異世界魔王vs聖女
お互いの国に関して話し合ったアリイとセリーヌは、翌日になるとシエール王国の教会から少し離れた場所にある訓練場に顔を出していた。
アリイが強いということは何となく分かるものの、どれほど強いかは未知数。
アリイもまた、自分の力がこの世界で通用するのか分からない為それを確認しに来たのだ。
「ふむ。見られておるな。我、もしかしなくとも人気者か?」
「勇者様が召喚された事は既に教会の者ならば知っておりますからね。一目見てみたいと思うのは仕方がないかと。一応、アリイ様に気遣って声は掛けてこないようですがね」
「フハハ。右も左も分からぬ赤子相手に、あれこれ話しかけてもマトモな返事はできぬしな。後、普通に口を滑らせそうで怖いから、助かるわ」
身長も高く、存在感も凄まじいアリイはとにかく目立つ。そして、教会関係者であればその見た事ない顔を見て、誰でも気づくだろう。
“彼が今代の勇者か”と。
異界の地から呼び出され、常にこの世界を救ってきた人類の希望にして英雄。
後に魔王を倒し英雄となる者の姿を見てみたいと思うのは、仕方がない事だ。
まさか、その勇者が異世界の魔王だとは夢にも思わないだろうが。
「ここが訓練場です。今朝、この訓練場は貸し切りましたので、お好きなように使ってくださって構いませんよ」
「フハハ。それでは他の兵士達が訓練出来ぬのではないか?」
「問題ありませんよ。この場所だけしか訓練場がない訳では無いので。それよりも、アリイ様の力を見られる方が面倒です。何せ、魔王ですからね。どんな魔法が飛び出すのか分かったものではありません」
勇者が闇の力を使っていたら、人々は本当に彼は勇者か?と首を傾げる。
特に宗教国家であるシエール皇国では、死者を操る闇魔法などはあまりいい顔では見られないのだ。
割と緩めの宗教国家ではあるものの宗教国家である以上、暗闇や悪を連想させてしまう物は好まれない。
中には純白以外は一切認めない国だってあるのだ。それに比べれば、シエール皇国は優しい方である。
アリイも何となくそのことを察したのだろう。気遣いができる少女だと感心しながら、宗教国家の面倒臭さを身に染みて感じる。
これでもマシな部類なのだから、ガチガチの宗教国家には行きたくないな。そう思いつつ。
「フハハ。気遣い感謝しよう。して、あれが的なのか?」
「はい。魔法耐性の高い素材で作られた人形の的です。あ、魔法耐性が高いからと言って全力でふっ飛ばすような真似はしないでくださいね。普通に壊れますので」
「ふむ。あれを壊せたら、どのぐらいの強さに位置する事になるのだ?」
「大体騎士隊長クラスですかね。昨日、謁見の間の前を守っていた騎士達と同じぐらいかと思われます」
「なるほど。では、このぐらいか?」
アリイはそう言うと、魔力と呼ばれる魔法を行使する際に必要となるエネルギーの塊をデコピンのように弾いて的に当てる。
パァン!!と、風船が割れた時のような音と共に、人形は弾け飛んで跡形もなく無くなってしまっていた。
少し加減を間違えたかもと思いながら、最低限の攻撃は通じそうだと安心するアリイと、軽くデコピンをしただけで的が弾け飛んだ事に驚愕するセリーヌ。
「なっ........なっ?!」
「ふむ。ちょっと強すぎたな。済まない。普通に壊してしまった」
「あんなに軽々と壊せるものなのですね。これは私の仕事が減りそうで助かりますよ。戦闘訓練とか要らないじゃないですか」
「フハハ。我、一応魔王ぞ?民を率いるだけの強さが無ければ、その席に座ることなどできぬわ。それと、このぐらいならば少女もできるのであろう?その力、隠しているつもりかもしれんが、我には見えておるぞ」
「いや、流石にデコピン一つで的をパァンするなんて無理ですよ。私はか弱い女の子です」
「フハハ。笑えぬ冗談だ。少女がか弱い女の子と言うのであれば、この世界は弱者だらけになるだろうな。どれ、我と少し手合わせしてみぬか?」
アリイはそう言うと、セリーヌと距離をとる。
今後、魔王討伐の旅に出るのであればお互いの実力を把握するのは必須。
何ができて何ができないのか。得意な戦闘方法や、苦手な戦闘方法を知っておくことが必要となる。
アリイはそれ以外にも、この国最強であろう者の実力を少し見ておきたいという気持ちもあった。
セリーヌは、どう見ても昨日謁見の間に居た聖騎士団長よりも強い。
「嫌ですと言ってもやるんでしょうね。手加減してくださいよ。怪我はしたくありません」
「フハハハハ!!案ずるな。流石にこれから共に旅をせねばならん相手に怪我はさせぬ。本気は出さぬよ」
アリイはそう言うと“今から攻撃するよ”と言わんばかりに、あからさまにデコピンの構えを取る。
対するセリーヌは、首から下げていたペンダントをブチッと取ると、巨大化させて十字架の杖を手にした。
真っ白な十字架の杖はセリーヌの背丈よりも大きく、小柄なセリーヌが振り回すのは少々難しそうにも見えるが、それ以上に様になっている。
アリイはただの杖では無いと察すると、興味深そうにその杖........もとい、鎌を眺めた。
「中々に面白い武器だな」
「
「フハハ。我の世界では無かった法則だな。生まれた時点で備わっている能力か........あぁ、いや、かつて我を殺しに来た勇者がそんな力を持っていたか?」
アリイはそんなことを言いながら、指を弾いて魔力の弾を飛ばす。
先程よりも更に加減した、かなり弱い一撃だ。
それでも、なんの戦闘訓練を積んでいない人間ならば容易に殺せる威力をしているが。
「本当に手加減しています?こんなのに当たったら痛いじゃないですか」
対するセリーヌは、この一撃を刃を出していない十字架の杖で叩き潰す。
てっきり何らかの魔法で防いでくると思っていたアリイは、脳筋なセリーヌに笑いをこぼした。
「フハハ。普通、殴って受け止めるか?」
「この程度の攻撃なら、魔力を使うまでもありませんよ。魔力の無駄です」
「ふむ。ではもう少し強めに──────」
「させませんよ。次は私の番です」
防御魔法を見たかったアリイはもう少し威力を上げてデコピンをしようとしたが、セリーヌとてやられっぱなしでは無い。
素早くアリイの目の前まで走り込んだセリーヌは、刃を出さずにその頭に向かって十字架を振り下ろす。
アリイはその攻撃を避けるのではなく、左腕で受け止めた。
ガン!!ドゴォォォォォン!!
その小さな体にどれ程の力が宿っているのだろうか。アリイが受止めた一撃は、足元が地面に沈むほど威力が高い。
これで死んだらどうするのだ。アリイはそう思いながら、セリーヌに呆れた視線を向けた。
「我でなかったら死んでいたぞ?もう少し加減して殴るものでは無いのか?」
「へ?かなり加減しましたよ。事実、アリイ様は受け止められているではないですか。もう少し力を出しても問題なさそうですね」
「まぁ、別にダメージなどは負ってないからいいが、これでは聖女と言うよりも脳筋シスターだな。これのどこがか弱いのだ?」
「失礼ですね。私は幼気な少女ですよ」
そう言いながら、アリイとセリーヌの攻防が続く。
お互いに本気は出していないので怪我は負っていないが、傍から見たら本気の殺し合いに見えただろう。
杖を振る度地面に穴が空き、デコピンをする度に壁に穴が空く。
魔王と聖女の戦いは引き分けに終わったが、それ以上に周囲への被害が凄まじかった事は言うまでもない。
【能力者】
魔法とは別に生まれながらに特殊な能力を持った存在のことを指す。魔法とは別の法則で動き、様々な能力者が存在する。
しかし、必ずしも魔法よりも優れている訳ではなく、そして誰もが手にできる訳では無い。
能力を授かって生まれる確率は約100000人に1人程度。
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