冒険者ギルド


 何の変哲もないナイフを1本買ったアリイ達は、鍛冶屋を後にするとリンの案内の元更に街を回る。


 そして、暫くするとひとつの大きな建物に辿り着いた。


 剣と盾が描かれた看板が立つ建物。


 アリイはここはどんな店なのだろうかと首を傾げると、リンが元気よくこの建物の名前を告げる。


「ここは冒険者ギルド!!冒険者さんが沢山いるの!!」

「ほう。先程の鍛冶屋で少し話していたな。冒険者とはなんなのだ?」

「冒険者とは簡単に言えば何でも屋です。魔物の討伐や薬草の採取、商人の護衛や戦争時の傭兵等様々な仕事を請け負う組織です。全世界に展開された国家に属さない巨大組織であり、人々の生活には無くてはならない場所ですね。アリイ様の世界には無かったのですか?」

「似たような組織はあったな。我の世界では探索者と呼ばれていた。やっている事はドブさらいや魔物の討伐、少女の言うような“何でも屋”であった。戦場でよく見かけたわ。というか、なぜ先程の授業で教えん。重要な組織だろう?」

「どうせ街案内の時に説明するので、面倒で飛ばしました。二度手間です」


 ふざけるなよ怠惰な聖女め。アリイはセリーヌの適当さに呆れ果てた。


 世界が違えば組織も違う。しかし、似たような構造を持つ組織は存在している。


 異世界も自分の居た世界も似たような事考えるのか。と、アリイは思いつつも自分とは関係の無い組織だと決めつけた。


 異世界の魔王ではあるものの、今の立場は人類の救世主たる勇者。冒険者のような何でも屋では無いため、所属する意味が無い。


 そう思っていると、セリーヌがポツリと呟いた。


「ちなみに、私達も旅に出る前に冒険者になりますからね」

「む?なぜだ?」

「路銀はどうするのですか。私達は世界を救う旅に出ますが、必ずしも他の国で歓迎される訳ではありません。魔王討伐と言うのは、それだけで国の価値を高める称号ですからね。事実、シエール皇国も何度も魔王討伐をしているからこそ存続している訳ですし」

「人は欲深いな。それで?」

「シエール皇国から支援金は支払われますが、どうしても限度があります。他国からの支援は見込めないとなると、自分達が稼ぐしかありません。それと、先程も言った通り、私達を疎ましく思う存在もいるのです。身分を隠せる仮の身分が必要となります」

「フハハ。なるほど。要は少女が聖女と名乗るのが面倒なのだな?」

「人聞きが悪いですね。別に“聖女じゃなくて冒険者の方が面倒事が少ないし、取り繕わなくていいから楽だやったー!!”とか思ってませんよ」


 否、口にしてしまっている時点でそう思っているのである。


 本当にこの国はなぜセリーヌを聖女にしたのか不思議でならないアリイ。しかし、彼女が建前として言っていることも事実である。


 魔王討伐という功績は、それだけで国のステータスとなる。


 そんな美味しいステータスを狙う国は多く、異界から勇者を召喚せずとも自国から勇者と名乗るものが魔王討伐に向かうケースは少なくない。


 そんな自国の利益を齎してくれる者を送り出したというのに、商売敵に支援金など渡すわけもないだろう。


 人類の存続を考えるのであればアリイ達も支援してやるべきなのだが、生憎人という生き物は欲に塗れたクソに群がる蝿と同じ。


 清く正しい人間など、産まれたばかりの赤子ぐらいしか存在しないのだ。


「フハハ。我が雑用係か。悪くないな。少しばかり楽しみだぞ」

「意外ですね。てっきり、何でも屋だなんてやってられるか!!とか言うかと思いましたが」

「言って何になる。変なプライドなんざそこら辺の犬に食わせればいいのだよ。それと、仕事を受けて金を稼ぎ旅をする。悪くないでは無いか。休暇には持ってこいの楽しみだな」


“フハハハハ!!”と大笑いするアリイ。


 王たる人物が、ノリノリで冒険者になろうだなんてこの世界では考えられない。


 世界が違えば常識も変わるものなのかとセリーヌは勝手に納得すると、どうせなら登録を済ませてしまおうとギルドの中に入る。


 冒険者ギルドに入ると、そこには様々な武器を持った冒険者達が溢れていた。


 大剣を背負った大男に、杖を持った魔法使いの女性。他にも、武闘家の格好をする人やどこからどう見ても盗賊にしか見えない姿をした人物もいる。


 彼らは堂々と正面からギルドに入ってきた小さくも美しい聖女に気づくと“聖女様だ”と、驚きはしつつも声は掛けなかった。


 この国の冒険者達は空気が読めるのである。


 セリーヌは自分と手を繋いで機嫌のいいリンとキョロキョロとギルドの中を見るアリイを引連れて、知り合いの受付嬢に話しかけた。


 オレンジ色の長髪と、澄んだ青い目。ギルドの受付嬢ということもあって、その見た目は誰もが美しいと感じる美貌を持つ。


「お久しぶりです。エレーナさん」

「あら、急に静かになったかと思えば、セリーヌ様じゃない。なんの用?冒険者達を驚かせたくて来ただけなら帰っていいわよ」


 聖女を聖女とも思わぬ無礼。国が国ならばエレーナは即刻その場で首を跳ねられていた事だろう。


 しかし、この国は緩い宗教国家。聖女の友人ということもあって、特に彼女を咎める人はいない。


「相変わらず冷たいですね。そんなんだから、男ができないんですよ」

「ふふふっ、久々に来たかと思えば喧嘩を売りに来たの?いいわよ買ってあげるわ。聖女様に女が何たるかを叩き込んであげましょう」

「私も女ですよ?」

「女というか、女の子でしょ。未だにそんな小さくて可愛らしい姿をしているんだから」

「気にしてるので言わないでください。何故か身長が伸びないのです。最近はリンちゃんにも抜かれてしまうのではないかと焦っています」


 セリーヌは身長がかなり小さい。15歳と、この国では成人の年齢ではあるものの隣に立つリンよりも僅かに大きい程度であった。


 身長が190以上もあるアリイとは頭二つ分も違う。


 セリーヌは、自身の身長についてコンプレックスを抱えているのだ。


「私の方が大きくなるの?」

「えぇ、間違いなく大きくなるわよ。それで、なんの用かしら。リンちゃんの護衛についてなら、もう少し先の話だと思っていたけど?」

「その話ではありませんよ。彼と私の冒険者登録をお願いしたいのです」


 セリーヌはそう言うと、いつの間にか依頼が張り出されている掲示板で依頼を眺めていたアリイを指さす。


 異世界の話とは言えど魔王なのだから少しは大人しくしてくれ。と、思いつつもアリイの好奇心を抑えることは無理だと分かっているので何も言わない。


 間違って口を滑らせて自らを“魔王”とさえ名乗らなければ、今はそれでいいと思っている。


「あの背の高い人?」

「はい。昨日、勇者召喚を致しまして、この世界に呼ばれた人類の希望であるお方です。少々変わった方ですが、今のところは優しい人ですよ」

「中々イケメンじゃない。狙ってみようかしら?」

「やめておいた方が賢明ですよ。魔王を討伐すれば、彼は元の世界に返されてしまいますからね。それと、早い段階で旅に出るつもりなのでそんなに話せる機会はありませんよ」


 友人が魔王の嫁になるだなんて冗談じゃない。


 セリーヌは友人が悪い男に引っかからないように忠告をしておく。


「あらそう。ならやめておくわ。とりあえず、お疲れ様。勇者様がこの世界に現れたということは魔王も討伐されたも同然ね。世界が平和になるわ」

「あ、あはは。そうですね。平和になるといいですね 」


(その勇者、魔王を討伐した後に人類を滅ぼすとか言ってますけどね。後、異世界の魔王です)


 何も事情を知らないエレーナからすれば、世界を救う勇者に見えるだろう。


 しかし、事情を知るセリーヌからすれば、いつ爆発する時限爆弾なのか分かりもしない。


 もちろん、この場でそんなことは言えないのでセリーヌは乾いた笑みを浮かべて適当に話を合わせるのであった。




【冒険者ギルド】

 世界各地に存在するどこの国にも属さない巨大組織。荒くれ者や力だけが取り柄の者達などに仕事を斡旋するために作られた組織であり、様々な国との連携を取れるように世界各地に広がった。

 現在では国になくてはならない組織のひとつとなっており、冒険者ギルドに所属する者は“冒険者”と呼ばれている。

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