王の謁見


 利害が一致したアリイとセリーヌは、シエール皇国の教皇や枢機卿と言った国を担う者達との謁見に出向く。


 アリイの姿は既に変わっており、その身から溢れ出していた瘴気や人ならざる見た目ではなく普通の人間と言い張れるぐらいにはなっていた。


 常に王として君臨してきた為か、明らかに格の違うオーラが溢れ出してはいたが及第点ではあるだろう。


「我はこの国の礼儀作法とか知らぬが、問題無いのか?」

「問題ありません。かつてこの世界に召喚された勇者たちの多くは、王や貴族が君臨する国では無い国で生きていたと言われています。教皇様や枢機卿もそのことは理解しておりますので、最低限の礼儀さえ守っていれば問題ないかと」

「なるほど。国が違えば法も違う。そこら辺はちゃんと考えておるのだな」

「そもそも、この国で私に対してそんな口調で話す時点で無礼として扱われますよ」

「フハハ。それはそうだな。宗教国家の聖女と言えば、教皇と同じく強い権力を持つもの。そんな国家の王と言っても過言では無い者にこんな傲慢な口調で話していたら無礼と言えるか。できる限り畏まった方がいいか?」


 アリイはセリーヌがどのような返事を返すのか分かりきっているかのように、ニヤニヤとしながら顎をさする。


 セリーヌはそんな無礼千万なアリイに小さく溜息を着くと、首を横に振った。


「今更態度を変えられても困るだけなので、勘弁してください。と言うか、そちらの世界にも聖女がおられるのですね」

「居たぞ。とんでもない女だった。神の裁きだの神のご意志などと言って、我が軍の兵士を殺し回るのだからな。どちらが悪魔かと問いたいぐらいには頭のネジが外れたやつであったぞ」

「私が召喚主で良かったですね。もしその聖女がアリイ様を召喚していたら、今頃神の名の元に殺し合いが始まっていましたよ」

「フハハハハ!!違いない!!我はこんにも話が分かる魔────人間だと言うのにな!!」


 大声をあげて笑い、危うく自らを“魔王”と言ってしまいそうになるアリイ。


 アリイは“しまった”と言いたげな顔をしながら、できる限り自然を装いつつ周囲を見渡す。


 幸い、星々が登る夜遅くのことであった為人の影は無かった。


「........アリイ様。もしかしてあなたは馬鹿なのですか?」

「馬鹿とは失礼な。癖が出てしまっただけだ」

「それを馬鹿だと言っているのですよ」

「それで言えば、自らの過ちを隠そうとする聖女も似たようなものだがな。少女よ。お主、本当に聖女か?」

「失礼ですね。こう見えても聖女ですよ。敬虔なる己の信徒です」

「フハハ。そこは嘘でも“神の信徒”と言うべきなのだがな」


 欠片も神への信仰心がないセリーヌを見て、“こいつ本当に聖女か?”と思いながらもアリイ達は教皇達が待つ謁見の間へと辿り着く。


 部屋の扉の前には二名の聖騎士と呼ばれるシエール皇国の中でも精鋭の騎士が佇んでおり、セリーヌとアリイに頭を下げた。


(ふむ。弱いな。いや、我の基準で言えば弱いと言うだけであって、しっかりと鍛え上げられた良き戦士だ。この国は自堕落に勇者だけの力を宛にしているわけでは無さそうだな)


 アリイは二人の聖騎士を一目見て、正確に自分との戦力差を把握する。が、自分の使う魔術がこの世界の者達に効くのかどうかが分からない今は、油断するべきではない。


 何せ、自分をこの世界に呼び出せるだけの術を持つのだ。隣に立つセリーヌは、アリイですら“強い”とハッキリ言い切れる力を秘めているのが分かっている。


 魔王を倒す対価として“人類を滅ぼしてやろう”とは言ったものの、本当に人類を滅ぼすのであれば自分の力だけでは難しいだろうなとアリイは理解していた。


「勇者様をお連れしました。扉を開けなさい」

「「ハッ!!」」


 セリーヌがそう言うと、二人の聖騎士が扉を開く。


 セリーヌは“着いてきてください”とだけ言うと、聖女としての姿でつかつかと謁見の間に足を踏み入れた。


(ほう。中々様になっているな)


 アリイは先程とは全く雰囲気の違うセリーヌを見て感心しながらも、後に続いて謁見の間に入る。


 謁見の間は夜にも関わらずかなり明るく、何らかの魔法が部屋を照らしていることが分かった。


 この国の技術を全て用いられて作られたであろう建物であり、他国に自分の国の威厳と偉大さを見せつける場である謁見の間。


 アリイはつい癖で色々と見てしまう。自分がいた魔王の城とはどのように違うのか、どのような技術が使われているのか。


 それが気になって仕方がない。


 キョロキョロと周囲を見るその姿は、正しく何も分からぬ呼ばれたばかりの勇者。


 アリイは図らずして、勇者の振りを上手くしていたのである。


「教皇様。勇者様をお連れしました」

「........ご苦労であった聖女セリーヌよ。そして、神の御加護を授かった勇者様。突然呼び出したご無礼をここでお詫びしよう」

「む?あぁ、謝罪を受け入れよう。して、我は魔王を討伐すれば良いのか?」


 右も左も分からぬ勇者であるはずなのに、全てを見透かされている気がする。


 教皇は、背中に嫌な汗をかき始めた。


 つい先程まで田舎者が都会に来た時のようにキョロキョロとしていたというのに、今目の前にいる勇者は一国を束ねる王のように見えた。


 それこそ、思わず頭を下げてしまいそうなぐらい。


 対するアリイは、教皇を一目見て“可もなく不可もなく。平凡な王だな”と判断すると隣に立つ聖騎士団長へと目を向けた。


(そこそこ強いな。少女にはかなり劣るが、それでもかなりの力を感じる。おそらく、彼がこの国の騎士団長なのだろう。でなければ、王の隣には立てん)


「そ、そうだ。詳しい話は聖女セリーヌから聞くといい。今日は既に夜も深い。まずは、ゆっくりとしていってくれ」

「ふむ。了解した。では、失礼する」

「え、ちょ。し、失礼します!!」


 教皇に頭を下げることも無く、スタスタと胸を張って謁見の間を出ていくアリイとあまりにもあっさりと謁見が終わってしまい予想とは違いすぎた展開に焦るセリーヌ。


 そんな二人の背中を見送った教皇は、護衛の為に真横に待機させていた聖騎士団長に話しかけた。


「聖騎士長。あの勇者をどう見る?儂は、まるで一国を束ねる王のように見えた。全てを見透かされている感覚に陥ったぞ」

「奇遇ですね教皇様。私もですよ。あの勇者様、教皇様を少し見て興味を無くしたあと私を見ていましたよ。嫌な汗をかきました」

「儂もだ。今回の勇者は、もしかしたら凄まじい功績を残すかもしれんな。魔王討伐も、かなり早い段階で終わるかもしれん」

「だといいですが........今回の魔王は歴代に比べてかなり強いと言う話も聞きます。もしかしたら、あれ程の者で無いと討伐できないのかもしれないですね」


 この世界に突如として現れる魔王。その魔王の中でも、今回現れた魔王は歴代最強と言われるほどに強いと聞く。


 現在戦線となっている国が何とか侵攻を食い止めてはいるが、その被害は甚大。いつ国が滅んでもおかしくないとすら言われている。


 だから、勇者を召喚したのだ。


「それにしても、セリーヌは随分と楽しそうであったな。小さな頃から見ているが、あれ程までに楽しそうな雰囲気を見たのは初めてだ」

「信仰心の無い子ですがね。聖女としてはどうなんでしょうか?」

「........もう、可愛いからいいんじゃないかな。あの子にどれほど神の素晴らしさを説いても理解せんかったし、儂は諦めた。表向きは理解しているフリはしていたがな」

「えぇ........」


 仮にも宗教国家の頂点に立つ教皇がそれでいいのかと聖騎士団長は思ったが、こんな教育者に育てられれば神への信仰心も薄れるかと、聖騎士とは思えないとんでもない事を考えるのであった。




【魔王(セリーヌ達が住む世界の)】

 どこからともなく現れて、世界を蹂躙する魔の王。なぜ発生するのか、なぜ人を襲うのかも不明であり、何から何まで謎に包まれている存在。

 同じ魔王であるアリイとはまた違った存在であり、もしこの世界の魔王が召喚されていたらセリーヌとの殺し合いが始まっていた事だろう。

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