聖都
簡単な異世界についての知識を仕入れたアリイは、軽い昼食を食べたあとセリーヌの提案によりシエール皇国の聖都シエルの街に出てみる事となった。
その国の在り方を知るには、街の人々を見るのが早い。
国民の顔が活気に溢れていればその国はしっかりとした政治が行われており、国民の顔が暗ければその国の政治は国民の為になっていない。
そして、シエール皇国は前者であった。
可もなく不可もなくの教皇が治めている国にしては、かなり活気で溢れた街でありアリイも感心するほどには街の雰囲気がいい。
無理やりそのような作り笑顔をさせられているのではなく、心の底から笑顔を浮かべているのが分かる程度には国民が元気であった。
(悪くない国だ。平々凡々の王が治める国にしては、かなり上出来であるな)
宗教国家の為か白い建物が多く建ち並んでいる。太陽の光を反射して少し眩しいものの、それを上回る光が目の前にある。
自分が治めていた国もこんな感じだったと、異世界に置いてきた魔王の国を思い出しながらセリーヌと街の中をゆったりと歩いた。
「どうですか?この国は」
「ふむ。悪くない。我が想像していたよりは随分と活気がいいようだ。かつて攻め込んだ宗教国家は酷かったからな。国民の有様を見て、兵士達が同情してしまうほどには酷かった。そのイメージが強いからか、この光景は少し異様にも見えるぞ」
「シエール皇国は平等な裕福が教えですから、基本的に税が軽いんです。そのお陰でお金が周り、巡り巡って国が豊かになっています。その支払われた税も、できる限り国民に還元しようとしていますからね。ちなみに、汚職は即刻死刑です。国民に石を投げつけられ、罵声を浴びせられ、最後に首を落とされて街の中央に放置されます。死した後も唾を吐かれたりしますから、自らの懐にお金を入れようとする人はとても少ないです」
シエール皇国は汚職を許さない。敬虔なる信徒達が常に上の者を監視し、自らの懐に金を入れた際には天罰を下す。
死しても尚、辱められるのだから、神を信じるものにとっては苦痛でしかないだろう。
しかし、“とても少ない”というセリーヌの発言から自らの欲に負けてしまった人間も存在しているのだ。
人はなんと欲深い生き物なのだとアリイは、人の愚かさに呆れ果てた。
まぁ、アリイの治めていた国でも汚職はあったので、どっちもどっちだが。
「フハハ。どこの世界にも汚職という物はあるのだな。やはり、欲と言う物は抑えられるものでは無いのだな」
「その欲深さが人を成長させましたからね。七大罪のように、人々の欲は常に奥底に眠っていますよ」
「七大罪?」
「傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰。この七つが人の欲であり、人を堕落させ国を滅ぼす。と言われています。人ですから、欲があるのは仕方がありません。ですが、行き過ぎた欲は自らを滅ぼす。それ即ち人の罪。常に自制心を持つことこそが、人である秘訣です」
「なるほど。それらしい言葉を並べているが、要は欲を抑えろという事だな?」
どんな生き物にも欲はある。その欲を詳しく分類したものが七大罪。
アリイは自分の中でそう解釈しておくこととした。
「簡単に言えばそうなりますね。ですが、これらの欲を否定はしませんよ。生きている限りその欲に囚われることは仕方がない事ですから。あくまでも、その欲望に飲まれないようにしましょうという教えです」
「随分と緩い教えだな。普通は禁止するものでは無いのか?」
「禁止してどうするのですか?性欲がなければ人は繁殖しませんし、食欲がなければ人は死にますよ。結局は、都合のいいように解釈するでしょう?ならば、最初から禁止しなければいいのです。適度に発散させた方が合理的ですよ」
「フハハ。正論だな。そして、とんでもない暴論だ。宗教国家とは思えん」
こんな宗教国家ばかりであれば、少なくとももう少し世界は平和だったはず。そんなことを思いながら街をブラブラと散歩していると、セリーヌの元へとやってくる1人の少女が居た。
少女は圧のあるアリイに少し怯えながらも、セリーヌの前に立つとその手に持っていた小袋を差し出しながら小さく笑う。
「せーじょさま!!この前のお礼!!」
「あら、ありがとうございます。リンちゃん。お母様の様子はどうですか?」
セリーヌは少女の名前を呼ぶ。
アリイをこの世界に呼び出す少し前、母の容態が優れず救いを求めてきた哀れな子羊の1人であり、元気で明るい女の子。
その母とも交流があった事もあり、セリーヌとリンはそれなりに仲が良かった。
「随分と良くなったよ!!せーじょさまが祝福をかけてくれたおかげ!!これは、私からのお礼だよ!!クッキーを作ったの!!」
「ふふっ、ありがとうございます。ここで1枚頂いても?」
「うん!!」
リンと呼ばれた少女からクッキーの入った小袋を受け取ったセリーヌは、1枚のクッキーを取り出すと口へと運ぶ。
そして、ほんの一瞬体が固まった。
クッキーにしてはあまりにもしょっぱすぎる。なれない料理をして、塩と砂糖を間違えてしまったのだろう。
そして、味見すらせずにセリーヌの元へと持ってきたのだ。
(しょっっっっっぱ!!しょっぱいというか、最早辛いんですけど。リンちゃん、これはしょっぱすぎるよ)
しかし、流石のセリーヌも善意で持ってきてくれたお菓子に対して文句は言えない。今は人目も多くあり、彼女は聖女としてこの場に立っているのだ。
セリーヌは若干涙目になりながらも、精一杯の作り笑顔を浮かべてリンの頭を撫でる。
「美味しですよリンちゃん。中々悪くないです」
「本当?!初めて作ってみたから、心配だったの。良かった!!」
「えぇ、とてもお茶が欲しくなる素晴らしいお菓子です。残りは後で食べさせていただきますね」
「ん、分かった!!ところで、お隣のおじさんは誰なの?」
「勇者様ですよ。悪しき魔王を倒すため、神に選ばれた人々の希望です」
“本当は魔王ですけどね”と、セリーヌは心の中で思いながらもアリイを紹介する。
アリイも“我、異世界から来た魔王なのだがな”と思いながらも、流石に場の空気を読んで魔王とは名乗らず勇者と名乗ることにした。
「フハハハハ。我は異界から来た勇者アリイだ。幼き少女よ。よろしく頼むぞ」
「よろしくお願いしますゆーしゃさま!!ゆーしゃさまは何をしてるの?」
「む?今はこの街のことを知ろうと、聖女に案内を任せている。幼き少女よ。この街は、この国は好きか?」
「うん!!大好き!!みんな優しいし、せーじょさまも居るからとても好き!!せーじょさまは凄いんだよ?すごい力でみんなを治して、笑顔にしてくれるの!!」
「フハハ。そうかそうか。聖女はしっかりと仕事をしているのだな」
セリーヌの裏の顔を知っているアリイ。
神を信仰しないどころか神に暴言すら吐くような聖女は、随分と街の人々に慕われているらしい。
事実、話しかけには来ないものの、街の人々がセリーヌを見る目は暖かく尊敬の眼差しがあった。
その中身は十字架を振り回す(物理)脳筋だったとしても、彼らの前では素晴らしい聖女を演じているのである。
(言葉通り、仕事はちゃんとしているのだな。仕事だけは)
「せーじょさま。ゆーしゃさまを案内しているんでしょ?」
「えぇそうですね。この街のことを何も知らない勇者様に、色々と教えであげています」
「なら私も案内してあげる!!この街のことを、ゆーしゃさまにもっとして欲しい!!」
「フハハ。元気な幼き少女だ。なら、頼むとするか。小さな案内人の元、この街を眺めてみるとしよう」
「いいのですか?」
「子供の道楽に付き合うのも王の務めよ。我は親元が居ない孤児院の子供の面倒をよく見ておったわ」
仮にも魔王が子守りをしていたのか。
セリーヌは意外と空気が読める魔王に感心しつつ、リンに街案内を任せるのであった。
【勇者】
魔王が現れると異世界から呼び出される存在。太古の魔法使いがその術を完成させ、その魔法陣を管理するのがシエール皇国である。
シエール皇国はこの魔法陣から呼び出した存在だけを勇者として認めているが、実は世界には多くの“国から認められた勇者”というものが存在している。これは、魔王討伐の功績を自分達の物にしようと目論む国が多いためだ。
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