異世界魔王、冒険者になる


 冒険者ギルドにやって来たアリイ達は、取り敢えずこの冒険者ギルドで一番偉いギルドマスターの部屋に通された。


 相手は聖女と勇者。冒険者ギルドがどこの国にも属することは無い組織とは言えど、その国家に合わせた対応が取られるのは仕方がないことである。


 リンは流石に連れて来れないので、リンのことをよく知る冒険者達が面倒を見てくれていた。


 リンは人懐っこく、それでいて素直な性格であり誰からも愛される節がある。ましてや、心穏やかな人達が多いシエール皇国の聖都にいる冒険者ともなれば彼女の可愛さに頬を緩ませるのだ。


 今頃、冒険者達の餌付けが始まっているだろう。


「お久しぶりです聖女様。遂に勇者様を召喚されたのですね」

「はい。魔王が降臨してから1年。あまりにも凄まじい被害に、シエール皇国も重たい腰を上げました。あまり派手にやりすぎると他国からの反感を買うこととなるので、様子を見ていたのですがね」

「仕方がありませんよ。今代の魔王は特に強いと聞きますし。それで、こちらの方が勇者様ですね。初めまして。シエール皇国聖都シエル支部のギルドマスターグラガスと申します。宜しくお願い致します」

「異界から召喚された勇者アリイだ。短い付き合いだとは思うが、よろしく頼むぞギルドマスターよ」


 少し太り気味で中年より歳をとっているギルドマスター。


 パッと見はそこら辺のチンピラにカツアゲでもされていそうな見た目だが、アリイの目にはその中にある強さがしっかりと見て取れる。


 聖騎士団長や聖女と比べれば明らかに弱いが、かつては戦士として戦っていたのだと分かるだけの強さが残っていた。


 事実、アリイの圧に全く怯みもしない。


(かつては強かったのだろうな。老いとは残酷なものだ)


 アリイは人の短い寿命に憐む。寿命がもっと長ければ、老いがもっと遅ければ、きっとギルドマスターはまだ現役として剣を握っていただろう。


「それでですねギルドマスター。私達の冒険者登録をお願いしたいのです。もちろん、冒険者規則に則った方法でお願いしますね。聖女ともあろう人が、権力に物を言わせて好き勝手にしただなんて話が広まっても困りますし」

「あはは。相変わらずですね聖女様は。もちろん分かっておりますよ。簡単な試験をした後、鉄級冒険者から始めて頂きたいと思います。あ、試験とは言いますが、簡単な戦闘力を測るだけですのでご安心を。落ちることはありませんよ」


 冒険者には階級が存在している。


 一番下から鉄級、銅級、銀級、金級、白金級、ミスリル級の六段階に分類されている。


 冒険者ギルドの規定により、最初は相手がたとえ王族であろうとも鉄級からスタートするのだ。


 鉄級冒険者は見習として扱われ、銅級冒険者から一端の冒険者として認められる。


 旅をするならば、最低限銅級冒険者にはなっておきたいところだ。


 冒険者の階級を何も知らないアリイは、その説明を受けたあとに試験内容を聞く。


「フハハ。試験か。具体的には何をするのだ?」

「試験官と簡単な戦いをしてもらいます。そこで大体の強さを図ることで、事故を無くそうとするのが冒険者ギルドのやり方です。未来ある新人を無茶な戦いの中に放り込んで殺してしまう訳には行きませんからね」

「なるほど。それは確かにそうだな。人材も無限ではない。一つ一つを大切に育てるからこそ、意味があるというものだ」

「昔は、英雄に憧れて無理をして亡くなった新人冒険者が大勢いたと聞きますしね。時代に合わせて規則も変わる。同じ過ちを繰り返さないようにと考えられていますね」


 そういう割には戦争は何も生まないという事を学びませんが。


 セリーヌはその言葉を飲み込んで、静かに席を立つ。


 簡単な話し合いが終われば、あとは試験のみ。


 ギルドマスターの案内の元、アリイ達は冒険者ギルドの裏にある訓練場に案内された。


「おーい、バッカル!!試験をやってくれ」

「あ?おぉ、聖女様じゃないか。どうした?お菓子でも貰いに来たのか?」

「バッカル。私は子供ではありません。十字架の元に叩き潰しますよ?」

「アッハッハ!!相変わらず口が悪ぃな!!それでこそ俺たちの聖女様だぜ。先代聖女様もいい人なんだが........あの人はちょっと狂信的すぎるからなぁ」


 赤と黒の混じった立髪に、金色に輝く目。そして鍛え上げられたその肉体は、長年の修練によってできた努力の結晶。


 バッカルと呼ばれた白金級冒険者は、ケラケラと笑いながらセリーヌを小馬鹿にした。


 その光景は、妹をからかう兄のような優しさがある。


「で、試験をやればいいのか?誰の?」

「聖女様と勇者様だ」

「あー、そう言えば勇者様を召喚するとか何とか言ってたな。それがこいつ........えっとこのお方か?........ですか?」

「フハハハハ!!無理して敬語を使わなくてもよい!!所詮我も殺せば死ぬ生き物に過ぎないのでな!!」

「お、そうか?ならそうさせてもらうよ。白金級冒険者、バッカルだ。試験はどうせ受かるんだから気楽にやろうぜ」

「フハハ。アリイだ。そうだな。気楽にやらせてもらうとしよう」


 ガシッと握手を交わすアリイとバッカル。


 アリイの圧にもビビらずニッと笑うバッカルを見て、アリイは“若いっていいなぁ”と心の底から思った。


 パッと見年齢は20代前半。それでいながら爽やかな好青年ともなれば、アリイもその爽やかさに目を細める。


「んじゃ、早速始めようぜ。怪我しない程度に加減はしてやるから、ドーンと来い!!」

「フハハ。では遠慮なく行かせてもらうとしよう」


 少し楽しくなってきたアリイ。そんなアリイを見て、セリーヌは小さな声でアリイに囁く。


「アリイ様。頼みますから手加減してくださいね。怪我を負わせてはダメですよ」

「フハハ。分かっておるとも。怪我をさせる程度にな」


 ここでバッカルを間違って殺してしまっては、騒ぎとなってしまう。今はまだ大人しくしておいた方が賢明だと分かっているアリイは、できる限りの手加減を持ってしてバッカルの前に立った。


「好きに攻撃していいぜ」

「フハハ。では、行かせてもらうとしよう」


 刹那、アリイの姿が掻き消える。


「────っ!!」

「受身は取るのだぞ」


 次の瞬間、アリイはバッカルの頭を鷲掴みにして足を跳ね上げた。


 いつの間に自分に接近したのか、どのように自分の視界から消えたのか。わけも分からず体が宙に浮かぶバッカル。


 アリイは特段何もしていない。ただ真っ直ぐ近づいて頭を掴んだだけだ。


 そして、足を払っただけ。


 ただそれだけの動作があまりにも高速すぎて、バッカルの目には見えなかったのである。


 この場で唯一アリイの動きが見えていたのはセリーヌただ1人。セリーヌは“やりすぎだ”と思いつつもアリイが強い事を喜んだ。


 戦闘訓練の指導が必要ないということは、セリーヌの仕事が減るということ。


“お仕事へったぜやったー!!”と内心大喜びである。


 ドン!!


 と、地面に叩きつけられるバッカル。


「グッ........!!」

「フハハ。しっかりと受身を取ったな。これが白金級冒険者か。中々に強い」

「ゴホッゴホッ。よく言うぜ。俺が手も足も出なかったことなんて、そこの聖女様ぐらいなんだがな」

「アリイは私よりもおそらく強いですよ。貴方が勝てるわけないじゃないですか」

「ヘッ、この腹黒聖女が。全部分かってたな?」

「さぁ?何の話ですかね。私は穢れを知らぬ聖女ですよ?お腹の中が黒いだなんてことある訳ないじゃないですか」


 その後、子供と茶化された事が余程気に触ったのか、バッカルはセリーヌの試験でボコボコにされた。


 それを見ていたアリイは“間違っても子供扱いでからかうのはやめよう。少女ではなく、ちゃんと名前を呼ぼう”と思い直すのであった。




【冒険者の階級】

 冒険者の階級は六つに分けられており、下から鉄級、銅級、銀級、金級、白金級、ミスリル級となっている。白金級までは努力と少しの才能があればなれると言われているが、ミスリル級は完全なる別次元。世界にたった7人しかいない。

 尚、ミスリルとはこの世界の鉱物のひとつ。

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