イカれ聖女と異世界魔王

杯 雪乃

魔王降臨

あぁ、人類オワタ


 宗教国家シエール皇国。様々な宗教国家があるこの世界ではさほど大きく無い国ではあるものの、この国には一つ大きな力が存在していた。


 それは、“勇者召喚”。


 この世界とは別の世界から勇者の素質があるものを呼び出し、定期的にどこからともなく現れる魔王を討伐する。


 そして、魔王を討伐した後は元の世界に帰還させると言うのが勇者召喚である。


 先代魔王が討伐されてから数百年後、再びこの世界に現れた魔王は人々を恐怖に陥れ蹂躙し、破壊していた。


 これに対し、シエール皇国は勇者召喚の儀式を行うことを決定。


 数百年ぶりに、勇者と呼ばれる人類の希望がこの世界に姿を現すこととなる。


「いよいよですね。まさか私の代でこの召喚の儀式を行なうこととなるとは。私が死ぬまでは平和な時を過ごしてくれればいいと言うのに........もし失敗でもしたら、私は人類を滅ぼした大罪人として名を残すことになるのだから嫌になります」


 シエール皇国の聖女にして儀式の要とも言える少女セリーヌは、心の底から嫌そうな顔をしながら儀式場の場に1人で立っていた。


 誰もが街ですれ違えば二度見してしまうような美しさ。15歳にしてはあまりにも幼いその見た目こそあるが、それに似合わないスタイル。


 更に、長い白髪の中に混じる赤髪と宝石のような深紅の目は見たものを魅了する。


 聖女とは、このシエール皇国にとって最後の切り札とも言える存在。並外れた力を持ち、神から寵愛を受けた女性のみがなれると言われており、国にたった一人しか存在してはならない特別な地位に位置する。


 が、神からの寵愛を受けたからと言って、神への信仰が深い訳では無い。


 シエール皇国の貧困街に生まれ、神に祈ったとしても自分達を助けるとは限らないと知っているセリーヌは、歴代聖女の中でもかなり信仰心に欠ける人物であった。


 もちろん、聖女としての地位に立つための教育は受けているので、表向きは敬虔なる信徒を演じてはいるが。


「あー、帰りたい。帰ってベッドに寝転がりたい。なんで私が勇者様を召喚して、魔王討伐の旅に行かなければならないのですか。私じゃなくても、この地位を欲する者は多いでしょうに。聖女とかいう地位は要らないので、平穏が欲しいです」


 勇者を召喚した場合、過去の例に則り、聖女は勇者と共に魔王討伐の旅に出なければならない。


 ハッキリ言って面倒でしかないその旅路を歩む事が既に運命づけられているとなれば、セリーヌが愚痴をいうのも仕方がないだろう。


 別に彼女は、聖女の地位が欲しくてその席に座った訳では無いのだ。


「........そろそろですかね。はぁ、出来れば滅茶苦茶強くて魔王を瞬殺してくれるような人が出てきてくれませんかね。過去の文献を見る限り、それは無いでしょうが。なんでしたっけ?ニホン?とか言う国からやってくる人が多かったですかね」


 セリーヌはそう呟きながらも、儀式の準備に入る。


 聖女としての地位にいるならば、その責務は果たさなければならない。白い大理石の中に刻まれた魔法陣と、その中にある大きな祭壇。


 そこに聖女は自身の力を注ぎ、祈りを捧げなければならないのだ。


 聖水で身を清め、聖女の服を着るとセリーヌは祈りを捧げる。


「主よ。この邪悪なる世界に救いを求め、世界を導く光をここに────」


 大理石に膝を付き、祈りのポーズを取りながらセリーヌは長ったらしい祈りを続ける。


 この祈りの言葉は嫌という程覚えさせられた。この日の為に何度も何度も練習を重ね、例え天地がひっくり返ろうとも同じ祈りの言葉を捧げることが出来る。


「────神よ。我らに救いを。その光が迷える子羊を導く為に」


 祈りの言葉を終え、魔法陣に力を注ぐ。


 神が祈りに答えるかのように魔法陣が光り輝き、祭壇を照らす。


 そして、目を開くことが出来ないほどの眩い光が差し込んだあと、この世界を救う勇者が姿を現した。


 セリーヌは、この後面倒な説明とかしなきゃ行けないんだろうなと思いながら目を開き、そして固まる。


 勇者が召喚されなかった訳では無い。その場にちゃんと人の影はある。


 勇者が全裸だった訳では無い。ちゃんと服は来ている。


(........は?は???)


「フハハハハ!!この我を強制的に呼び出すとは、一体どこのどいつだ!!」


 だがしかし、その見た目は誰がどう見ても勇者のものでは無かった。


 禍々しい瘴気を身に纏い、両腕にヒレのようなものがついている。肌は褐色だが、その禍々しい瘴気と相まって黒色にすら見えるのだ。


 身長は190cmほどもあり、漆黒のコートを身につけている。


 過去の文献の勇者と比較してもあまりに違いすぎるし、何よりそもそも人とは到底思えない。


 そんな野太い笑い声を上げる勇者(?)は、呆然とするセリーヌを見つけると凶悪な笑みを浮かべた。


「人の術も進化したものよなぁ?この我すらも呼び出せる術を開発してしまうとは、人の飽くなき探究心は末恐ろしい!!いつの日か、星を滅ぼす術を開発してしまってもおかしくない程にな!!」

「え、えぇ。そうですね?」

(怖いです........!!滅茶苦茶怖いです!!本当にあれは勇者なのですか?!文献で読んだ勇者とは姿形があまりにも違いますよ?!どうなってるんですか?!と言うか、何の話?!)


 勝手に1人で話し始める勇者を目の前にして、何をどうしたらいいのか分からず適当な返事をしながら頭の中では混乱するセリーヌ。


 彼女が混乱してしまうのも無理はない。かつての文献に書かれていた勇者達とは、その姿があまりにも違いすぎるのだから。


 本来であれば制服と呼ばれる服を着ていることが多いとされているが、どう見てもあれは制服ではなく貴族が着るような服。


 しかも、体から溢れ出す瘴気は、その場にいる者達を蝕んで殺してしまいそうな程におぞましい。


 こんな存在を勇者と呼ぶのであれば、それは人間ではなく魔王側の陣営達の話だろう。


 しかし、しかしである。もしかしたら、本当にもしかしたら、ただ単に見た目がヤバいやつと言うだけであって実はちゃんとしたいい人なのかもしれない。


 セリーヌはそんな希望を胸に召喚した勇者に話しかけた。


「あ、あの!!」

「ん?どうしたのだ?」

「ま、先ずは勝手に呼び出してしまって申し訳ありません。混乱しているかと思いますが、私の話を聞いて頂けると幸いです」

「ふむ?人間にしては腰が低いな........あー、我のことを知らぬのか?」

「え、あ、はい。何も知りませんが」

「なるほど。む?よく見ると我の知る人間とは少し魔力の動きが........それにこの下にある方陣の理論も........あーなるほどなるほど。あれだな。ここ、我の知っている世界でなさそうだな」


 再び勝手に話し始め、何やら1人で納得する勇者。


 セリーヌは話を続けていいのか分からず、とりあえず目の前の男が黙るまで待つことにした。


「ふむ。なるほど。すまない。話を遮ってしまったな」

「あ、いえ。大丈夫です。今はまだ混乱しておられるでしょうし、ゆっくりとしてください」

?何を言っているのだ少女よ我はだぞ?」

「へ?」


 急に自らを魔王と名乗り始める勇者。


 セリーヌは訳が分からず固まってしまうと、魔王と名乗った男はニッと笑って自らの名を名乗った。


「フハハハハ!!我は魔王アリイ!!カモホ魔王国の主にして、絶対的な王!!どうせあれだろう?“勇者様ー魔王を倒してくださいましー”とか言うやつだろう?我の世界でも同じようなことが何度もあったわ!!だが、残念だったな!!我は魔王だ!!暇つぶしにこの世界の魔王は殺してやるが、その後は人間も滅ぼしてやるぞ!!フハハハハ!!」

「あ、あはは」


 あぁ、人類オワタ。


 これが、魔王アリイと聖女セリーヌの出会いであった。




【シエール皇国】

 この世界に存在する宗教国家。かつては“神を信じぬ者は異端者”とまで言い切るほどのガチガチの宗教国家であったが、この国にやってくる勇者の大半が神を信じない無神論者であった為に徐々に緩い宗教国家へと変わっている。

 この世界で唯一異世界から人を召喚できる術を持つ国家であり、魔王討伐の功績によって他国からの進行を防いでいる国でもある。





 後書き。

 今日(三月七日)のお昼頃にもう一話更新します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る