カッコつけ


 ゴブリンの頭を吹き飛ばし、ドヤ顔でセリーヌにその姿を見せつけたら普通に怒られたアリイ。


 アリイは少しだけションボリとしながらも、自分の世界とこの世界の違いを楽しんだ。


 似て非なる世界には、様々なものがある。


 自分の知らない薬草や木々が生い茂る森の中は、アリイにとって興味の塊であった。


「ふむ。これはなんという植物なのだ?」

「エール草と呼ばれる植物ですよ。エールと呼ばれるお酒の材料のひとつです。私はお酒には詳しくないので、作り方までは知りませんが」

「フハハ。酒は飲むのか?」

「私、お酒にはちょっと弱くて、成人した時に試しに飲んだんですけど本心がダダ漏れだったらしいんですよね。教皇様相手に“うるせぇぞクソジジィ。神が居たらこんな事にはなってねぇんだよ”って言ったらしいです」

「........な、なるほど。それは飲まない方がいいな。酒を飲んで身を滅ぼす輩は多い。セリーヌはそっち側だったという訳だ。と言うか、よくそんな発言をして許されたな。国が国なら今頃異端者として断頭台の上に立たされていただろう?」

「先代聖女様がいたら間違いなく折檻されていましたね。教皇様は優しい方なので笑ってく許してくれましたが」


 それは教皇としてどうなんだ?とアリイは思うものの、あの可もなく不可もない王ならば普通に許してしまいそうであると勝手に納得する。


 教皇がセリーヌを見ていた時の目は、完全に孫を可愛がるおじいちゃんであった。


 国としても緩い宗教国家だからこそ、許されたのだろう。


「先代聖女........確かあのバッカルとか言う男もなにやら口にしていたな。厳しいだのなんだのと」

「あのババ........ごほん。先代聖女様はシエール皇国の中でも特に神への信仰が深いお方ですからね。私は、あの人に嫌という程神の愛を説かれましたよ。苦しい時は神の試練。楽しい時は神の愛。便利な言葉ですよね。とりあえず“神”と言っておけばそれらしく聞こえるのですから」

「フハハハハ。間違っては無いが、それを聖女が言うと笑えるな。神が存在していたとしても、我らに干渉することは無いだろうよ。言うなれば、神は我らとは違うさらに上の高次元体。そこら辺の土を気にして慈悲をかける者がいるか?我らが風に試練を与えるか?つまりは、そういう事だ」

「間違っても先代聖女様の前では言わないで下さいね。たとえ相手が勇者であろうと、殺しに来ますよ。そもそも、貴方魔王ですし」

「フハハハハ!!その先代聖女とやらに召喚されていたら、今頃殺し合いが始まっていただろうな!!」


 アリイはそう言いながら、要注意人物に先代聖女の名前を加えておく。


 神を信じる者は尽く厄介だ。神の〜と言っておけば、なんでも正当化されると思っている節がある。


 アリイは、そんな宗教家達が死ぬほど嫌いであった。


(ふむ。話からしてその先代聖女まだ存命らしいな。聖女とは国の象徴。見た目も重視されるとなれば、老いた聖女は要らぬと言うわけか。世知辛い世の中だな)


 出会った際には、大人しくしておこう。


 アリイも出来る限り面倒ごとは勘弁願いたい。この国を立つまで出会わない方がお互いの為になる。


 しかし、どこかで出会う予感があるのも事実。アリイの勘はよく当たる。


 先代聖女の話をしながらも森の中で薬草を集めをしていると、ドシドシと大きな足音が響き渡る。


 アリイとセリーヌはゆっくりと立ち上がると、その足音の方に視線を向けた。


「薬草採取に精を出しすぎて、少々森の奥に来てしまいましたね。オークの足音です」

「オーク........我の世界ではゴブリンを太らせて大きくしたような姿であったが、この世界ではどうなのだ?」

「ほぼ同じだと思いますよ。ちなみに、強さの階級は下級魔物に分類されます。力こそ強いですが、知能が低くそこまで強くありません。後、お肉がとても美味しく、街でよく食べられます。そして何より、お金になります」

「ほう。そこら辺も同じなのだな」


 本当に似ている世界だ。アリイはそう思うと、草木を掻き分けて現れたオークを見る。


 相撲取りのように太った体格と、アリイよりも少しだけ高い身長。全身は緑色の肌でおおわれており、その手には先程のゴブリンと同じく棍棒が握られている。


(棍棒が魔物の標準武器なのか?)


 思わずそんな事を思ってしまうアリイ。


 オークはとにかく売る場所が多いので、どのように殺そうかと考えているとセリーヌが1歩前に出る。


「私がやりましょう。アリイ様に怒ってしまった手前、お手本を見せてあげないといけませんからね」

「フハハハハ!!我が手本を見せられる日が来るとはな!!ならば、大人しくしておくとしよう。魔物の狩り方を是非とも見せてくれ」


 セリーヌはそう言うと、首に下げたペンダントを引きちぎって十字架の武器を握る。


死を齎す聖域の鎌クロロス


 神に授けられたその能力。絶対的な死を顕現するその鎌はしを告げる時のみ刃を出す。


「グヲォォォォォォ!!」

「うるさい魔物ですね。吠えたら強くなるのですか?それとも────」


 オークの目の前に立ったセリーヌ。


 オークは自分よりも小さな存在であるセリーヌを獲物だと勘違いし、その棍棒を振り下ろす。


 が、全力の大振りが当たるはずもない。


 セリーヌはその棍棒を紙一重で避けると同時にオークの首を刈り取った。


「────吠えれば私を殺せるとでも?」


 沈黙の数秒。


 あまりにも綺麗に切り取られた首は落ちるまでに時間を要し、数秒遅れてオークの頭が地面に落ちる。


 首から鮮血が吹き出し、草木を鮮やかな赤色に染めた。


(ほう。前に手合わせした時も思ったが、戦闘能力はかなり優れているな。敵の攻撃に怯まない胆力と、必要最低限の動きだけで相手を殺す実力。確か、あの鎌は魔力を流すと刃が具現化するという話だったな。首を刈り取るその一瞬のみ魔力を流し、できる限り魔力を使わずして相手を殺したのか)


 明らかに戦闘慣れしている。否、戦闘慣れし過ぎている。


 セリーヌの年齢は15歳だと言うことを考えると、一体どれほどの経験を積んできたのか計り知れない。


 アリイ、純粋にセリーヌの戦闘能力の高さに感心し、セリーヌの姿を微笑ましく思った。


(フハハ。それにしても、格好つけすぎでは無いか?いや、様になっているから別にいいのだが)


 アリイも男である。人前で少し格好つけたい気持ちもわかるので、セリーヌが少しドヤ顔している姿を見ても何も言わなかった。


 男だろうが、女だろうが、格好つけたい時と言うのはある。


 アリイはロマンが分かり、ちゃんと空気が読める魔王なのでこういう場面で茶化しは入れない。


「フハハ。要は首を跳ねれば良いのだな?」

「そうですね。基本的にはそれで良いかと。ドラゴンのような魔物は血も素材となるので考えなければなりませんが、それ以外は首を切っておけば問題なしです」

「フハハ。ドラゴンもいるのか?この世界には。いつの日か、見てみたいものだな」

「きっと見れますよ。旅をしていればね。さて、これをどうやって運びますかね?お肉、全部売れるんですけど」

「フハハ。我が運んでやろう。なに、空間魔術を使えばあっという間よ」


 アリイはそう言うと、オークを自身の持つ亜空間に仕舞う。


 アリイは、空間を司る魔術まで使えるのだ。自分だけの領域を持ち、その領域にオークを仕舞い込んだのである。


 ゲームで言えば、アイテムボックスのような存在をアリイは常に持ち歩いていると考えてばいいだろう。


 重さも大きさも関係ない。ただし、生物は入れられない。


「へ?何をしたんですか?」

「フハハ。我の持つ領域にオークを投げ込んだ。取り出しも自由だぞ」

「........何を言ってるのか分かりませんが、お金の匂いがします!!」

「我もセリーヌが何を言っているのか分からん。金に目が眩んだ聖女とか見たくないわ」


 目を金色に輝かせるセリーヌを見て、アリイは呆れ果てるのであった。

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