第十一章 願いが叶うとき 

『ここは、どこ? 暗いよ……』


 幼い子供の声が四角い鉄の箱から聞こえる。


 開発者の子供の人格などは、そのまま当時のままで封じられていたのだ。


 そのことに、正行も石動も秋水も言いようのない怒りにも悲しみにも似た感情の荒波を感じていた。


「おい、聞こえるか?」


 春平が問う。


『……誰?』


 怯える箱に春平は優しく声をかけた。


「君の願いを叶えに来たものだ」


『願い?』


 異形の子供の問いに春平は少し寂しい顔をした。


 答えず、逆に質問をする。


「君は、今、どういう感じなんだ?」


 少しの間。


 箱は答えた。


『寒い……痛い……熱い……』


 それまで機械側が快楽物質などを出して制御していたのが解けたのだ。


『ねえ……』


「うん? 何だい?」


 春平の言葉はそれまでの激戦を戦っていたとは思えないほど優しい。


『ボクは、もう、誰も殺さなくていいのかな?』


 その言葉に正行は泣いた。


 そう、機械にプログラムされて、その一部として人を大勢殺めていたが、この子供自体は殺すことが嫌だったのだ。


 それがノイズ雑音の正体だった。


--人間らしくありたい


 そのための精いっぱいの抗いだった。


「うん……君は、もうすぐお父さんとお母さんに会えるよ」


『良かった……』


 そして、こんな言葉を言った。


『あれ? 何だろう? 温かい……もう、辛い痛みもない……』


 石動は知っている。


 それは、もうすぐ死ぬ人間が感じる快感物質が出ている。


 これが切れれば、人は安らかに死ぬ。


 拳を石動は握る。


 何もできない自分が歯がゆい。


「それはね、お母さんが君があまり遅いから迎えに来たんだよ」


『え?』


「その温かさはね、お母さんの愛情なんだよ」


 老人の優しい嘘の言葉に子供は素直に喜んだ。


『ああ、ボクは人を殺さなくてもよかったんだ……お母さんがいたんだ……今のボクなら分かる……お母さんはボクを包んでくれていたんだ』


 正行は嗚咽を漏らした。


「じゃあ、行こうか? ……お母さんとお父さんのいる場所へ」


『うん』


 春平は無言理の一閃で箱を両断した。


 どろっとした中身が出た。



 静かに、全てが終わった。


 もう、世界を壊す機械兵器はない。


 しかし、そのために、多くの時間と犠牲者が出たのは事実だ。


「終わったな……」


 秋水の言葉で糸が切れたように春平は崩れ落ちた。


 そのままでは、コンクリートに激突する。


 その時、物陰から何者かが誰よりも早く、春平の体を支え、激突を防いだ。


 三人は驚愕した。


「ローザ⁉」


「ローザさん⁉」


「何で? 富士樹海で死んだんじゃ⁉」


 彼女(彼?)は足にスニーカー、ジーンズに薄いセーター、カーディガンをまとって長い髪を一つに縛っていた。


「とりあえず、このお爺ちゃんを救急車に運びましょ? もうすぐ、来るから出入り口に!」


 ローザの言葉に三人は急いで春平の体を抱えたローザの後を追った。



 誰もいない。


 壊れた機械と、死んだ核。


 海面から一人のダイバーが誰もいないことを察すると核を無視して機械から四角い小さいチップを出し、潰した。


 そして、懐から液体を周りにかけ、火をつけた。


 火は炎になり、機械も核も燃やした。

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