本当にある『館』、紹介します(KAC20242)

しぎ

内見サービスの一例

「あ、先生お久しぶりです」


 とある地方都市の駅の改札を出てきた今日の客を、私は社用車の前で出迎えた。

 住宅業者とその客という関係とはいえ、もう10年来いろんな物件を内見し続けている付き合いだ。

 私の担当している客の中では一番の古株であり、今まで紹介した物件はどれも使用していただいている。


「すみませんね、いつも通り東京からじゃなくて」

「いえいえ、先生もお仕事でしょう? 先生がお忙しいのは、我々としても嬉しいのですよ。先生のお仕事に我々が役立っているという証なのですから」

「そんな滅相もない。島田さんがいなかったら、自分はここまで来ていません」


 今日の客である先生は、そう言ってボサボサの頭をかきむしる。

 仕事帰りにそのまま立ち寄ったことを示す大きなスーツケースを引く様は、出張帰りのサラリーマンにしか見えない。


「そうだ島田さん、これお土産です。会社の皆さんで食べてください」

 いかにも土産用と言わんばかりのクッキーの箱を手渡される。この低姿勢ぶりから先生の職業を察することのできる人は多くはないだろう。


「ありがとうございます。時間無いので早速行きましょう。あそこの夜道は本当に危険ですから」


 スーツケースをトランクに詰めて、先生を助手席に乗せる。

 シートベルトを確認して私、島田は社用車のエンジンをかけた。



 ***



 一時間ほど車を走らせると、今回内見する物件の最寄り集落が見えてきた。

「ここまでは路線バスで来れます。といっても一日に数本ぐらいなんで、交通手段としては基本自家用車ですね」

「なるほど……ここまで下りれば基本的な施設は一通り揃ってますね。あ、あれは交番ですか?」

「はい。公共施設だと、この先の分かれ道のところにもう一つ交番があって、それが最後ですね。あとは同じ場所に個人商店が一つあって、最低限の物はそこで揃います」


 先生は窓の外から周囲の様子をくまなくチェックしている。

 すれ違う車や人もほとんどいないのは、先生には都合がいいのかどうか……



「……あっ、ここを右に入ります。もうほとんど一本道ですよ」


 その交番と個人商店の場所で街道から逸れ、車がすれ違えないほどの細い道へ入っていく。


「……今日の物件は、戦前に地元の人々が建てたものでしたっけ?」

「はい。このあたりは以前は石炭の鉱山になっておりまして、それでひと財産作った資産家たちが共同の別荘として建てたものです。ただ、その中心になった一族の当主が非常に疑り深い人だったらしく……」

「……もしや、隠し財産でも……?」


 さすが、先生の勘は鋭い。


「隠し財産か、もしくは万一の時に身を隠すためか……そんな感じの目的で、他の建設協力者には内緒で色々造ったそうです。まあ、結果は変な事件は起きず、石炭が採れなくなるとあっさり皆没落し、今日の物件もいつしか管理がされなくなり捨てられていきました」

「それを島田さんたちが見つけたのですか」

「そんなところです。……あっ、今ちょっと先端が見えましたね」


 私はハンドルを握ったまま、左手で前方の右側を指す。

 今日の物件は渓流を挟んで、今走っている道の向かいにある森の中。


「この渓流は……ちょっと歩くにはきついか」

「ですね。この先に歩行者用の吊り橋があって、そこを渡るしかないです」



 ***



 それから少し行ったところで私と先生は車を降り、人一人がすれ違えるかどうかという木造の細い吊り橋を歩いて渡る。

 さらに土を踏みしめながら森の中を数分歩くと、今日の内見物件が見えてきた。


「おお……さすがの迫力ですね」

 見上げた先生の声。



 森の木々を伐採してできた空間に建つのは、赤を基調とした二階建ての洋館だ。

 外の模様はレンガ造りに見えるが、実際はレンガで出来たところと、他の建材で作って塗装だけレンガに似せたところがある。

 屋根の後ろからは尖塔が突き出し、中世ヨーロッパの城を思い起こさせる造りだ。


「良いですね、これは手を加えなくてもそのまま使えそうですよ。さすが島田さん、いい物件を見つけてくださる」

「ありがとうございます。あ、こちらが見取り図ですね」


 おっとこれを忘れてはいけない、私は手持ちのバッグに入れておいた四つ折りの見取り図を先生に渡す。


「……ふむふむ……ああ、なるほど。うまく作られてますね……」

「どうします?」

「とりあえず中に入りましょうか」


 先生が木製の大きな玄関扉の前まで歩を進めた。


 私は合鍵で扉を開けて建物内へ。



「先生、靴は……」

「ああ、ありがとう。お願いします」


 洋館なので、玄関で靴を脱ぐ必要は無い。

 それでも先生は毎回、内見のときは靴を脱いで建物に入る。

 なんでも、裸足じゃないと分からないものもある……らしい。



「あー、確かにここだけ音が違いますね」


 と思ったら先生は早速、入って正面の壁を手当たり次第にコンコン叩いている。

 両脇に廊下が伸び、正面には二階へ続く螺旋階段。その下の空いているエリアで先生は、壁を叩いたり床を調べたり天井をチェックしたり。


「この向こうの空間は、二階からしか入れないと?」

「ですね」

「それもスペース的に大人が一人入れるかどうか……と」

 先生は手元の見取り図に、ボールペンで何か書き込んでいる。


 今日の内見から、先生は何をどうしていくのだろう。

 それをワクワクして見守る瞬間は、この仕事をやってないと味わえない。



「台所は?」

「一番奥ですね」


 次に先生は台所に移動する。

 この時代の洋館としては一般的な設備だ。



「おっ、これですか」

 先生は床のわずかな凹みに指を引っ掛けて力を込める。

 程なく、一メートル四方の立方体の空間が床下に出現した。


「どうです、使えそうですか?」

「そうですね……一時的な隠し場所にはなりそうですが、ずっと使い続けるとなると少し工夫がいるかもです。とはいえ普段使いとして違和感は無いので自然に使えるのが強みですね」

「なるほど……勉強になります」


 客のニーズを知っておくことは不動産業に限らず重要だろう。

 ただ特にこの仕事は少し特殊ということもあり、先生のような客から直接気付かされることが多い。



 その後先生は、窓に鍵がかかるかどうか、備え付けの家具が動かせるかどうか、電気のスイッチがどこにあるか、などを念入りにチェックしたあと、二階へ上がる。


 上がると、先生はいきなり床に這いつくばった。

「先生、一応掃除はしているとはいえ、床は汚いんですから。ほら、こっち見てください」

 私は、あらかじめ準備していたビー玉を床に置く。



 ……果たして、ビー玉は非常にゆっくりではあるが、廊下を玄関方向へ向かって転がり始めた。


「これは元からなんですか? それとも年月が経ってこうなった?」

「おそらく元からだと思います。多分、あの仕掛けを確実にするためかと」


 私は廊下の反対側の向こうを指さした。

 壁が凹んでいるのはおそらく花瓶でも置くためなのだろうが、その隅にレールのような細い金属製のものが突き出しているのがわかる。


 先生はそこへ向かっていって、何やら覗き込むようにチェックする。


「ここにセットすると、傾きで勝手に転がっていって……」

 先生は見取り図の上を指でなぞっていく。


「……ちょうど客間の椅子の上に来るんですね。それで客間の家具は固定されていた、と」

「はい。ただ、こんなにわずかな傾きだと……それに摩擦もありますし」

「まあ、あからさま過ぎると変ですからね。この辺をうまく処理するのは、こっちの腕の見せ所ですよ」


 さすが先生だ。内見で手に入れたものから、さらに改良を加えていく。

 先生が長く先生をやっていけている理由の一つだろう。



 ***



 その後も先生は部屋のベッドの構造や天井までの高さ、窓から見える景色をしっかり確認した。


「最後に、裏側を見ますか」

「そうですね。見た感じ、結構裏側は重要そうです」


 私と先生は台所の勝手口から外へ出て、建物沿いに歩く。


 といっても、実はこの物件は丘の傾斜に沿って建てられている。だから、途中からは急坂を登っていくような感じだ。おまけに背の高い草が生い茂り、歩くのは楽ではない。


「この辺も、実際はうまく処理しないといけないですかね」

「はい。例えば霧を深くするとかは必要だと思います」


 実際はこのあたりで霧が出るという話は聞かないが、それぐらいは先生なら普通にやるだろう。

 そんな会話をしていると、建物の裏手に回り込んでいた。



 ――目の前には、表とよく似た立派な玄関口。


「こちらも入れるのですか?」

「そうですね。こちらの方は合鍵は見つかってないのですが……少々お待ちください」


 私は専用針金を取り出し、扉の鍵に入れてガチャガチャと探る。

 数秒ほどでカチャリと音がして、扉が動いた。


「さすがですね、島田さん。そういう技術もやはり仕事で使うのですか?」

「はい。少し練習すれば、先生でも出来ますよ?」



 そう言いながら私は扉を開ける。

 そこから先も先生は同じように中をくまなくチェックし、気づけば夕暮れになっていた。




「……どうでしたか、先生?」


 帰路の車の中で私は先生に尋ねる。


「いや島田さん、今回もありがとうございます。いい内見でした」

「とすると、また次回……」


「そうですね、早速いいアイデアが一つ浮かんだところですよ。実になるのは……半年後ぐらいかな……」


 先生はぼんやりと言っているが、きっと脳内はフル回転して今日の内見から使える情報を抜き出しているところだろう。


「半年ですか。先生、やはりペースが早いですね。そしたら、次の内見は……」

「ああ……また3ヶ月後ぐらいにお願いしたいです。あ、そうそう島田さん、今度後輩連れてきていいですか? 島田さんのこと話したらすごく食いついてきまして」

「あ、もう是非お願いしたいです!」


 我々の仕事は犯罪をしてる訳では無いが、あまり大っぴらにできるようなものでもない。だからこうして顧客の口コミが重要なのだ。


「じゃあ、今度自分の新しいのと一緒に、後輩のやつも送っておきますよ。彼もきっとこの手のネタは好きなんで、内見したら絶対に使うと思います」



 よし、これでまた新規顧客を獲得できた。

 たくさんの収穫を持って、私は駅まで車を走らせるのだった。






 ***






 ――先生と内見に行ってから数日後、本社オフィスにて。


「島田、新しい献本来てるぞ」

 部長からそう言われて私はキーボードを叩く手を止め、小包を受け取る。


 封を切ると、中から文庫本が二冊。



 ……先生が言っていた通り、先生の新作ともう一冊。


「……あっ、先生の後輩ってこの人なのか。こないだ受賞してデビューした人じゃないか」


 私は表紙に載っている作者名をメモして、帰り際に本屋で買い込むことにする。

 そして先生の新作の方を開いた。孤島ものだと言ってたから、多分使われてるのは……


「おっ、あったあった」

 見つけて思わず笑みがこぼれる。


 半年前、瀬戸内海の島に建つ洋館を内見したときに私が先生に手渡した見取り図が、ほぼそのままページの見開きに載っている。

 周りの何ページかを軽く読んだが、あの洋館が使われてるのは間違いなさそうだ。海に突き出した部分が潮の満ち引きで動く構造もしっかり記載されている。


「その様子だと、島田の内見がまたちゃんと生きたみたいだな」

「はい。やっぱりこの瞬間は、仕事やってて良かったと思いますね」

「これからも頼むぞ島田。お前が最初にアイデアを持ってきたときは何だと思ったけど、結構出版社さんからも好評なんだ」

「そうですか。私はどっちかというと、ミステリがたくさん読みたくて考えたようなものなのですが……」


 そう、最初は自分の欲が始まりだった。



 特殊な構造の建築。隠し部屋や隠し通路。

 そんな、いわゆる『館もの』ミステリに使えそうな全国の建物を探してミステリ作家に紹介し、作中の舞台やトリックに使用してもらう……それが不動産会社に勤務しながら、大学ではミステリ研究会に入っていた私が考えたビジネスアイデアである。


 ……何しろ、不動産会社が本気で探せば意外とあるのだ。『絶対これ招待されたら殺人事件起こるじゃん』って感じの建物。

 ならば、それを実際に使ってほしくなるのはミステリ読みとしても、不動産業としても必然だろう。とはいえ、本気で殺人事件が起きてはまずい。


 だから作家にこういう建物、こういうギミックがあると紹介し、その紹介料をいただく。実際に紹介した建物を使って作家が作品を書いたら、その売れ行きに応じて少し手数料を取る。


 作家にしても、あくまで買うのは舞台装置、アイデアだ。それをどうトリックとして成立させるかは作家自身の腕の見せ所だし、もちろん盗作なんかには全くなり得ない。

 それにこれは実際に始めてみて分かったのだが、作家と一緒に建物を内見すると、作家みんなが目を輝かせるのである。そして大体こんなことを言う。


「すごいですね。こんな建物が実在するなんて……」


 多分、作家がどれだけ物語の上で趣向を凝らした建物を書いたところで、実在するそれの魅力には構わないのだろう。考えてみれば、当たり前なのかもしれないが。



 ビジネスアイデアの方は、私のミステリ好きを詰め込んだプレゼンもあってか採用され、気づけば始めて15年目、携わる社員も私一人から十数人にまで膨らんだ。

 ミステリファンが思い浮かべるここ数年の館ものベストセラーには大体、私たちが紹介した物件が使用されていると言っていいだろう。



「頑張れよ島田。今度お前には社内表彰の話も出てるんだ」

「そうですか、ありがとうございます」


 表彰がいらないとは言わないが、私にはそれよりも自分が紹介し、一緒に内見した物件が使われたミステリを読む瞬間が一番の楽しみである。


 ちなみに、意外とトリックのネタバレを喰らうことはほぼ無い。

 というのも先述したように、私たちはあくまでギミックを少し提供するだけ。プロの作家によってミステリとして練り上がった作品は、少しギミックを知っていたぐらいではそう簡単にトリックはわからないのだ。



 ……先生の新作も、帰宅したらじっくり読むぞ。

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