き込まれて痛い目を見てきたのだ。


 が、彼らは1つ選択を間違えた。


「全く。後で説教ですね........で、あなたはどう思います?今の話、聞いてましたよね?」

「ファ?!お、俺っすか?!」

「やべ、逃げろ!!俺達まで巻き込んで来やがったぞ!!」

「アイツを犠牲にするんだ!!俺達だけでも生き残るぞ!!」

「なんでこういう時にバッカルの奴はいないんだ!!聖女様のヘイト役はアイツだろ!!」

「役に立たないヤツめ!!」


 ニッコリと笑いながら、1人の冒険者を捕まえるセリーヌ。


 しかも、ちゃっかり冒険者ギルドの出入口を魔法で塞いでしまっている。


 彼らはアリイと一緒に逃げ出すべきであった。魔王すらも逃げ出す女の争いを、対岸の火事のように見守ろうとしていたのが間違いである。


 今まではバッカルという聖女のサンドバッグがあったから被害を逃れていただけで、彼らもまた悲しいことにサンドバッグなのだ。


「げ、魔法で扉を塞がれてるぞ!!」

「何とかしてこじ開けろ!!じゃないと俺たちが死ぬぞ?!」

「私達をなんだと思ってるんですかねぇ?さすがに失礼すぎじゃないですか?」

「これは聖女様の有難いお言葉が必要ね。女性冒険者のみなさーん。あの野郎どもを捕まえてくださいな」

「「「はーい」」」


 続々と捉えられ、抵抗もできず正座をさせられる男性冒険者達。


 彼らが事後どうなるのか。想像にかたくない。


 きっと、聖女様の有難いお言葉(物理)を聞かされる事になるだろう。


「フハハ。逃げ出して正解だったわ。いつの間にか標的が男冒険者に変わっていたり、妙な所で団結力があったり、世界は違えど種族は違えど男も女も中身は変わらんな。本当にどうしようもない生き物だ」


 1歩間違えれば自分も正座をさせられて説教される羽目になっていた。


 アリイは、冒険者ギルドの正面にある家の屋根から、透視の魔術を使い冒険者ギルドの様子を眺める。


「全く、あの聖女と今後旅をせねばならんと言うのが心配だ........まぁ根は優しいが、それ以外がな........おっとあまり見すぎるとバレてしまう。そろそろ我は試験に行くとするかな」


 アリイはそういうと、“女は怖い”と言いながら屋根伝いに街の中を歩くのであった。

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