お守り


 先代聖女と一悶着こそあったものの、その後はとても穏やかな日々が流れた。


 旅をするにも最低限の身分は必要という事で、冒険者の階級を銅級へと上げようと今日も依頼を受ける。


 好奇心旺盛なアリイは、魔物を狩るよりも街の中でも問題事を解決する依頼を選ぶことが多かった。


 勇者としての建前ではなく、本当に“この仕事はどのような感じなのだろうか”という好奇心から仕事を選んでいるのである。


 例えそれが、金にならなかったとしても。


「フハハ。この我がドブさらいをする日が来るとはな。これはこれで新鮮で楽しいぞ」

「........はぁ。全く金にならない仕事を受けてどうするのですか。この国にいる間は勇者としての立場もありますし見逃しますが、他国へ行った時は割のいい仕事をやりますよ?でないと、路銀に困ります」

「その言葉が冒険者としての言葉ならば納得はできるが、仮にも聖女が言うと笑えんな。人を救うのが聖女の仕事では無いのか?」

「私は神ではありませんので、慈悲の心だけでは動きませんよ。余程のことがない限りは対価を要求します」


 無償で助けることが必ずしも善という訳では無い。


 セリーヌはそれを建前にして、割に合わない仕事は今後受けないと言い切る。


 別に間違った考えでは無い。仕事もなく、この日を食いつなぐのに必死な人々に、ただ飯を恵むだけでは善とは言えない。


 仕事を与え、安定した生活を送れるようにすることこそが必要であり、その対価として労働力をもらう。


 それが正しき善の在り方。しかし、言い方があまりにも悪すぎる。


 魔法を使いながら自分が汚れないようにドブさらいをするセリーヌを見て、アリイは静かにため息をついた。


(まぁ、本当に困っている人には手を差し伸べてしるし、我がぶつくさ言うことでもないか)


 リンの母のように、本当にどうしようもない場合には無償で手を貸している事は街の人々からの話で知っている。


 セリーヌは間違ってもそのことを口にはしないが、ちゃんと聖女としての仕事をしているだけマシだと言えるだろう。


 むしろ、下手な聖女よりも聖女らしい。その口の悪さと強欲さを見てしまっては聖女と呼びたくは無いが。


「そう言えばあの後先代聖女が絡んできたりはしておらぬか?」

「あの人は約束事は必ず守る人なので、問題ありませんよ。他人に厳しく、そして自分にも厳しい人ですから。神の話になると話が通じませんが、その他は割と普通です。神の名を出さない限りは、よくできた人なんですよ」

「フハハ。先代聖女は何故その人としての部分をセリーヌに教えなかったのだ。神よりも大切なものがあるというのに。神の教えばかりを説いたせいで、こんなにも強欲な聖女が出来上がったでは無いか」

「失礼ですね。私ほど清く正しい聖女もいませんよ?」


 セリーヌは自分の胸に手を当てると、可愛らしく首を傾げる。


 自分でそれを言ってしまっている時点でアウトだ。真に清く正しい聖女であるならば、そこは謙遜するべきである。


 先代聖女との一悶着が起きたのは1週間ほど前。あれからアーメスは一度たりとアリイ達の前に現れることは無かった。


 神の名の元に誓った約束事だ。それを敗れば、アーメスは神の信奉者ですらなくなる。


 プライドをバキバキにへし折られたアーメスが最後に縋れるのが、その約束事を守るという事。


 セリーヌはそれを見越した上で、条件を投げつけたのだ。


(敵に回したくないタイプの人間だな。人の心理というものをよく分かっている。それを堂々と利用するあたり、やはり聖女の名にはふさわしくないがな)


 その後も軽い話をしつつドブさらいをするアリイとセリーヌ。


 魔王(勇者)と聖女がドブさらいをするという光景に、人々は感激し噂を広める。


 アリイは単純に楽しそうだからと選んだ仕事であったが、こうして知らずの内に評価を上げていた。


 尚、セリーヌは街での評価が上がることを見越してアリイに付き合っている。聖女よりも魔王の方が純粋であった。


 ドブさらいの仕事を続けていると、そこに駆け寄ってくる少女が1人。


「あ、ゆーしゃさまとせーじょさまだ!!」

「む?おぉ、リンではないか。久しいな」

「あら、リンちゃんにお母様。お久しぶりです。体の調子はどうですか?」

「お陰様で仕事に戻れました。本当にありがとうございます」


 以前、アリイの街案内をしてくれた小さな癒しリンとその母アンがやってきたのだ。


 アンはセリーヌに深々と頭を下げ、セリーヌはそな様子を見て問題なさそうだなと思いつつもこっそり魔法をかけておく。


 1人の元気な少女を育てる母は大変だ。ましてや、父が既に無くなっているとなれば倒れる訳には行かない。


 また倒れられても困る。セリーヌはそう考えたのだ。


「........ほう?」

「黙っていてくださいね」

「フハハ。ちゃんと聖女らしいところもあるのだな。表向きは」

「うるさいですよ」


 こっそりアンに魔法をかけていたところを見逃さなかったアリイは、小さく声を上げながらセリーヌを見る。


 セリーヌは恥ずかしかったのか、少し顔を赤くして下を向いた。


「ゆーしゃさま!!明日、お花を取りに行くの!!」

「ほう。そう言えばそんなことを以前も言っていたな。確か、森の中へと入るのだとか」

「うん!!毎年この時期に咲くお花があって、それを取りに行くの!!そして、おとーさんのお墓に添えるんだよ!!」

「........フハハ。きっと父君も天の国で喜んでいることだろうよ。我が子からの贈り物を喜ばぬ親は居らぬからな」


 元気いっぱいなのはいい事だが、流石に死人への供え物の話まで元気に語られると反応に困る。


 アリイは“子供はこういう所があるよな”と思いつつも、その父が娘にどれだけ慕われていたのかを理解して優しくリンの頭を撫でた。


 きっと、良き父親だったのだろう。世の中には子供に恨みを買って殺される親もいる中で、娘のことを大切に思っていたことは間違いない。


「もうそんな時期ですか。今年も冒険者の方々が護衛を?」

「えぇ。毎年リンに付き合ってくれる方々が居ますので。それに、旦那は冒険者でしたからね。あの人は優しかったので、多くに人に慕われていたみたいです」

「私がまだ見習いの頃に何度かお会いしましたが、確かに優しい方でしたね。父の温かさとはこのようなものなのかと実感した記憶があります」

「ふふふ。きっと旦那も聖女様だとは思っていなかったでしょうね。夜中に教会を抜け出して遊び歩いていた問題児だと思っていたはずですよ」

「やめてください。勇者様もいる前で、私の過去の話をしないでくださいよ」

「なんだ?セリーヌはそれ程までに問題児だったのか?」

「えぇ、なんでも──────」

「わー!!アンさん!!お願いですから話さないで!!アリイ様も聞こうとしないでください!!乙女の秘密を聞きたがる人はモテませんよ!!」


 アンがセリーヌの過去を話そうとすると、セリーヌは顔を真っ赤にしながらワタワタと手を振って大声をあげる。


 一体どれだけ聞かれたくない事をやらかしたのか。アリイはその事が少し気になり、そして“失敗作”と呼ばれてしまう理由を何となく察した。


 アーメスは、この問題児に余程手を焼かされたのだろう。少し口調が厳しくなるのも仕方がない気もする。


 それでも、失敗作は言葉が過ぎるが。


「フハハ。そうだ、リンよ。街の外に出るのであれば、これを持っていくといい」

「ん?なにこれは」


 セリーヌにも人に言えない過去があるのだなとアリイは思いつつ、世話になったリンにあるものを手渡した。


 それは、小さなペンダント。漆黒の少し変わった形をしたペンダントである。


「ちょっとしたお守りだ。リンには世話になったからな。その礼とでも思っておくがいい」

「分かった!!」


 リンは元気よく返事をすると、そのペンダントを首から下げる。


「似合ってる?」

「フハハ。とても似合っておるぞ」


 サメの形をしたペンダント。幼き少女には少しカッコよすぎるそのペンダントを見て、リンは嬉しそうにするのであった。

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