聖女......?
ドォン!!と、森の中を揺らし砂埃を巻き上げるアリイの一撃。
その一撃を見た瞬間、セリーヌは焦ってしまう。
アリイは勇者だ。こちらの勝手な都合とは言えど、勇者としてこの世界に呼ばれこの世界を救う存在。
仮にも元聖女を殺すのは世間体があまりにも悪すぎる。
そして、勇者が問題を起こせば自分の立場を怪しくなる。先代聖女を殺した勇者を教育した者として、歴史に名を刻むのは勘弁願いたかった。
(幾ら魔王らしくなく、親しみやすい性格とは言えどアリイ様は魔王........こうなる事を予想してなかった私の失態ですか........)
アリイに騙された。
魔王らしくない話の分かる魔王とは言えど、相手は異世界の魔王なのである。
何がトリガーとなって爆発するのかも分からなければ、その力も絶大。歴代聖女の中では弱い部類のアーメスなど、容易に殺せてしまうのだ。
(どうするべきでしょうか。この場でアリイ様と戦う?いや、多分勝てない。経験の差が違いすぎる)
もういっその事この国からバックれてやろうか。
そう思いながら、砂埃が晴れるのを待つ。そして、砂埃が晴れた先には拳を振り下ろし地面を割ったアリイと死を悟りながらも生きているアーメスの姿。
顔の真横に拳は外れていた。
「フハハ。セリーヌよ。流石の我もこの場で殺すような真似はせぬぞ?」
「........貴方様ならやりかねません」
「フハハ。我、結構利口な方だと思うのだがな?まぁ、セリーヌが来なければ殺していたが」
やはり殺す気満々だったじゃないか。セリーヌは心の中でそう思いながら、息を荒らげるアーメスを見る。
死の恐怖を悟ったのか、股の下が濡れている。そして、その目には涙が溜まっていた。
(ザマ........じゃなくて、何も見なかった事にしましょう。いくら嫌っている人とはいえど、あそこまで弱っている人を虐めるのは人としてどうかと思いますし)
「フハハ。みっともなく漏らしておるわ。あれが先代聖女なのだぞ?まだ穢れを知らぬ子供の方が聖女になれるかもしれんな。五歳ぐらいの子ならば、オネショもするだろうよ」
「アリイ様。汚い話はやめてください。それで、何故このようなことを?」
「む?神の盲信者の目を覚まさせてやろうと思ってな。祈ったところで神が微笑みかける事も無い。それを理解させるためにやった」
否、嘘である。
もちろん、自分が嫌いなタイプの人間でイラッとしたのはあったが、それ以上にアリイはセリーヌを馬鹿にされたことが気に入らなかったのだ。
出会ってから僅か3日。しかし、その三日間でセリーヌがどれ程“聖女”として努力してきたのかは分かっている。
あれだけの人々に慕われ、話す人達を笑顔にするのは並大抵の努力では無理だ。
それは、国の王として人生を歩んできたアリイが一番よく分かっている。
アーメスはそれを否定したのだ。人々との関わりよりも、神の信仰心を先に取りあまつさえ失敗作と呼ぶその傲慢さ。
仮にもこれから旅をする仲間に向けて言われた言葉となれば、アリイも思わず手が出る。
「どうするのですか........間違いなくこれは問題になりますよ。街中で私達を見ていた人もいますし」
「フハハ。それは追々考えれば良い。おい、先代聖女よ。命拾いしたな?セリーヌが止めなければ、貴様は今ごろこの地面に赤い花を咲かせるところだったぞ?」
「........」
「これも神の御加護と言うのか?ならば、セリーヌは神の使いだな?ほれ、崇めたらどうだ」
「........」
アーメスは倒れ込んだままセリーヌを見るだけで何も話さない。
そしてセリーヌは、アリイが手を出した原因を何となく察して驚きながらアリイを見ていた。
(........もしかして、私の為に怒ってた?)
「もしも今、生き残った事すらも神の加護と言うならば、貴様は生きる価値もない。その時は、慈悲をかけることも無く叩き潰してやると言うことを理解しておけ。そして、セリーヌの謝罪をしろ。我がいる限り、仲間を愚弄することは許さん」
静かな殺気。もしここで、唾を吐けば確実にアリイは先代聖女を殺すだろう。
謝るのか否か。
謝れば自らを否定し、口を継ぐめば死が訪れる。
そんな中で取れる選択肢はたった一つしかない。所詮、アーメスも自分の身が可愛いだけのただの人間なのだ。
「セリーヌ。失敗作と呼んだことを謝るわ」
「あ、そんな事はどうでもいいので、二度と私の前で神の愛だのなんだの言わないでください。あと、この件に関しては黙っていてください」
ピタッとその場の空気が凍りつく。
そこは空気を読んで、謝罪を受け入れるべきだろう。聖女なのだから、人の謝罪を受け入れることの一つや二つ訳無いはずだ。
が、セリーヌは空気も読まずに自分の要望を押し付けてきた。
アリイによって弱っている隙を付いて、自分の要望を押し通そうとしてきたのである。
(........わ、我でもさすがにそんなことは言わぬぞ。こいつ、我より魔王の素質があるぞ?)
アリイ、ドン引きである。
生まれた世界が違えば、もしかしたら彼女こそが魔の王に君臨していたかもしれない。アリイはそんなことを思いつつ、顔を引き攣らせた。
「........おい、セリーヌ?場の空気をなぜ読まん」
「読んで何になるんですか。相手はクソバ──じゃなくて先代聖女様であり、この場にいるのは私達だけです。お二人ともそれなりに私の性格を知っているので、取り繕う必要ってないですよね。なら、要望をハッキリと言った方がいいじゃないですか」
「いや、場の流れを汲み取れ。セリーヌ、お主は聖女だろう?この場を丸く収めようとかないのか?」
「無いです。それに、私の要望を飲めば丸く収まります。アーメス様も謝罪だけではなくれっきとした罰が降り、気も楽になりますよね?」
なんてやつだ。人の罪悪感を利用して、自分にとって都合のいい条件を飲ませようとしている。
間違っても聖女が行っていい所業ではない。
(なんだか、先代聖女が正しい気がしてきたぞ。教育の仕方は間違っているが、これは教育が必要だな)
こんなぶっ飛んだ聖女と今後旅をしなければならないのか。アリイはそう思いながらも、この場を丸く納まらせるためにアーメスに話しかける。
出来れば、この提案を呑んでサッサと終わらせてくれ。そう思いながら。
「して、セリーヌはそう言っておるが?」
「........分かりました。金輪際、セリーヌには近づきませんしこの場で起きたことは墓場まで持っていきます」
「神に誓って?」
「えぇ、神に誓って」
これほどの狂信者が神の名の元に誓ったのだ。少なくとも老いて約束を忘れるその日まではセリーヌも安泰だろう。
本当にこれでよかったのかという疑問こそ残るが、元々はアリイが苛立ちを覚えたからやっただけの事。
アーメスに謝罪させた時点で、アリイの目的は終わっている。
何故かその船にサラッと乗り込んだ聖女もいるが。
「フハハ。では帰るか。先代聖女よ。1人で帰れるか?」
「帰れます」
「そうか。では、先に失礼させてもらおう。行くぞ、強欲の聖女」
「ちょ、私のどこが強欲なのですか」
「むしろ、このやり取りの中で強欲でなかった部分が一つもないのだが?全く、これだから神への信仰心が〜とか言われるのだ。セリーヌが悪い」
「酷いです!!折角私を庇ってくれたアリイ様に感謝を伝えようかと思ったのに、その気が無くなってしまいましたよ!!」
「フハハハハ!!強欲な聖女の感謝など要らんわ!!どうせ口だけなのだからな!!本当に感謝しているならば、その欲を少しでも抑えろ!!」
「無理です!!私は欲に忠実な人間なので!!」
「ダメでは無いか!!」
ギャーギャーと喧嘩しながら消えていくアリイとセリーヌ。その後ろ姿を見ていたアーメスは、静かに起き上がると周囲を見渡して呟いた。
「これが勇者の力........?凄まじいですね」
そこには、アリイの拳の衝撃によって半径500m程が更地となった大地だけが残っているのであった。
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