水族館の音7
墨花に連れられ一階にやってきた虎太郎の両親たちは彼を見つけると名前を呼んで駆け寄り思いっきり抱きしめると安堵の声を何度も漏らした。
まるでドラマのワンシーンのようだと半紙はぼんやり思いながら墨花を見れば視線が合った彼が静かにほほ笑む。半紙は彼の元に近寄ると「お疲れ」静かに声をかけた。
「これからどうする?」
親子三人が去った後、墨花がそう聞いてきて半紙は肩を軽く上げると「もう帰ろう」そう言った。
「見たいものはもう無い?」
「充分だ。あ、お土産は買わなきゃ」
「そうだね」墨花がくすりと笑った。
二人は二階のお土産ショップに向かった。その道すがら墨花がアイスの事を尋ねてきたので半紙は結局食べなかったという事と休憩スペースで虎太郎に出会った事を話すと墨花のほうは両親を見つけた経緯を簡潔に話した。
彼が言うには見つけたのは三階の展望デッキ、後ろ姿ですぐにわかったらしい。二人は水族館を探し回ったが見つからず、もしかしたら公園に行っているのかもしれないとそこから見える範囲で子供の姿が見えないか二人で見ていたそうだ。
「わかるもんか?」半紙が言う。
「その為の帽子」墨花が自身の頭を指さすようにして言った。
確かに彼は真っ赤な帽子をかぶっていた。あの色は遠くからでもよく目立つ。
「なるほど、いざという時の為も備えての帽子か」
こんな時の為に親が考えてチョイスしたのだろう。半紙はそうかとつぶやき息をはく。
お土産は、半紙は可愛らしいペンギンが描かれたクッキーをひと箱、墨花はいくつかの海洋生物のキーホルダーと半紙と同じクッキーを二箱、そして小さなイルカのぬいぐるみを買った。
「随分と買ったな」
会計を済ませ駐車場へと向かう中、半紙は墨花にそう言うと両手に抱えた袋をひょいっと軽くあげて見せた後「こういうのが大切なのさ」そう言って墨花がぱちんとウインクをひとつ。半紙はその意味を聞かずに受け流した。
行きと同じく運転は墨花、半紙は助手席に座った。買ったお土産は後部座席に置いた。
海沿いを走っているが銀色の防風板でその全容は見えない。トンネルに入る少し前に防風板が途切れているので時間にして数十秒、海と砂浜を見る事が出来た。
「楽しかったかい?」
薄暗いトンネルの中はぼんやりとした明かりで形を保っている。ナビが約一キロ先にトンネル出口があると律儀に知らせてきた。墨花の問いかけに半紙は外へ視線を向けながら「疲れた」そう答えた。
「たまにはいいだろ? こういうのも」
「迷子のお世話なんてごめんだ」
「あれはイレギュラーだよ。毎回ある事じゃない」
「あんな事いくつもあってたまるか」
半紙の言葉に墨花が笑う。トンネルに入った瞬間かけていたサングラスを額上に引っ掛けた状態で運転しており時折落ちないように片手で支えていた。
「そこ開けてくれる?」
トンネルを抜ける直前、墨花が助手席前にあるグローブボックスを指さして言った。
「何?」
「そこ」墨花が改めて指をさしながら言う。
半紙がグローブボックスを開けると予備の芳香剤の横に一通の封筒があった。
「……エアメール?」
「君に。律子さんから」
墨花の言葉に半紙は口をへの字にして墨花を見る。視線に気づいた墨花はひょいっと肩を軽くあげると「今日の目的」そう答えた。
「なんでお前が僕宛ての手紙を持ってるんだ」
「私書箱を確認したらあったんだ」
「私書箱?」半紙の眉間にわずかに皺が寄る。「初耳なんだが」
「律子さんが借りてる私書箱だよ。安心しろ。中身は見てない」
「当たり前だ」
半紙はそう言うと手紙を手に取り封を開ける。中には一枚の便箋と写真がプリントされた小さなカードが入っていた。
半紙が黙読する中、車は再びトンネルの中へ入る。先程よりもライトが明るく蛍光灯に近い白みがかった明るさが車内を照らす中、半紙は手紙を読み終えると封筒の中にキレイにしまった。
「なんだって?」墨花がサングラスをかけ直しながら聞いてくる。
「教えない」半紙は前を見たまま答えた。
「いいじゃないか」
「僕宛ての手紙だぞ? 教えるわけないだろ」
半紙は呆れたように返す。前方の車が左折していなくなり、わずかにスピードが上がった。
「じゃあ私書箱の場所も教えない」
「かまわないよ」
「拗ねないでよ」墨花が一瞬視線を半紙に向ける。
「拗ねてなんかない」半紙は呆れたように言う。本当にそう思っていた。「あの人の事だ。適当に作っておいたヤツかなんかだろう。僕には関係の無い事だ」
「でもさっき初耳だって言った時の声、ちょっと怒ってたぞ」
「あれは律子さんにじゃない。お前にだ」
「話の成り行きでたまたま知っただけだ。それでちょうどいいから時々覗いてくれって言われてるだけだよ」
ウインカーを左に表示し、墨花がハンドルを回す。小さな遠心力を体に感じた後、半紙は封筒を見る。所々黒く薄汚れており遠く離れた場所からやってきたのだと感じる色合いを見せていた。
ふと、半紙は虎太郎の事を思い出す。両親が駆け寄ってくる瞬間、彼は今まで我慢していたものを吐き出すように泣いて母親の胸に飛び込んでいた。緊張からの解放、安堵への到着だ。人によってはあれに愛を感じるのだろう。間違ってはいない。彼は両親から愛されていると言って間違いなだろう。
「あ、そういえば」墨花が思い出したように声を出す。「お前、水族館に向かう途中でタコの足の本数聞いてきただろ」
「え? あぁ、そうだっけ」
「そうだよ。何で聞いてきたんだ?」
「さぁ、なんでだろ……」半紙は記憶をさかのぼる。「そう、外の通路に絵が描いてあったんだ」
「通路? あぁ、水族館に向かう所か」
「あそこのタコの絵、足が十本だったんだよ」
「それ、元はイカの絵だったやつだな。たぶん」
「は? どういう事だ」半紙が墨花を見る。
「イカの絵を赤く塗ってタコにしたバカがいるんだよ。しかもそれをSNSに上げて一時期炎上してた」
「公共のものだぞ?」
「そう。だからアクアリズム側も被害届とやった奴名乗り出ろって声明文を出したけど、まぁ素直に名乗り出るわけがなく。被害届も出したみたいだけど結局見つかってないみたい」
「それいつの話?」
「いつだったかなぁ、一年は経つかも」
「ネットに上げてたんなら足はつきそうなもんだけど」
「だよねぇ」墨花が言う。
「直さないのか?」
「見つかるまで直さないって発表してたよ。知らない人間から問い合わせが来たら事情を説明して世の中にはこんなに愚かな事をする馬鹿がいるんだって周知を図るって館長がインタビューで応えてたの覚えてる。でもその後あの絵を見に水族館を訪れたって人が増えたらしくて。怪我の功名ってやつかな?」
「素直に喜べない事象だな」
「そうだね。でも商売ごとってそういう所が結構大事になんじゃないか。ただでは転ばない精神」墨花がちらりと半紙に視線を向ける。
「描いた本人も忘れてるんじゃないのか」
「どうなんだろうね。見つかるかな?」
「さぁね、僕達には関係の無い事だ」
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