意外と話せる?
自らを魔王と名乗り、高らかに笑い声を上げるアリイ。
セリーヌは乾いた笑い声しか出せず、“あぁ、人類オワタ”と心の底から絶望する。
異界から来たとは言えど魔王は魔王。この世界の魔王も人類の脅威となる存在であるのだから、異界の魔王も人類を滅ぼしうる力を持っていると言うのが自然の道理。
その証拠に、アリイの身体から溢れ出す瘴気はおぞましい。正しく、魔王の名にふさわしい姿をしているのだ。
「して、少女は何者かな?我を呼び出すとは、中々に見所があるではないか」
「え、えぇと。私はシエール皇国の聖女セリーヌです。突然呼び出してしまい申し訳ありません........」
「うむ。確かに強制的に相手を呼び出すとは無礼極まりない。が、その非を認めて詫びるのであれば許してやろう。それにしても、シエール皇国か。我が世界で勇者と名乗る者を召喚できる国にその名がなかったことを考えるに、やはりこの地は異世界というわけなのだな」
「は、はい。この魔法はこの世界では無い別の世界から、勇者としての素質をもつ者を呼び出す魔法です。まさか、魔王が来られるとは思いませんでしたが」
「フハハハハ!!正しくその通りだな!!我もまさか勇者として呼び出されるとは思いもしなかったわ!!」
当然である。
世界を救う勇者を呼び出したはずが、新たな魔王の降臨に繋がるなど誰が予想できるものか。
呼び出されたアリイですら、“そんな奇妙なこともなるのか”と少し感心してしまっている。
「魔法か。この奇妙な魔法陣が、その魔法とやらなのか?」
「は、はい。魔力を力として、この世界に現象をもたらすのが魔法です。アリイ様の居られた世界にはなかったのですか?」
「いや、似たようなものはあったな。呼び方が違い、少しだけ術の形が違うだけだ。我の世界では魔術と呼ばれていたな。まぁ、言うて大差はないだろう。似て非なる世界ではあるが、根底にあるものは同じなようだ」
アリイはそう言うと、人差し指を立てて指先に火をつける。
何も無い空間から火が灯るその姿は、正しく魔法のあり方。
魔法は魔力で魔法陣を描き世界に現象を起こす。どんなに小さな魔法であっても魔法陣を描く過程が必要となるのだが、アリイはその過程をすっ飛ばしていた。
「ふむ。問題なく力は使えるな。これならば人類を滅ぼす位は訳無いだろう。我を無断で強制的に呼び出してくれた対価は高くつくぞ?その代わり、この世界の魔王は我が討伐してやるがな!!フハハハハ!!」
「あ、あはは........」
楽しそうに笑うアリイと、それに合わせて乾いた笑いを再び浮かべたセリーヌ。
割と会話ができるので、実は話せば分かるのではないのかと少し期待してしまったが、そんなことは無い。
(やばいです。私、人類を滅ぼした大罪人にして、魔王を呼び出した邪神の使徒として後世の歴史に語られるかも知れません。人類滅んじゃう!!終わっちゃう!!あ、でも、人類が滅んだら私の存在を知るものは居なくなるのでは?いや、それよりも、先ずは教皇様や枢機卿様になんと報告したらいいのでしょうか。素直に“魔王を召喚してしまいました”とか言ったら、私の人生終わりますよ?!)
勇者が召喚された後、事情を説明したら教皇や枢機卿との謁見が待っている。
が、明らかに悪の立場にある存在を連れていけば自分の首は間違いなく飛んでしまうだろう。
聖女としてそれなりの補助を受けて来た身ではあるが、セリーヌは神など信じもしないただの人。
自分の身の安全を考えてしまうのは、人として当たり前の思考であった。
(いっその事バックれてしまいましょうか。無理やり連れ去られて聖女として担ぎ上げられただけですし、私が悪いんじゃなくて私を聖女にした人が悪いのでは?あぁ、なんで私が聖女として生きている時にこんな事になるのですか!!神よ!!死ね!!死んで私に詫びろ!!)
宗教国家の聖女としてあるまじき思考。生きるために聖女となったセリーヌに、神への信仰心など欠片もない。
信仰心が足りなかったから魔王を呼び出したなんて言われた日には、聖女自らが魔王となって暴れ回ってしまうかもしれない。
そんなセリーヌの姿を見ていたアリイは、“こいつ、面白いな”と思いながら先ずは冷静にさせるために声をかけた。
「フハハ。大方、我を呼び出して今後のことを考えておるな?案ずるな少女よ。何も知らぬ世界で最初から大暴れするほど我も短慮な考えは持っておらぬのでな。今は大人しくお主の指示に従ってやろう」
「ほ、本当ですか?」
「もちろんだとも。魔王に二言はない。世界を知り、己を知って初めて自らの足で歩けるのが生き物という物だ。我は今、この世界に生まれ落ちたばかりの赤子。暫くは母の腕の中で、この世界の在り方や強者達の力を眺めてみようでは無いか。我の力が通用するかどうかすら分からんしな」
「........意外と冷静なのですね」
「フハハ。長年生きていると、下らん生存術ばかりが身に付くのだよ。我だって命は惜しいのだ」
人類を滅ぼすだのなんだの言っているが、ちゃんと話せるのではないかと思い始めたセリーヌ。
本能のままに暴れられていたら困っていたが、アリイはとにかく冷静であった。
「手を組むとしよう少女よ。我はこの世界を知るために人が必要であり、少女は自分の身が危なく我の力が必要。ならば、我らは手を組むべきなのではないか?」
「確かにそうですね。それだけ聞くと、私がクズに聞こえますが事実ですし」
「フハハ。真に聖人である人物など居らぬわ。皆我が身が可愛く、危機的状況に陥れば他人を蹴落としてでも助かろうとするものよ。その点、素直に自らが本能に忠実であると理解しているお主は、他の人間よりも優れているぞ。誇るがいい。人として在るべき姿を、少女は持っているのだ。偽善の塊よりかは遥かにマシだな」
「........」
自分の保身を第一に考え生きるために聖女となったセリーヌを、アリイは“誇れ”と言う。
綺麗事だけを並べる宗教家達とはあまりにも違う。常に善き人であれ。常に誰かの助けとなれと教え続けられたセリーヌに、その言葉はあまりにも心に突き刺さった。
「ふふっ、まさか初めてこの在り方を褒められたのが魔王だとは。私の想像する魔王は、人を見下し、下等種族と罵りながら虐殺の限りを尽くすものだと思いましたよ」
「フハハハハ!!我も似たようなことはするぞ?仮にも王だからな。時として、自らを必要以上に大きく見せねばならぬときもある。だが、仲間にはそんな事せぬわ。今の我と少女は、利害関係が一致した仲間。ご機嫌は取っておいて損は無い」
「それ、本人の目の前で言うことではありませんよ」
「おっと、つい口が滑ってしまったわ。ま、お主ならいいだろう。何せ、聖女でありながら魔王の名を聞いて怒りでも恐怖でもなく、笑みを浮かべるのだからな」
アリイの知る聖女は、常に正義という名の悪を振りかざして配下の仲間達を虐殺し続ける化け物であった。
人に対しては慈悲に溢れているが、それでも汚い部分が見え隠れするような自身に酔ったただの愚者。
しかし、目の前にいる少女は魔王を名乗る自分を見て“初めて褒められた”と少し嬉しそうに笑うのだ。
少なくとも、魔王が知る聖女の姿ではない。
魔王は、少しだけこの少女の事を知ってみたいと興味を持つ。
「して、先ずは何をすればいい?我を勇者と偽るのだろう?」
「そうですね。先ずはその姿から変えてください。全身から溢れる黒い瘴気と、その人ならざる見た目を変えてくれなければ話になりません」
「了解した。要は、城下町にこっそり降りる時の姿になればいいのだな」
魔王と聖女。本来であれば決して交わらないはずの二人が、この世界で初めて手を組んだ瞬間であった。
利害関係が一致しただけの仲間。異界から来た魔王と異端の聖女のコンビが結成されたのだ。
【魔法】
魔力と呼ばれる生物の体内に宿るエネルギーを使って魔法陣を描き、世界に現象を起こす法則の事。何も無い空間から炎が生まれたり、水が生まれたりと様々な事が出来る。
アリイがいた世界では“魔術”と呼ばれていたが、基本的には同じ。
【魔力】
生命の中に宿るエネルギー。ゲームで言う所のMP(マジックポイント)であり、魔法や魔力を必要とする道具(魔道具)を使う際に必要となる。
全ての生命に宿る力なので、植物ですら魔力を宿している。
後書き。
今日の更新はここまで。明日からは、日付が変わる頃に一話づつ更新します。
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