魔王のお勉強
簡単な手合わせを終えたアリイとセリーヌは、何となくお互いの実力を理解した。
セリーヌは戦闘訓練をやる手間が省けたと内心喜び、アリイはこれから旅をするであろう仲間がちゃんと強く仮初の聖女では無いことに感心する。
アリイの世界にも多くの“聖女”と名乗る人物は存在していたが、その多くはハッキリ言って戦いには全く慣れていない偶像のようなものばかりであった。
唯一、戦場で暴れ回っていた“狂乱聖女”と呼ばれていた人物だけが、戦場に立っていたのである。
そして、セリーヌはその“狂乱聖女”と同等かそれ以上に戦える存在だろう。
アリイの世界にセリーヌが飛ばされたとしても、余裕で生き残れるだけの実力がある。
(まさか十字架の杖を持って振り回す脳筋タイプの聖女とは思わなかったがな。フハハ。益々面白い少女だ。手加減していたとは言えど、我と戦えるだけの戦士だとはな)
(もう少し本気でやっても良かったですかね?最近は運動不足でしたし、もう少し動きたかったです。それにしても、異世界の魔王を名乗るだけあって強かったですね。仕事が減ってラッキー!!)
お互いにその実力を認め合った後、アリイが案内されたのは何の変哲もないただの部屋であった。
時刻はまだ昼前。昼食にするには早すぎる。
「ここで何をするのだ?」
「この世界についてある程度知っておいてもらおうかと思いまして。アリイ様と昨日話しましたが、復習も兼ねてお勉強の時間ですよ」
「ふむ。確かに我も忘れていることはあるだろうし、知らぬこともまだまだ多い。大人しくその授業は受けてやろう」
アリイはそう言うと、素直に席に座る。
セリーヌは、こういう所が魔王に見えないんだよなぁと思いつつ、勇者にこの世界の事を説明する為の資料を取り出す。
この資料は、過去に勇者達にこの世界を説明するために色々と改良を重ねて作られた勇者専用の教材だ。
貴族社会という概念がなかったり、そもそも魔物という存在が居ない世界から来た者に向けて作られたものである。
この世界の常識は、異世界の非常識。
異世界から来た者にとって、この世界は何から何まで異質で常識外れなのだ。
「フハハ!!勇者の為の異世界教材とは笑えるな!!誰だ?こんなふざけたタイトルを作ったのは?」
「さぁ?私ではありませんよ。きっと私達の御先祖様が付けたのでしょう。私もこのタイトルはどうかと思います」
「この本を作ったやつは、芸術家にはなれんな」
「間違いないですね。では、1ページ目を見てください」
アリイはセリーヌの指示に従って、本を開く。
そこには、自分の知らない文字が書かれていたものの、何故かすんなりと読むことが出来た。
(なるほど。あの召喚に使った魔法陣が、知識の付与も担っていたな?道理で言葉が通じるわけだ)
口が違えば言語が違う地球のように、世界が違えばもちろん言語は違う。
しかし、すんなりとセリーヌと会話が出来ていた。
アリイはあの魔法陣が悪さをしているのだと理解すると同時に、かつて異界からやってきた勇者達の口の動きと言葉が合ってなかった理由に納得した。
「私達が今いるこの国は、シエール皇国と呼ばれる国です。神を信仰し、神の加護を受けた国とか言ってますが、要は宗教国家ですね。アリイ様も多少の理解がありそうなのでサッサと次に行きましょう」
「........そんなに適当で良いのか?一応授業なのだろう?」
「正直ダルいです。文字は読めるのでしょう?なら勝手に読んで分からない所だけ聞いて欲しいと思ってますね」
「フハハ。召喚される国を間違えたな。こんなのが聖女とは、片腹が痛い」
「召喚する人を間違えましたね。魔王なんて呼ぶつもりではなかったというのに」
お互いに軽口を叩きながらも、サクサクと授業は進んでいく。
貴族社会のあり方や、各国の力関係など。この世界で生きていくのに重要な要素だけは説明するが、アリイの世界にも似たような人の国はあるので理解が早い。
聖女が魔王に人間社会の常識を教えると言う、最も常識外れな光景だけがその場にはあった。
「そして、旅の中で最も気をつけなければならないのが魔物の存在です。彼らは人を食い殺し、餌とします」
「ふむ。この魔物と言うのは、ゴブリンやスライムと言ったものか?」
「はい。知っておられるのですね」
「我が想像するゴブリンやスライムと同じかどうかは知らんが、少なくとも似たような存在は居たな。魔族、人間、魔物。大まかに分けてこの三種が我の世界ではそれぞれの勢力を持っていた........そういえば、この世界には魔族なる者はいるのか?」
「具体的に魔族とはどのようなものですか?」
「我のように、人と似た姿、言葉を話していながら、人とは違った異様な形を持つ者の事だ。尻尾が生えていたり、角があったりな」
「んー、アリイ様のような禍々しい見た目の者は流石に見たことがありませんが、亜人種と呼ばれる人と似た姿をした者は居ますね。エルフやドワーフなどがいい例です。知っていますか?」
「知らんな。初めて聞いた種族だ」
アリイの世界では三種の種族がそれぞれの勢力を作っていた。しかし、この世界では魔族と呼ばれる者は存在せず、代わりに亜人種が存在しているらしい。
もしかしたら魔族の呼び方が違うだけなのかもしれないと思いつつ、アリイは大人しくセリーヌに質問をする。
「そのエルフと言うのはどのような見た目なのだ?」
「見た目は私達人間とほぼ変わりがありません。しかし、耳が特徴的で長く尖っています。えーと、あったあった。これが一般的なエルフの見た目です。アリイ様の世界にはいましたか?」
セリーヌはそう言うと、エルフの絵が描かれているページを見せる。
そのエルフの姿は、アリイが知るどの種族にも当てはまらなかった。
確かに見た目は人間に近いが、耳の形がかなり特徴的だ。
「居らんかったな。少なくとも、我が知る限りこのような種族は存在しない」
「へぇ。似たような世界でも明確な違いがあるのですね。歴代勇者達の世界の多くは、魔物すらいない世界だったらしいですよ」
「ほう。それは興味深いな。魔物すら存在しない世界........となると、真の敵は人間か?人は己の為ならば殺し合える種族だしな。この世界も、魔王という驚異が出現しているというのに、戦争をしている国の一つや二つぐらいあるのだろう?」
「鋭いですね。確かに戦争中の国は多いですよ。もっと言えば、魔王が出現し、それが原因で国力が下がった国に戦争をしかけた国まであると聞きます。流石の神も呆れ果てますね。これだけ人の愚かさを見せられれば、いくら慈悲深い神であろあとも見放しますよ」
「フハハハハ!!聖女がそれを言うか!!まぁ、最もではあるがな!!我が神なら見捨てている!!」
神の救いを求める国で、神が人を見放す発言。
それも、最も信仰深くなければならない聖女ともあろう人間が言うのだからアリイも笑ってしまう。
やはりこの少女は面白い。
アリイは少しだけセリーヌに出逢えたことを嬉しく思いながら、どうせ世界を旅するのであればエルフやドワーフと言った自分の知らない種族を見てみたいと思う。
どうせ戻れないのであれば、最大限楽む。
足掻いてどうにかなるのであれば足掻くが、少なくともこの現状は足掻いてもどうにもらない。
長い時を生きてきたアリイは、切り替えが早かった。
自分の国が戦争中ではあるものの、そう思ったアリイはこの先の旅路を楽しみにするのであった。
【亜人種】
人に似た見た目をしながらも異なる性質を持った人類種の事を指す。エルフやドワーフといったファンタジー種族の事を基本的には指し、人間とは別の種族として扱われることが多い。
【聖女】
神の恩寵を与えられた選ばれし女性........と言うのが建前であり、実際は魔力量が多く強く見た目が麗しい女性が聖女に選ばれる。
尚、アリイのいた世界では本当に上位存在から祝福を受けた者が聖女となれる(この世界には存在しない)。
余談だが、“狂乱聖女”はメイスを片手に神の愛を叫びながら魔族を殺し回るヤベー奴(めっちゃ笑顔)。それでいながら回復系魔術が得意なので、人々を癒しながら前線に立つ頭のネジがぶっ飛んだ聖女であった。
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