冒険者って難しい。
無事に冒険者となったアリイとセリーヌはその翌日、旅に出る前に冒険者としての仕事をちゃんと把握しておこうという事で街の外に来ていた。
冒険者の仕事は多岐にわたるが、その中でも多いのが魔物の討伐である。
魔物とは、体内に魔石と呼ばれる魔力の結晶を持った存在の事。動物とは違い、高い知能を持ったドラゴンや人間の何倍もの強さを持った者が存在している。
ちなみに、この世界の分類上アリイは魔物と同義である。体内に魔石があり人の見た目こそしているものの人とは違った存在。
セリーヌはこの世界に、聖女でありながら魔物を勇者として召喚しているのだ。これは、前例がないほどに大問題であり、信仰深い者が知ったら悪として討伐せよと声を上げるだろう。
もちろん、バレるようなヘマはしないが。
「フハハ。初めて外に出てみたが、思っていたよりも普通であったな。我のいた世界と景色は何ら変わらん」
「血の川が流れ、植物が赤黒く染まっているとでも思っていたのですか?」
「そこまでは言っておらんが、多少違っているかと期待した節はある。少々ガッカリだな」
初めての異世界。初めての街の外。
もう自分の世界のことは一旦忘れてこの世界を楽しもうと決めていたアリイからすれば、見慣れた景色しかないこの光景には少しガッカリなのも仕方がない。
しかし、この世界の未知に対してとても楽しそうであった。
セリーヌは意外と可愛いところもあるんだなと思いつつ、この聖都から少し歩いた場所にある森を目指す。
森には魔物が多く生息しており、更には木々も生える資源の宝庫。大抵人の住む場所の近くには、このような森や魔物が出てくる場所がある。
「それにしても、リンちゃんに懐かれるとは思っていませんでしたね。あの子、本能的に危険な人と優しい人を見分けるので、アリイ様には懐かないと思っていたのですが」
「フハハハハ!!見る目がある少女よ!!我、慈悲の塊ぞ?どれだけ人が憎かろうと、そのほとんどを苦しませずに殺してきたからな!!」
「いや、人類を滅ぼすと堂々という魔王が優しい人な訳ないじゃないですか。普通に危険人物ですよ」
昨日、リンに街の案内をされたアリイであったが、リンはアリイの事を気に入ったのか別れ際に足元に抱きついて笑顔を浮かべたのだ。
子供は大人以上に敏感だ。危険人物なのか、そうでないのかを見分ける力がはっきりとしている場合が多い。
特に、魔物が溢れ常に危険に晒される可能性が高いこの世界では。
そんなリンに懐かれたアリイ。
セリーヌからすれば、夢を見ている気分になるのも仕方がない。
「フハハ。子供は良くも悪くも純粋だからな。我を魔王と知りながら“おじさん、クソダサい”とか言われた時は流石に堪えたわ。割とマジめに凹んだぞ」
「向こうの世界のお話ですか?その子はきっと大物になりますよ。魔王相手にそんな言葉が言えるだなんて、将来有望です。ちなみに、何をしたのですか?」
「む?確かあの時は我が勇者を倒す劇をやったな。だが、最後の決めポーズがあまりにもダサかったらしい。途中まで大盛り上がりだったのに、一気に空気が凍てついたわ。我の人生の中でも、五本の指に入る空気の氷付き方であった」
余程その記憶がトラウマなのだろう。普段ならば“フハハハハ!!”と言って笑い飛ばすはずのアリイの顔は、若干青ざめていた。
(すごく見てみたいけど、流石に聞けないですね........)
そのクソダサいと言われたポーズが気になって仕方がないが、思い出して凹んでいるアリイに死体蹴りはできない。セリーヌはちゃんと空気が読める聖女なのだ。
子供に“クソダサい”と言われて本気で凹む魔王なんて存在するのか。
セリーヌは、何となくリンがアリイに懐いた理由が分かった気がした。
しばらく舗装された街道を歩く。
その間もアリイとセリーヌはお互いの話をして、お互いの理解に務めた。
まだ出会って3日目。まだ知り合い程度でしかない2人は、お互いのことを理解していない。
唯一お互いに分かっているのは、その肩書きがあまりにも似合ってない事ぐらいである。
普通に歩いていると、近くの草むらが大きく揺れた。
「ふむ。遂にこの世界の魔物とご対面か。気配は感じ取ってはいたが、奇襲するつもりか?」
「弱い気配ですね」
「グギギ!!」
2人の前に現れたのは、ゴブリンと呼ばれる魔物。
子供はどの大きさに緑色の肌と醜い顔。棍棒を持ってはいるものの相手が魔王と聖女ではあまりにも心許ない。
そんな、運のない可哀想なゴブリン。
アリイは“元いた世界とほぼ変わらんな”と思いつつも、念の為にセリーヌに確認した。
「セリーヌよ。あれはゴブリンか?」
「よくわかりましたね。ゴブリンですよ。最下級魔物と呼ばれる、いちばん弱い分類の魔物です。とは言えど、大人一人ぐらいなら倒せますがね」
冒険者に階級があるように、魔物にも階級が存在している。
一番下から最下級、下級、中級、上級、最上級、終焉級の六分類だ。
ゴブリンはもちろん最下級。魔王ともなれば、終焉級魔物に分類される。
魔物の中でも最も弱い部類のゴブリンが、恐れを知らずに自分たちの前に飛び出してきたことに対してアリイは思わず笑ってしまった。
「フハハハハ!!魔王と聖女の前に現れるとは勇敢な事よ!!どれ、逃げられる前に仕留めるとしよう」
「消滅させない─────」
「ほれ」
パァン!!
デコピンによって飛ばされた魔力が、ゴブリンの頭を弾き飛ばす。
首なしとなったゴブリンは、血を吹き出しながら地面に倒れてしまった。
「フハハ。このぐらいの加減ならば問題ないか?どうだセリーヌよ。これならば冒険者として我も─────」
「こんのおバカ!!頭を吹き飛ばしたら素材が台無しになるじゃないですか!!ゴブリンの素材は魔石と牙!!そして、討伐証明部位は耳ですよ?!全部吹っ飛ばしてどうするんですか!!」
ちょっとドヤ顔しながらセリーヌを見たアリイであったが、返ってきた返事は怒鳴り声であった。
元々は貧困層に生まれたセリーヌは、金になるものを台無しにされるのが嫌いである。湯水の如く金を無駄遣いする輩も嫌いだし、できる限り節約したいタイプであった。
対するアリイはあまりそこら辺は考えないタイプである。もちろん、多少の計画性は持つが銅貨の数枚程度ならば損切りするのだ。
「冒険者ギルドの素材買取を見てなかったんですか?!」
「い、いや、見てた........」
普段の大人しい雰囲気からは考えられないほどの圧と剣幕。
アリイは人生で初めて、ただの人間に気圧された。
「なら、頭を吹き飛ばさずに素材を残してくださいよ!!あー、もったいない。牙と耳だけでも銅貨数枚はあったのに........」
「え、えーと........次からは気をつける。済まない」
アリイは既に千年単位で生きてきている魔王。流石にこの場面で“銅貨数枚程度いいでは無いか”とは言えない。
もし口に出したその日には、十字架の鎌がアリイの首を刈り取りに来るだろう。
それに、冒険者として金を稼ぐのであれば確かにセリーヌの言う通り素材は残すべきであった。
今回はアリイの方が悪いので、素直に謝る。
王として頭を下げるのは愚策だが、あいにくここはアリイの知る世界ではない。頭を下げて丸く収まればそれでいいのだ。
「........はぁ。次から気をつけてください。私も少々熱くなりすぎました」
「うむ。気をつけよう」
冒険者って難しい。
基本なんでも出来てしまうアリイは、その難しさに少しだけ楽しさを覚えるのであった。
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