第八章 目覚めるのは『神』か『人間』か? その5

 月明りで春平は目を覚ました。


 モノトーンの世界だが、物の色や形ははっきり分かる。


 と、寝ている間、敷布団と掛布団の間で握っていた薬剤が転がり落ちた。


 それは、糖尿病の人が使うような器具で、春平は部屋に戻り寝るふりをして隠しておいた、この器具で腹ではなく胸に刺した。


 それから猪口の言葉を聞きて、寝た。


 久々の熟睡だった。


 時計を見れば、夜十時だ。


 月が満月だ。


 これが照明代わりになっている。


 

 隣の居間を覗くと、稽古代わりの弟子たちは消えていた。


 食器などもきれいに片付けられている。


 秋水も正行も激闘をしたのだ。


 まだ、寝ているだろう。



 春平は自室に戻り、家宝の太刀『神成』と脇差『渓水さわのみず』を見つける。


 秋水が手入れをしたのだろう。


 月明りを反射する。


 どちらも、先祖代々、様々な時代の様々な人間を斬ってきた業物である。


「よく斬れる鉄の塊」と言えば、そうかも知れないし、事実、若い時の、まだ、刃物に遊ばれていた頃の春平はそう思っていた。


 今は、少し違う。


 確かに、物語や映画のように『魂』など宿っているとかは思わないが、それでも、自分の体の奥底になる何かを体現したような気持になる。


 普段は「さあ、行こう」と邪念を振り払うが、今日は、なぜか、その『邪念』に思いを馳せる。



 泥まみれの子供が泣いている。


「……! ……!」


 何かを言っている。


 必死で訴える。


『何が欲しい? 何をすればいい?』


 その子供に手を差し伸べようとしたとき、突然、自分の声が響いた。


--忘れろ!



 我に返る。


--そうだ


 自分の命は、確かに自分の命ではあるけど、その命は、この街のために使わないといけない。


 そのために生きていた。


 それが、存在意義。


「さあ、行くぞ」


 自分にも、愛刀にも言い聞かせるように春平は呟くと、手早く、シャツとチノパンに着替えて各所を戸締りをして愛用の革靴を履き玄関に鍵をかけ、家に背を向けた。



 住宅街を歩く。


 油断しているつもりはない。


 が、その声は突然降りかかった。


「はっはっは! ご老人、夜道で一人は危険だぞ!」


 聞き慣れた声で若干頭が痛い。


--いつ、背後を取られた?


 自分の耄碌もうろくに目眩がする。


 誰かが自分のことを『現代の剣聖』などと褒めてくれたが、そんなもの相手の住所あてに熨斗のしつけて着払いで送り返したい。


 背後を見ると、猪口が与えた、あの芋色ジャージを着て色とりどりのホッケーマスクをした三人の男が立っていた。


「ナタニエフレンジャー! ナタニエフブラック!」


「ナタニエフイエロー!」


「……なたにえふ……ピンク……」


 見事に不協和音が鳴っている。


 特にピンクはやる気どころか明らかに肩を落として『決めポーズすらする気すらない』。


『あぁあ、なぁんで、こんな茶番に付き合わされているんだろう?』という感情が春平にも痛いほど伝わる。


 明らかに、息子と孫と、息子の愛弟子である。


 頭が痛い……

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