第十章 王が復活するとき その2

「おじいちゃんの作ったものだから、美味しいよ」


 昔、まだ小学校に上がったばかりの、正行が同級生から風邪をうつされたのか寝込んだ。


 普段が元気なだけに、祖父である春平は困った。


 当時は生きていた知り合いの町医者に往診を頼み診てもらうと「単なる風邪ですから何か滋養のある食べ物を食べさせて、安静にしていれば数日で治ります」と一週間分の薬を渡した。


--滋養のあるもの?


 春平は妻を亡くしてから、簡単な料理は作っていたが、実は粥なんてものは作ったことすらなかった。


 一応、先祖伝来の古文書から薬草類を煮出して調理した。


「ほら、正行。飯だ」


 椀から蓮華で運ぶ。


 寝込んでいた正行がぼんやりした視線で粥を食べた。


「美味しい」


「そうか……」


 椀一杯を食べて薬も飲み、正行は寝込んだ。


 春平は隣の書斎で始めたばかりの歴史の資料を整理していた。


 夜中。


 気が付くと、腹が減った。


『そうだ、鍋に、まだ粥の残りがある……』


 台所で鍋を見ると、確かに残っている。


 冷めているので直にお玉から食べた。


 直後、激震が走る。


『まっずい!』


 薬草の苦みや青臭さに、さすがに春平も驚いた。


 その不味さに春平はのそのそと正行の隣にひいた布団に入った。


 翌朝。


 布団に正行はいなかった。


 時間は昼の十二時だ。


 今日は日曜日。


 居間に行くと、正行が勝手にお茶碗に何かを持ってモリモリ食べていた。


 隣に座り、横目で見ると、あの鍋にある粥である。


 どうやら、温めなおして貪り食べている。


 あの苦みが舌に蘇る。


 聞いてみる。


「なあ、正行」


「何? 爺ちゃん?」


「それ、美味いか?」


 あっさり、正行は答えた。


「おじいちゃんの作ったものだから、美味しいよ」



 その時、目の前にいる子供がとても温かく感じた。


 強いと思った。



 春平は目の前の棘だらけの細い鉄柱に手をかけると血まみれになるのも構わず、押し広げた。


 痛い。


 確かに痛い。


 だから、なんだ?


 正行も、秋水も、石動も、猪口も、友人たちも、街の人たち全員が自分のことを守ってくれていた。


 愛してくれていた。


 亡くなった妻も、わがままな人生に付き合ってくれた。


 だから。


 だから、今度は自分が守る。


 愛する。


 もう一人の自分の前に立つ。


 いや、もう、『自分』なんてものはない。



 現実世界では、三人の衣類はロイの攻撃でズタボロで、顔や腕には傷がある。


 だが、ロイに変化はない。


 秋水に至っては日本刀が折れて、素手や拳銃で戦っている。


 足止めが精いっぱいだ。


 出血がひどいのも秋水だ。


 いくら巨体でも、血が無くなれば死ぬ。


『死にゆく者に、せめての慈悲を……』


 ロイは最終形態を見せた。


 それに、三人は驚愕した。


 ロイの腕が追加で四本生えた。


 計六本の腕。


 二本でも苦戦していたのに……


 絶望感が襲う。


 その時、三人の背筋がぞわっと悪寒が走る。


 自分たちを凌駕する、力の差。


 三人の様子にロイが背後を見た。


 真っ先に倒したはずの老人が、日本刀を両手から下げ、低く言った。


「≪さあ、来られよ……貴公の罪深さと、その意味を、その鋼鉄に教えて進ぜよう……≫」

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