花言葉


 幼き少女リンの案内の元、セリーヌとアリイは街を歩く。


 この世界の希望となる勇者にも慣れたのか、恐れ知らずな少女は相手が魔王だとも知らずにニコニコと笑顔を浮かべながら街の中を案内した。


「ここは武器屋さん!!剣やナイフ、他にも色々なものが売ってるよ」

「ほう。武器屋か。我には必要のないものではあるが、気にはなるな」

「見ていきますか?武器屋というか、鍛冶屋ですが」

「いや、流石に子供がいる中で行くのは非常識だろう。また暇が出来たら行くとするか」

「ん?入らないの?ここのおじちゃん、怖い顔をしてるけど優しいよ!!」

「フハハ。別に店主が怖い怖くないの話はしていないのだがな?」


 子供は上手く話が通じない。話が二転三転するのは当たり前であり、こちらが言いたいことも察してくれない。


 魔王国と人間の戦争で親をなくした魔族の子供達もこんな感じで上手く話が出来なかったなとアリイは思いつつ、武器屋に入りたそうにしていたリンを見て一緒に入ることにした。


 アリイは武器防具を使わない。その拳が武器であり、己の肉体が防具である。


 神が創成したとまで言われた聖剣を片手でへし折り、神の祈りによって授けられた魔法をその身一つで耐え切る。


 そんな力を持っているならば、武器なんて使わなくともなんとでもなるものだ。むしろ、武器を使った方が弱いまである。


「おじちゃん!!ゆーしゃさまとせーじょさまを連れてきたよ!!」

「ん?おぉ、リンじゃないか。それに聖女様と........勇者様?そう言えば、魔王が生まれたとか言って勇者召喚をするとか言ってたな。それか?」

「そうですよ。ヴェルおじさん。この方が人々の希望たる勇者アリイ様です」

「フハハハハ!!我はアリイだ。よろしく頼むぞ店主よ」

「ん、よろしく頼むよ勇者様。まさか、生きている間に勇者様を見る日が来るとはねぇ。昔、おとぎ話の勇者に憧れてこの店の剣を振り回して親父に怒られたっけ」

「フハハハハ!!幼い頃は皆そんなものだ。なにかに憧れ、それになろうと見様見真似で見栄を張る。それが人を大きくするのだよ」


 セリーヌはその言葉を聞いて“アリイも昔はなにかに憧れたのだろうか”と考える。


 魔王であり、人が嫌いと言う割にはこの場に馴染みすぎている。そんな何も分からない魔王は、かつて子供の時にどんな夢を見たのだろうか。


(多分、今聞いても教えてはくれないでしょうね)


 この2日間で何となくアリイの性格は分かっている。思慮深く相手を素直に認められるだけの器がある。


 しかし、自分の事は多くは語らない。魔王が住んでいた世界のことも多少は聞いたが、魔王の過去に触れるような話はほぼして居ない。


(アリイも夢を見たのでしょうか?)


 異世界の魔王は幼少期にどんな夢を見たのか。いつの日か聞いてみようと思ったセリーヌは、チラリと店の中を見渡す。


 いつものように飾られている綺麗な剣。両刃となっている剣は、太陽の光を浴びて銀に煌めいたていた。


「ふむ。普通の剣だが、しっかりと丁寧に作られているな。しっかりとした拘りを感じる悪くない剣だ」

「お、分かるか?コイツは俺が打った剣でな。俺はどんなものを作る時も丁寧に手を着くことなく作ることを意識してるんだ。それに意味があるかは知らんけどな」

「フハハ。はっきりいって無いだろう。店主よりも腕のある鍛冶師が寝起きで作った方がまだマシだろうな」

「そ、そうか........」

「フハハ。魂が籠っているからと言って剣の質が良くなる訳では無い。多少の違いはあれど、絶対的な技量の差は覆せぬ」

「ちょっと──────」


 容赦なくぶった斬るアリイに対して、セリーヌは眉を潜める。


 いくらなんでも言いすぎだ。たとえ事実だとしても、もう少し気を使って言うべきだろう。


 苦言を言おうとしたセリーヌだったが、その言葉はアリイによって遮られる。


「だが、その丁寧さが自らを磨く。誇れ、そして決してその心を忘れるな。いつの日か、その剣が聖剣となる日が来る。その日が来たら、店主は聖剣の創造主だ」

「........ただの剣が聖剣になるとでも?」

「フハハハハ!!なるのだよ店主よ。我が知る限り、自らを磨き続けその極みに立った鍛冶師は聖なる剣を生み出した。そいつは才能も技術も平凡であったが、鍛冶への心だけは確かでな。齢70にして聖剣を生み出したのだ」


“まぁ、その聖剣を我がへし折ったんだけど”アリイはそんな言葉を飲み込んで笑う。


 努力が必ず実るとは限らない。しかし、努力をしないものに運命の女神は微笑まない。


 それを知るアリイは、ひとつの激励としてヴェルに言葉を送った。


「腐らず研鑽を続けるがいい。少なくとも、我としては好ましい剣だ」

「あ、ありがとうございます?」

「アリイ様、異界の話をされても困ります。ヴェルが困惑しているでは無いですか」

「お話、難しい」

「フハハ。ちと難しかったか?まぁ、いい。店主よ。このナイフを貰おう。何かと役に立ちそうだ」


 自分の居た世界では有名な話なんだけどな。アリイは少しだけ話が通じない事に寂しさを覚えながら、店にやってきて何も買わないのも失礼なので安めながらも丁寧に作られたナイフを一つ買う。


 この世界の通過は、鉄貨、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨の6つに分かれている。


 どの硬貨も10枚づつで1つ上の硬貨1枚と同じ価値になり、日本円で換算すると銅貨1つが100円程度となる。


 もちろん、アリイはこの世界のお金を持っていないので支払いはセリーヌだ。


 勇者への支援金は潤沢にあるため、セリーヌもナイフひとつに文句を言うことは無い。


「まいど。大銅貨五枚だ。本当は6枚なんだが、勇者様から激励を貰ったんだから1枚まけてあげるよ」

「ありがとうございますヴェルおじさん」


 大銅貨五枚をセリーヌが支払うあいだ、暇だったアリイは店主の後ろにあった一輪の花を見つける。


 もちろんだが、アリイの世界には無かった花だ。


 その花は黄色と桃色が混ざった花弁を開かせ、美しくそれでいながら静かに天を向く。


 幼い女の子と言えば、花が好きと相場が決まっている。アリイはいい話の題材を見つけたと思うと、少し放置してしまったリンに話しかけた。


「幼き少女よ。あの花はなんというのだ?」

「あのお花?アレはカパンニルってお花だよ。花言葉は“感謝と親愛”だったかな?ありがとうって言いたかったり、大好き!!って言う時にあのお花を渡すの!!アクセサリーとかもあったはずだよ!!」

「カパンニル。我がいた世界では見たことが無い花だな。それなりに知識がある方だとは思っていたが、この世界では通用せんか」


 ここで言う大好きは、愛ではなく友人としての好きだろう。


 親愛は決して愛情ではない。


「フハハ。なるほど。いい花だな。幼き少女は花が好きか?」

「うん!!お花は綺麗だし、見ていて楽しい!!あ、今度この季節にしか咲かないお花を取りに行くの!!」

「ほう?街の外にか?」

「うん!!街の外は危ないけど、毎年おかーさんのために詰んでくるの。私を守ってくれる冒険者のおじちゃんもいるし、大丈夫だよ!!」

「フハハ。いい子ではないか。母君もきっと喜んでいるぞ。その心を忘れず、母を大切にするがいい」

「そうする!!」


“冒険者ってなんだ?”という質問をなげかけたかったが、リンからは詳しい話を聞けないと思い適当に流す。


 話の流れからして護衛をしてくれる存在なのだろう。


 後でセリーヌに聞いてみるか。アリイはそう思いながら、リンの話を聞いてやるのであった。




【カパンニル】

 黄色と桃色のが混じった花弁が特徴的な花。花言葉は“感謝と親愛”。

 友人のお祝いごとに渡されることが多い花であり、世界各地に生えている花でもある。簡単な世話だけで花が開くので、ガーデニングの花としても好まれることが多い。




 後書き。

 ちゃんと子供にも気を遣える魔王様。あれ?コイツ本当に魔王か?

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