案外気が合うかもしれない


 想像以上にあっさりと終わった教皇との謁見。


 アリイは“宗教国家にしては随分と緩い国だ”と思いつつも、ガチガチの洗脳を用いた国では無いという事に安堵していた。


 アリイは神の存在こそ信じてはいるが、神への信仰心は持ち合わせない魔王だ。


 そんな宗教国家からすれば異端者とも言える彼が、神の愛だの試練だの言われるのは好きでは無い。


「ここが貴方の部屋です。お願いですから大人しくしていてくださいね」

「ふむ。分かった。ところで少女よ。なぜそのまま帰ろうとする?まだ話すべき事がごまんと残っているだろう」

「........はぁ、力を使ってあなたを召喚し、あまつさえ魔王を召喚してしまった私の疲れた姿が見えないのですか?」

「フハハ。それだけ言い返せるという事は元気な証だ。ほれ、行くぞ」

「ちょ、私は猫じゃないんですよ!!」


 この世界の事をとにかく知らなければならないアリイは、セリーヌの首根っこを掴むと母猫が子供を運ぶかのように部屋へと連れていく。


 セリーヌはジタバタと抵抗してみたものの、手足が短く届かないのでなされるがままであった。


 そして、部屋に入ると、適当な椅子に座らされる。


 セリーヌが逃げ出さないように、扉側にアリイが座る徹底ぶりだ。


「少女よ。今一度確認するが、我は別世界から呼び出されこの世界の魔王を討伐する旅に出なければならぬのだな?」

「........はい。そうですよ」


 セリーヌは疲れていたが、アリイから逃げられないと悟ると全てを諦めて素直に会話を応じた。


「ふむ。して、この世界の魔王とやらはどこにいる。場所は分かっているのだろうな?」

「もちろんです。ここから遥か北に、魔王が出現したと言う情報が入っていています」

「大雑把すぎる。地図は無いのか?」

「ありますよ。ですが、今から取りに行くには時間が掛かりすぎるので、簡単な地図を書きましょう」


 セリーヌはそう言うと、机の上に置いてあった紙と羽根ペンを取って地図を書く。


 大きな丸が描かれたその簡単な地図は、あまりにも適当すぎた。


「........雑すぎやしないか?」

「大体分かればいいんですよ。こちらが北で、こちらが南です。この最南端に位置するのがシエール皇国で、魔王がいると言われているのが最北端にあるこの場所ですね。大陸を横断する形となります」

「あまりにも離れすぎているな」

「はい。魔王はどこからともなく現れるので、出現する場所がバラバラなのです。過去の文献によれば、我が国の近くにも出現したこともあれば、大陸の中央や東側、西側にも出てきたことがあります。今回は運が良いのか悪いのか、この国から最も離れていますね」

「フハハ。我が人類を滅ぼすまでの猶予が得られたわけだから、運がいいだろうな」

「........人間が嫌いなのですか?」


 出会ってから常に口にしてきた“人類の滅亡”。


 アリイを見る限り、ちゃんと話せば分かる魔王に見えるだけに、セリーヌは純粋な疑問に思ってしまう。


 魔王を討伐する対価として人類を滅ぼすとは言っていたが、人類を滅ぼしたいのであれば今この瞬間セリーヌを殺すべきだろう。


「フハハ。嫌いだぞ。我がいた世界では、常に人と魔族........あー、我の配下の事だな。が戦争をしていた。奴らは我の友人達を殺したのだ。許せることでは無い。王としてその感情を表に出すことは無いがな」

「それは人も同じことなのでは無いのですか?人も、友人を貴方の配下に殺されているでしょう?」

「鋭いな。そういう事だ。我の世界では、どちらかが滅ぼされない限り真の平和は訪れん。既に人と手を結ぶ事など夢物語だ」

「私たちの世界の人々とは関係がありませんが?」


 確かにそんな世界ならば、人を根絶やしにしなければならないだろう。


 しかし、この世界の人間とは無関係の話。この世界の人々は、アリイのいた世界とはまるで関係の無い世界を生きているのだ。


「我も心のある生き物だ。一を憎めば十を恨む。そうだな........例えば少女の最も大切な人が魔王軍の1人に殺されたとして、お主はその殺した者だけを恨むか?」

「........多分無理でしょうね。その魔王軍そのものを憎むかと思います」

「フハハ。こういう場面で取り繕わないのはいい事だぞ少女よ。つまるところ、そういう事だ。世界が変わろうとも、人が憎い。それだけなのだよ。後、単純に我を呼び出しておいてタダで物事を勧められると思うなよ。我の国、今戦争中だからな?」

「魔王の癖に、随分と人情に溢れていますね。冷酷で残酷なのが魔王だと聞きましたが........」

「フハハ!!我は感情豊かなのだよ!!冷酷さも残酷さも必要ではあるが、それ以上に人情と言うのは必要なのだ!!」

「そんな戦争の真っ只中に呼び出されて良かったのですか?呼び出しておいてなんですが」


 アリイの話を聞く限り、アリイの世界では未だに人類との戦いは続いているのだろう。


 そんな中、自分たちの都合で呼び出されたらそりゃ滅ぼしたくもなるか。セリーヌは自分が世紀の大罪人になるかもしれないにも関わらず、少しだけ申し訳ない気持ちになってしまう。


 相手は魔王。人類の敵とも言える存在ではあるが、それはまた別の世界のお話。


 心配しても別になんら問題はない。


「フハハ。正直少しまずいかもしれんが、一応我に万が一があった時の対処法を側近に渡してある。上手く対処してくれれば、それ程被害が大きくなることは無いだろう。万が一のために作っておいて良かったわ。我が消えた時の為の対処法をな」

「随分と楽観的なのですね」

「どうせ魔王を倒すまでは帰れぬのだろう?我に挑んできた異界の勇者も同じような事を言っておったわ。帰れぬのであれば、楽しむまで。心配ではあるが、家臣を信じて待つのも王の役目よ。我は、ちょっとした休暇とでも思ってこの世界を楽しむと決めたわ」


 開き直りが早い。


 かの切り替えの速さが、魔王と呼ばれる所以なのだろうか。セリーヌはそんなことを考えながら、ポツリとつぶやく。


「そのあと、人類を滅ぼすと?」

「フハハ!!よく分かっているではないか!!暇つぶしにこの世界も征服してやろう。とは言えど、先ずは知らなければならんがな」

「もしアリイ様がこの世界を滅ぼす時は、私が全力を持って止めますよ。そしたら、多少は後世に語られる歴史もマシになるでしょうし。魔王を倒し、魔王に乗っ取られた勇者に敗北した聖女として名が残れば、私も大罪人と言われることも無いかもしれません」


 サラッととんでもない事を言うセリーヌ。


 アリイはこんな時でも欲深いセリーヌを見て呆れた顔を浮かべた。


「........とてもでは無いが、聖女とは思えぬ発言だな。この国はなぜ少女のような者を聖女にしたのか理解出来ん。とんでもない奴だ」

「なんとでも言ってください。私が1番自分が屑だという自覚はあるので。ですが、一応笑顔の仮面を被って人助けはしてますよ?表向きは綺麗な聖女です」

「その発言が既にダメなのだがな。我の世界にいた聖女も大概であったが、少女も大概だ」

「私は生きるために聖女になりましたからね。別に世界を救おうとか、迷える子羊を導こうだなんて心掛けはありませんよ。せめて、普通で終わりたい。それだけですから。ぶっちゃけ、アリイ様が人類を1人残らず皆殺しにするのであれば、私の大罪も語られずに済むかもとか思っちゃったりしてます」

「ぶっちゃけ過ぎではないか?強欲がすぎて魔王の我ですら軽く引くぞ」


 その後、アリイとセリーヌは自分達の世界について話したり、今後の事について話すのであった。


 アリイは“コイツヤベーな”とセリーヌにある意味感心し、セリーヌも“この人頭がおかしいな”とアリイに感心する。


 異端の聖女と異世界の魔王、この二人は意外と気が合うのかもしれない。




【魔族】

 アリイのいた世界に存在していた種族。人間と似た見た目こそしているものの、その姿は化け物そのもの。体内に魔石と呼ばれる魔力の結晶が存在し、人で言う心臓と同じ役割を果たしている違いがある。

 尚、この世界とは全く関係の無い話。

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