エピローグ それぞれの「あとしまつ」

第十二章 その道 その1

 無の世界。


 または、白い世界。


 そこに平野平春平は立っているのか、横になっているかもわからず、いた。


≪お疲れ様≫


 横を見ると、もうひとりの自分がいた。


≪だいぶ派手にやったなぁ……≫


「薬が効いたのかな?」


 問いに答える。


≪『愛されない』≫


 ふいにもう一人の自分が禁句を口にした。


 だが、その言葉にもう、春平は傷つくことはない。


「お生憎。俺は否応なく『愛されている』んでね」


≪そうか、安心した……≫


 もう一人の春平は笑った。


≪自分のことだけど、お前さ。笑うと可愛いのな≫


「うるせー、俺はお前だ。気味の悪いこと言うなよ」


 ふと、お互い黙り込む。


 自分の人生を思う。


 不幸の連続だと思っていた。


 例え『愛』とか『情』とかあっても、それは指の隙間を流れる砂のようなものでどれだけ握りしめても流れる。


 それが愛おしいければ愛おしいほど、彼方へ消えていく。


 だから、表面上は大人しく付き合うが、内心は疑心暗鬼だった。


『愛されない』


 その言葉を檻にした。


『自分』という獣が、絶対的強者が、まさか『愛』などと言う言葉でほだされるなんて情けないと思っていた。


 その思い込みを息子たちは破る勇気をくれた。


 ありのままの自分を愛してくれた。


 守ってくれた。


「……思えば、辛くないと言ったらウソになる人生だったが……うん、もう少し生きていたかったなぁ」


≪それが思えれば、上等上等……いい人生だったんじゃないかな?≫


 もう一人の自分も頷く。


「あと、どれぐらい、生きられる?」


≪うーん、俺に聞くか?≫


りは俺の姿をしているけど、本当は……」


≪わー‼ 言うな、言うな‼≫


 もう一人の春平は慌てる。


≪あのな、理由は言えないが、俺の名前を言うな!≫


「何で?」


 可愛く首を傾げる春平。


≪お前の、その、息子同様の悪意がなさそうで実は悪意ありありの意図が読めるぞ≫


「えー、いいじゃんよぉ……どうせ、死んじゃえば……」


≪あのね、そういう問題じゃないの! ね、いい人だからわかって!≫


「しょーがないなぁ」


 頭を抱える、もう一人の春平。


≪お前さ、正行に似ていると思っていたら、やっぱり、秋水に似ているな≫


「そうか?」


 

 それから、二人は色々な思い出話を語った。



「あれ? お前……」


 もう一人の春平の姿が滲みだした。


≪ああ、はここでお終いだ……楽しかったよ。やっぱり、お前は最高にカッコいい男だよ≫


「あ、そ」


 淡白な春平に、もう一人の自分が苦言を言う。


≪普通、泣かない?≫


「泣いても消えるんだろ?」


 そう言って春平は拳を突き出した。


「グータッチで別れようや」


≪グータッチ?≫


「友達の証。もう一度会えたら、友達になろう」


 その言葉にもう一人の春平の頬に涙が零れる。


≪……俺が、何者か知っているくせに……『友達』だなんて……≫


 それでも、春平は笑う。


「じゃあ、また」


≪また、な≫


 滲む拳が春平の拳を叩いた。

 

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